第104話 懐かしい顔

 俺達のやり取りを見ていたニンフがまた鈴の音のような声で話しかけてきた。


「話がまとまったようで何よりです。もしカイトが一緒に行かないと言い出したらどうしようかと思っていました」

「アハハ…、ご心配おかけしました。でもありがとうニンフ、この印も俺の背中を押してくれたんだろ?」

「ふふっ、それはどうでしょうね」


 ニンフは目を細めてそう言った。


「ねえニンフ、ちょっと気になったんだけど聞いていい?」

「ええ構いませんよレイア。私に答えられるならば、ですけれど」

「結局シーアライドの海が荒れていた理由って何だったの?航路を塞いでいた魔物の出現は偶然の事?」


 レイアの質問は俺も気になる事だった。オリガが俺達に宝玉探しをさせる口実にしては、あまりに被害が出すぎているような気がする。


「その事ですか。あれは偶然ではありません、シーアライドの女王が海に魔物を放ったのです。しかし想定していたよりも損害が大きく、彼女自身困っていたようですね」

「ったく。どこまでも迷惑な奴ね」


 それを聞いたレイアは大きなため息と悪態をついた。俺はレイアに次いでニンフに質問する。


「なあ、俺も聞いていいかな?」

「どうぞアーデン」

「ニンフはその事に介入しなかったの?それとも出来なかったの?」


 俺の質問にニンフはすぐには答えなかった。少し間を置いてから答える。


「歪んでいたとしてもそれもまた人の営みであれば、私は介入しません。だから私の答えは前者です」

「…そっか、ありがとう。ごめんな、答えにくかっただろ?」

「いいえ。その疑問は当然のもの。特にあなた達はそう思うでしょう。犠牲者を目にしてきたのですから」


 俺達の質問に答えた後、アンジュもはいと手を上げた。


「ごめんなさい、もう一つだけ。シーアライドに伝わっていたニンフの加護と歌は、結局の所どういう形で人々の間に伝わったのですか?宝玉はあなたの元へと導くものであって、あなたを自由に呼び出せるものではありませんよね?」

「私も伝承の機微までは知りませんが、伝承が時間の移ろいと共に変容していく事は世の常です。しかし思い当たるとしたら、古来竜と人はもっと近しい存在であったというものでしょうか」

「近しい存在…ですか?」

「ええ、多くを語る事は出来ませんが、あなた達が気の遠くなるような遥か昔、私達四竜と人間はもっと身近な存在でした。しかし…、ごめんなさい。満足いただけない答えかと思いますがこれ以上は話す事が出来ないんです」


 ニンフが残念そうに頭を振った。しかしアンジュの顔は満足そうだった。


「それだけ聞けたなら十分過ぎます。きっと私の恩師がこの話を聞いたら飛び跳ねて喜ぶと思いますよ、今私は直に歴史と触れ合っている!なんて言うと思います」


 アンジュがテオドール教授の真似をして話すので、俺とレイアは思わず笑ってしまった。長い付き合いだからかよく似ている。ニンフはそんな俺達の姿を見て目を細めた。


「事情は分かりませんがご満足いただけたのなら何よりです。では、皆さんをそろそろ元の場所へとお送りします」

「あっ、ニンフ。最後に伝言!」

「伝言ですか?」

「父さんからだよ。元気にやってるか、だってさ」


 俺が父さんの手記に書かれていた事を伝えると、ニンフは一瞬驚いたように目を見開いた後、懐かしげに遠くを見つめて嬉しそうに目を細めた。


「最後に私からも伝えたい事があります。カイト」

「うん?」

「竜である私の役目、そして力、異形である私達竜の事を友と呼ぶ男がいます。仲間だという男がいます。彼に一度聞いた事があります。私の事が怖くないのかと」


 カイトは頷いた。ニンフは話を続ける。


「彼は言いました。こうして笑って話し合えている。怖いとか怖くないとかはよく分からないけど、互いを尊敬し合えるなら俺は誰とだって友達になれるぞ。そう言って彼は笑いました。カイト、私は人外の化け物ですが、人間の友人がいます。仲間がいます。それを忘れないでください」

「分かった。ありがとうニンフ。いい話だな」

「ふふっそうでしょう?私の自慢の友人、ブラック・シルバーの言葉です。さあ、語らいはおしまいです」


 最後にニンフは、俺に向かってパチっとウインクをした。俺はそれに手を振って応えた。父さんの友達に会えて光栄だった。


 周囲の霧が深く濃くなっていく、ニンフの姿がどんどんと霧の中へと消えていく。やがて俺達もその濃い霧の中に包まれていき、目の前が真っ白に染まった。何だか夢の中にいるみたいだと、白む景色の中俺は目を閉じた。




 パチっと目を開ける。そこはニンフに出会う前にいた海の上だった。皆も同様に目を閉じていて、俺が声をかけると一様に目を開いた。


「どうやら戻ってきたみたいね」

「サラマンドラの時にも思いましたが、実に不思議な体験です」

「さっきまでニンフと一緒にいて話していたとは信じられんな」


 皆の話に俺は頷いて同意した。しかしこれは現実だ、俺達はニンフに出会い印を受け取った。


「カイト!」


 俺は自分の右手の甲を指でトントンと指した。カイトが頷いて右手の甲を見せると、青く光る竜の印が浮かび上がる。


「そうだな。これは現実だな」

「その通り!じゃ、帰ろう。きっと次の冒険が俺達を待ってる筈だ」

「ああ!一緒に行こう!」


 俺達はシーアライドに戻る為に船を走らせた。ビュウと吹いた潮風が、帆と俺達の背を押したような気がした。




 シーアライドへ帰港すると、パットさんが俺達を待ち構えていた。船を下りて話しかける。


「パットさん、どうかしましたか?」

「帰ってきて早々にすまないのだが、今城に客人が来ていてね、その人からアーデン君達を呼んでくるように頼まれたんだ。疲れているかもしれないがついてきてもらえないだろうか」

「それは構いませんが、何故俺達を?」


 城に来るお客と俺達が結びつかない。可能性があるとしたらカイトだと思うが、それなら俺達は必要ないだろう。


「それが私にもいまいち要領を得なくてね、冒険者ギルドから派遣された人なのだが、この国で起きた事を説明してアーデン君の名前が出た途端に呼んでこいとの一点張りで」


 俺は皆の顔を一人一人見回した。誰も心当たりがなさそうで頭を振るばかりだった。勿論俺にも心当たりはない。


「どんな人何ですか?」

「1級冒険者のリュデル・ロールド様という方だよ」


 前言撤回しなければならない。心当たりしかない人だった。呼び出されるのは癪だけど、無視する訳にもいかない。俺はあの偉そうな顔が浮かんでべっと舌を出した。




「遅かったじゃあないかアーデンさん。僕を待たせるとは随分偉くなったものです」

「顔を見るなり嫌味か、相変わらずだなリュデル」


 丁寧な言葉遣いだが尊大な態度で座って待っていたリュデルに俺はそう返した。メメルとフルル、二人の付き人もいる。


「挨拶もなしとは礼儀知らずですね」

「お前が真っ先に喧嘩売ってきたんだろうが!」

「まあそういきり立たないでください。久しぶりですね、そこにおかけください」


 調子を狂わされっぱなしで早速頭が痛くなってきた。俺は態とドカッと思い切り態度悪く空いている椅子に座った。


「お仲間の皆様もどうぞ。レイアさんもお久しぶりです」

「ええどうも。あんまり会いたい顔じゃあなかったけどね」

「それは失敬しました。しかしあなた達の事情など、僕にとってはどうでもいいことです。アンジュさんとカイトさんもどうぞ」


 話には聞いていてもリュデルを直に見るのは初めてのアンジュとカイトの二人は大いに戸惑っていた。俺が手招きしてようやく二人もようやく席についた。


「お二人は初めましてですね。僕の名前はリュデル・ロールド。アーデンさん達とは少々縁がありましてね、お呼び立てさせていただきました」

「は、初めましてアンジュ・シーカーです」

「あ、えっと。カイト・ウォードだ、よろしく」


 二人が挨拶してからリュデルはにっこりと貼り付けたような笑顔を浮かべた。


「元サンデレ魔法大学校の麒麟児に、グリム・オーダーから逃された実験体。リアーデンさんのお仲間は実にバラエティ豊かですねえ」


 こちらを牽制するように二人の素性を敢えて言ってみせるリュデル、本当に嫌な奴だなと俺はずいっと前に乗り出した。


「大切な仲間の自慢話ならいくらでも聞かせてやるよ。でもここに呼んだ理由はそうじゃあないだろ?そんなつまらない事で呼ぶ訳ないよなあ?」

「何を当たり前の事を。ま、僕もからかい過ぎましたね、本題に入りましょうか」


 俺とリュデルは互いの視線をギロリと睨みつけ合う、どんな話かしらないが、多分ろくでもないだろうと俺は思った。

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