第101話 喧嘩後の閑話

「結局あれって何だったんですか?」


 レイアとアンジュ、二人は一部屋に集まって菓子を広げてお茶を楽しんでいた。そのお喋りの最中にアンジュが切り出した。


「あれって?」


 広げたお菓子をつまんでレイアが聞く。


「カイトさんが急激に強くなったあれですよ。あの障壁は、遠目から見ても完璧に近くてとても正攻法で破れそうな代物ではなかったですよ?」

「そうなの?あれって魔法?」

「ううん。ちょっと判別は難しいですね。魔法とも言えそうな、ちょっと違うような…」

「アーティファクトっぽさも感じたのよね。私も判別は出来ないけど」


 レイアとアンジュは二人揃って首をひねった。話が逸れたのでアンジュが頭を振って無理やり話を戻す。


「今はカイトさんの話です。何でカイトさんは障壁を破れたんですか?」

「えーっとね…」


 レイアはカイトに施したものについての説明を始めた。




「フレアハート?」


 一方アーデンとカイトは、二人で一緒にセリーナ号に乗って釣りに興じていた。釣り糸を垂らしながらアーデンはカイトからアンジュと同じ事を聞いていた。


「おう、この胸に取り付けられた物の名前だってさ。お嬢が作ったんだぜ」

「それは分かるけど…」

「何だよ、歯切れ悪いな」

「真っ赤っ赤ライトって名付けようと思ってたのに、もう名前があったなんて」


 アーデンはがっくりと肩を落として言った。カイトは心の中で、その名前にだけはならなくてよかったと思った。


「で?フレアハートって何なの?」

「お嬢が言うには半アーティファクトって事らしいぞ。こいつには消えずの揺炎が使われてるって言ってた」

「それ本当か?」

「ああ、半分だけって言ってたけどな」


 消えずの揺炎、サラマンドラからレイアが貰ったアーティファクト。扱いに悩んでいたレイアを見ていたアーデンは、このような形で利用されたと知って流石はレイアと心の中で思った。


「俺の体はほぼアーティファクトで構成されている。グリム・オーダーが俺に仕掛けた爆弾は、その中でも心臓に張り付いてた。そいつの役割は、アーティファクトに過剰なまでのマナを供給する事。要するにぶっ壊れるまでフル稼働させるって訳」

「そうするとどうなるの?」

「マナの過剰供給で不具合が連鎖的に起こる。最終的には体の中で処理しきれないマナがボンッと爆発するそうだ。後に残るのは肉片と粉々になったアーティファクト、周りに人がいれば爆発に巻き込まれてあらかたひき肉だろうな」


 カイトの説明を聞いてアーデンは背筋にゾッと怖気が走った。オリガ女王がカイトの仕掛けを作動させた時には頼まれて演技をしたが、もしレイアがいなかったり、解決方法を思いつかなかった場合の事を思うと、最悪の未来を想像してしまった。


「ごめんな、カイト」

「どうした急に?」

「俺は今回何も気がつけなかった。レイアに全部任せきりだったし、カイトの事情も後から知った事ばっかりだったから」


 肩を落とすアーデンに、カイトは笑って声をかけた。


「なあにそんな事気にすんなって。お嬢が言ってたぞ、アー坊には気がつけなかったってさ」

「え?」

「俺も見てたから分かるけど、アー坊の人並み外れた直感、危機察知能力って言うのかな?それが働くのは対魔物や人間に限った話だからな。俺みたいな特殊な事例だと上手く働かないのさ」

「でも、俺はシェカドの時のザカリーも、オリガ女王の事も…」


 そこまで言ってからアーデンは言葉を切った。二人とカイトを繋ぐ共通点に気がついたからだった。


「もしかしてザカリーもオリガ女王も、グリム・オーダーで何かされてるのか?」

「俺を見て可能性がないって言えるか?」


 アーデンはカイトの言葉を頭を振って否定した。カイトのように全身くまなく改造されていなくとも、何かしらの処置が施されている可能性はあるとアーデンは思った。


 グリム・オーダーはどんな非道な手段も辞さない、それはリュデルからも聞いていた事だった。気をつけるように言われていたのにこのざまではいけないと、アーデンは反省し気を引き締めると決めた。


「それでフレアハートはどんなものなんだ?」

「そういや話が逸れたな。えっと…」


 カイトはかかった魚を引き上げながらアーデンに説明を始めた。




「カイトの心臓代わりのアーティファクトにくっついていた謎の物質は、無理やり引き剥がしてもマナの過剰供給を始めるし、勿論外からの命令でもカイトを殺す為に作動する。要するに、一度取り付けられればもう取り除けないものだったの」

「そんな…」

「恐らくカイトが無理やり自分の手で引き剥がした時の事も考慮して作られたんでしょうね。カイトの体ならやろうと思えば出来なくはないから。無茶苦茶な話だけどね」


 それはつまるところ、自らの手で体を引き裂いて、体の手を入れてくっついた物質を引き剥がすという荒業だった。通常の人間ならばそんな事は不可能だ、しかしカイトの体であればそれが出来る。


「でも逆にそれがヒントになったわ」

「どういう事ですか?」

「カイトの体について一番よく知っているのは誰?」

「それはまあヴィクター博士ですよね」

「そう。博士だけがカイトを殺せる方法が分かる。組織としてはカイトを自由に使いたいなら、命を盾にするしかない。なら絶対にヴィクター博士が関わってるって思ったの」


 グリム・オーダーは、カイトを洗脳する事は出来なかった。そのまま廃棄される予定が、ヴィクター博士の裏切りによってカイトは正しい形で完成させられた。


 発達した知能に成熟した情緒、博士がカイトに施したすべてはもう洗脳の類いを一切寄せ付けないものになっていた。グリム・オーダーはもう迂闊にカイトに手を出す事は出来ない。カイトの強さを誰よりも知っていたからだった。


 博士の良心がカイトを守り生かした。カイトが人として生きる事が出来るようにしたのは、間違いなく博士の力だった。


「そんな博士が、ただカイトを殺すだけの物を発明する訳がない。どれだけ脅されようとも、絶対に抜け道や解決方法を残しているに違いないと思ったわ。私はカイトを殺す方法を思いつくと同時に、博士の残した可能性について思い至ったの」

「可能性?」

「カイトの体が過剰供給されるマナのエネルギーに耐えきるという可能性よ。アーティファクトを瓦解させてしまう程のエネルギーを、全身を蝕むものにするのではなく、逆に全身に行き渡らせて身体機能を飛躍的に向上させる。それを可能にしたのがフレアハートよ」


 フレアハートはレイアが消えずの揺炎を半分に分けて作り上げたもの。過剰供給されるマナのエネルギーを、体内のアーティファクトではなくフレアハートに取り込み、燃焼の力によって発散させ調節する。


 逆にイグニッションの掛け声でマナの過剰供給を無理やり引き起こし、常に燃え続けるという消えずの揺炎の特性を利用し、エネルギーを体中に行き渡らせる事も出来る。


「普段のフレアハートは、カイトの体のマナエネルギーを調節して安定させ。イグニッション時には元から高い身体能力を更に引き上げるの。体に多大な負荷がかかるから多用は出来ないけど、それでも劇的なパワーアップが見込めるわ」


 得意げに語るレイアに相槌を打ってからアンジュは聞いた。


「では最初の質問に戻りますが、障壁を破れた理由は?」

「あー、うん。端的に言えば、ただの力押しね。割れるまで殴り続けた。ただそれだけよ」


 圧倒的な身体能力に強化された膂力で殴り抜いた。それが障壁を破った方法だった。アンジュは呆れ返る荒業だなと思うも口にせず、お茶をひとすすりして言葉ごと飲み込んだ。

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