第121話 ツ・エボ遺跡の夜 その2

 カーラの舞踏とカスタネットによる攻撃と防御のコンビネーション。踊るほどに勢いが増していき、際限のない連続攻撃に隙のない防御力、その場にとどまり舞踏を続けるカーラにアーデンたちは手も足も出なかった。


「何か分かったかメメル!フルル!」


 攻撃を避けながらアーデンが聞く、避けるには動き回らなければならないので移動しながらの相談だった。


「あの不可視の攻撃が厄介ですね、幸いにも直線的な攻撃で避けるには問題ありませんが」


 足を止めずにメメルが言った。さっきまでいた場所が重なった衝撃で弾け飛ぶ。


「あの障壁も一筋縄じゃいかないぜ。柔くたわんで武器が絡め取られちまう」


 フルルは何度もダガーを投擲して攻撃を試みるも、すべてカーラには届かない。単純に威力不足なのかどうかまでの考察までは及ばなかったが、有効打があるのかという疑問はガリガリとアーデンたちの精神を削り取る。


 舞踏を続けるカーラはほくそ笑んでいた。相手の実力不足を肌で感じ取って完全な優位を保っていたからだった。


 カーラのカスタネットが発生させるものは目に見えない障壁、短く切り離して撃ち出せば飛び道具のように使えて、布のように柔らかでしなやかに張れば攻撃を受け止め絡め取る。


 もちろん舞踏にもちゃんと意味がある。障壁を発生させるカスタネットは、単体では威力不足だった。不意打ちで致命傷を負わす程度の威力はあっても、防ごうと思えば簡単に防がれてしまう。攻撃につかう障壁がまっすぐにしか撃ち出せないのもそれを増長していた。


 しかし特別なステップを踏む舞踏には、踊れば踊るほどにマナの力を高めてより効率的に使うことができるようになる作用があった。つまりカーラは、舞踏が盛り上がっていくほど強力な攻撃を放つことが出来るようになり、より頑丈で柔軟な障壁を張ることが出来る。その場から動くことができなくなるものの、それを補ってあまりあるリターンがあった。


 いくら直線的な攻撃といえど、連続して避け続けるのにも限度があった。始めはフルルが被弾した。負傷は大したことはないが、カーラの出力が上がってきている証左である。


 アーデンも少なからず被弾し始めている。このままダメージが蓄積していけば、いずれ取り返しのつかない負傷を負うことになるだろう。その時がくるまでカーラは踊り続ければいい、殆ど自分の勝利を確信していた。


 慢心は油断を生む、カーラは小さな見落としがあることに気がついていなかった。




 フルルが攻撃を受けた時、アーデンは焦っていた。このまま攻撃を受け続ければ息切れするのは自分たちだと理解していたからだった。


 しかし一つ妙だと気がついたこともあった。被弾したフルルが、一瞬だけ足を止めたように見えたのだ。まるで攻撃を敢えて受けたように思えた。


 もしかして動きに支障をきたす負傷をしたのではないかとアーデンはフルルを見た。そしてその視線に気がつく。


 覚悟を決めた視線だった。強い意志を感じる視線だった。そしてフルルはちらりとメメルの左腕へ視線を移した。


 それを受けてアーデンは気がついた。次のカーラの攻撃に、敢えてメメルの前に出てかばうように立ちはだかる。当然被弾して驚いた表情をしたのはメメルだった。


 メメルにはまだまだ避けられる体力は残っていた。かばってもらうような場面ではなかった。しかしアーデンは敢えてそうした。その行動からメメルもまたアーデンとフルルの真意を感じ取った。


 アーデンとフルルの二人は、ダメージは覚悟の上でカーラの攻撃を誘導していた。次の攻撃が撃ち出された時二人は同時に飛び退く、その後ろには二人を陰にして移動していたメメルがいた。


 直線的な攻撃がくるのは分かっていた。後はそこに合わせて左腕のアストレアを差し出すだけだった。目には見えない小さな障壁、それを受け止めたメメルにはアストレアを通じてどんな攻撃であるのかを理解した。


 そしてメメルは一直線に前にでた。飛んでくる攻撃は何発かメメルに被弾するも、怯むことなく前へ進み左腕を振りかぶる。


 カーラの障壁を溜め込んだアストレアの掌底が叩き込まれた。同じ性質を持つ障壁のぶつかり合いで、アストレアとカーラの間ではバチバチと火花が走った。捨て身で突貫したメメルは左腕にかかる大きな負荷を耐えた。


 バチンと弾ける音が響いた。ぶつかり合って高まったエネルギーが爆ぜた音だった。メメルは意識を失って左腕を脱臼し体は宙に吹き飛ばされた。


 フルルはメメルの体を受け止めた。しかし勢いあまって二人は地面を転がった。自分が擦り傷まみれになろうともフルルはメメルの体を守りきった。


 マナの爆ぜた先、舞踏をしていたはずのカーラの姿が現れる、アーデンはファンタジアロッドを構えて二人の間に入った。そしてカーラの姿を見て息を呑んだ。


 カーラの右足はあらぬ方向へと曲がって折れていた。爆発の衝撃によって足の骨が折れていたのだ、カーラはフーフーと息を荒げ唇の端から泡を吹き出し、鬼のような形相でアーデンたちを睨みつけていた。


「許さねえぞてめえら…ッ!私の美しい足を折った償い、その命で支払えッ!!」


 唾を飛ばしながらカーラは絶叫した。美しく妖艶な雰囲気はすっかりとなくなり、長い髪を振り乱してよだれを垂らす化け物のようなものがそこにはいた。




 足を折ったことでカーラにはもう舞踏はできない。大幅な弱体化だが、まだ無力化できたという様子ではなかった。


 カーラは胸元から小さなカプセルを取り出した。それをゴクリと喉を鳴らして飲み込むと、体からシュシュウと煙が出た。カーラが身悶えて苦しみの声を上げていると、今度は折れた足からバキバキと音が鳴った。


「嘘だろ…」


 フルルはそう呟いた。折れた足は音を立てながらぐにゃりと動き回り元の形に戻った。折れていたことが嘘に思えるほど完璧に治ってしまっていた。


「痛えんだよなあこの薬はよお。しかも使えんのは一度きりなんだぜ?こんな小鳥共に使っちまうなんてよお」


 そう言うとカーラは狂気じみた笑い声を上げた。意識のないメメルを抱きしめるフルルは思わず「ひっ」と声を漏らした。


「だけど残念だったなあ!これで完全復活だ!!これまでの奮闘ご苦労さん、全部無駄だったがなあ!!」


 再びカスタネットを構えて舞踏をしようとするカーラにアーデンは言った。


「無駄じゃあない」

「ああ?」

「お前のそれ切り札みたいなもんだったんだろ?それを切らせたんだ、無駄じゃあないだろ?」


 アーデンの言葉をカーラは鼻で笑う。


「切ったところでなんの問題がある。こっちは全快、おまえたちは手負い。種が割れたところでこっちが有利だ。一人は動けないしな」

「こっちもなんの問題もない」

「はあ?」

「俺一人で十分だ。相手してやるからかかってこいよババア」


 怒りに煮えたぎるカーラは顔を真赤にして震えた。アーデンを指差し、振り絞るようなかすれた声を出す。


「ぶっ殺す」

「フルル。メメルを連れて離れろ、後は俺がやる」


 フルルはアーデンに何か言いたいように口を開いた。しかし言葉が出てこない、少なくとも今はメメルを安全な場所まで運びたいと思っていたからだ。


 結局アーデンの気持ちを汲んでフルルはメメルを抱きかかえ走った。アーデンとカーラ、一騎打ちが幕を開けようとしていた。

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