第100話 カイトの喧嘩

 オリガ女王が本性を露わにした。鬼のような怒りの形相と荒い鼻息、美しい女王の姿はまったく消えている。


「貴様ら…よくも…よくもっ…!!」


 全身をわなわなと震わせながら絞り出される声、異様な雰囲気の中レイアが一言ぽつりと言った。


「まさか認めるとは思わなかったわ。結構馬鹿ねあの人」

「同意見だぜお嬢、穴だらけの難癖だから素知らぬ顔で知らんぷりしときゃよかったのに」

「は?」


 オリガ女王が間の抜けた声を出す。張り詰めていた空気が一気に弛緩する。


「あのなあ二人共…」

「いやアーデンも同じこと思うでしょ?これ本当にカイトの勘よ?私達も合わせてそれっぽく理屈つけてたけど、まさかここまで簡単にボロだすと思わなかったわ」

「当たってて良かったなあオイ!俺達まとめて死罪になる所だったぜ!」


 燐命の錫杖の時もレイアはまったく空気を読まずに発言したが、それにカイトが合わさると余計に酷い。呆れてものも言えない俺の代わりにアンジュが言ってくれた。


「二人共駄目ですよ!」

「うんうん。アンジュの…」

「本当の事だって言っていい事と悪い事があるんですよ!」


 ああ駄目だった。アンジュも加わってしまった。俺が頭を抱えていると、オリガ女王が叫んだ。


「貴様らッ!!殺すッ!!殺してやるぞッ!!」


 オリガ女王の怒号に驚いていたのは、俺達より周りの家臣の人たちだった。この豹変ぶりを見ていればしょうがないが、どうすればいいのかと混乱している。


「忘れたかァ!?テメエの命を握ってるのが誰なのかをなァ!!」


 カイトを指さしてオリガ女王が叫んだ。


「カイト!!今ここで死にたくなければそこにいるクズ共をその手で殺せッ!!拒否するならテメエはここで死ぬッ!!」

「拒否する。俺の仲間を俺の手で殺すくらいなら、俺ぁここで死を選ぶ。やれよオリガ」

「馬鹿めッ!!お望み通り死ねッ!!」


 オリガ女王が王笏を振りかざした。するとカイトは胸を抑えて苦しみ始めた。俺達はカイトに駆け寄った。


「ハハハハハッッ!!無様だなカイト!!死ぬと分かっていながらのこのこと現れおって!!そのまま苦しみ抜いて惨たらしく死ねェ!!」


 苦しみ悶えるカイトの姿を見てオリガ女王は高らかに笑い声を上げた。命を何とも思っていないその態度に怒りを覚える。


「お前…!!」

「どうした虫けら!?何を怒る事がある!?そもそもカイトはお前達を殺す予定だった!!殺されずに済んで感謝するんだなァ!!」

「卑怯者が、そもそもお前がカイトの命を盾に取って選択肢を奪ったんだろうが!」

「だからどうだと言うんだ!?そもそもこいつは元よりグリム・オーダーの物!そして死体を弄くり回して作ったまがい物の生き物もどきよ!生者ですらない出来損ないがをどう処分しようとこちらの勝手よ!」

「下衆がッ!!」


 俺は思わず拳を振り上げた。予定とは違うけれど、怒りに身を任せてしまいたくなった。


「何っ!?」


 オリガ女王が驚いた声を上げた。俺が振り上げた拳を、むくりと起き上がったカイトが掴んで止めたからだった。


「やめときなアー坊。こいつぁお前が手を出す値打ちもない」

「貴様ッ!何故、一体どうして生きて…」

「本当はテメエに見せるのも勿体ないけどな、特別に見せてやるよ」


 カイトは胸を抑えていた手で服を掴んだ。そのまま引きちぎって上半身を露わにした。


「貴様…、それは、それは一体何なんだ!?」

「これは俺の命を救った女神様がくれた新しい力だよ。今から俺が直々にお前をブッ飛ばす!」


 オリガ女王が指差す先、カイトの胸の真ん中には赤黒い光を放つ円形の物体が埋め込まれていた。




 カイトは超人的な跳躍力でオリガ女王へと吶喊する。力いっぱい込められた拳は目にも止まらぬ速さでオリガ女王へと叩きつけられた。


「フ、フハハ、ハハハハ!残念だったなあ!!」


 しかしその拳はオリガ女王へ届かずに止められた。手にしている王笏が光り、膜のような障壁が女王を包みこんでいる。カイトの拳はこの障壁に阻まれて煙を上げていた。


「無駄だッ!この障壁はいかなる攻撃も通さんッ!!この私がグリム・オーダーから賜った特別な力だッ!!」


 カイトが障壁から離れて拳を引くと、皮膚が焼け焦げていた。煙はカイトの拳が焼けている煙だった。


「どうだカイト?いや、人間のフリをした化け物。この障壁はいかなる攻撃をも阻み、触れれば高密度のマナエネルギーによって触れるものを溶かす。貴様の体が頑丈でよかったなあ?組織に感謝するべきじゃあないか?」

「あいつっ!」


 散々な言いようをするオリガ女王に憤り、俺は我慢ならなくて加勢する為前に出ようとした。しかしそんな俺の前にレイアが手を伸ばして制した。


「アーデン、手を出さないで」

「レイアでもさ」

「気持ちは分かるけどこの戦いはやっぱりカイトのものよ。それに大丈夫、カイトは負けないわ」


 レイアは自信に満ちた声でそう言うと、カイトの方を見た。


「ぶちかましてやりなさい、カイト」


 カイトは拳を冷ますようにフッと息を吹きかけた。手を振って煙を払い、もう一度拳を握りしめる。


点火イグニッション


 カイトの言葉と同時に、胸に埋め込まれた物体が赤熱し始めた。体からは蒸気が立ち上り、陽炎のように揺らぐ赫灼としたものが見えた。


 ゆっくりと歩を進めたカイトは、もう一度障壁の前に立った。そして握りしめた右拳を、もう一度障壁へと叩き込む。


 爆発音が室内をビリビリと揺らした。その衝撃の凄まじさを近くにいなくとも感じ取れる程だった。それでもまだカイトの拳はオリガ女王に届かない。


「はっ、馬鹿の一つ覚えだな」


 嘲笑するオリガ女王、しかしカイトはそれを無視して右拳を引くと左拳を叩き込む。防がれても防がれても、カイトは無言のままひたすらに連続パンチを加え続けた。


「無駄なことを」


 そうオリガ女王は吐き捨てた。障壁の内側でカイトを蔑み見下す。足掻けば足掻くほど自らの身体が傷つくだけだと、高をくくっている。


 一方カイトのパンチは一発打つ毎どんどんと加速していった。何度障壁に拳弾かれようとも、カイトのラッシュは止まらない。


 叩き込む。


「馬鹿が」


 叩き込む叩き込む。


「どうしようもない阿呆だな」


 叩き込む叩き込む叩き込む。


「あれ?ちょっ」


 叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む。


「ま、待てっ!その手を止めろっ!!」


 いつしかオリガ女王の表情からは余裕がなくなり、焦り狼狽えて攻撃を止めるよう懇願してきた。


 カイトの連続パンチによるラッシュで、障壁にはヒビが入っていた。尚続く攻撃に、ヒビがどんどん広がって大きくなっていく。


「わ、分かった!お前の望むものすべてをやろう!金か?女か?何でもいいぞ!」


 虚しく響くオリガ女王の声はカイトには届かない。


「あ、謝る!土下座して謝ろう!な?な?何だったら靴だって舐める!この身を差し出してもいい!」


 ヒビはついに障壁の全体まで届きそうだ。


「こ、この国をお前にやろうじゃあないか!国民がすべてお前のものだぞ!?好きにしていい!!だ、だから、攻撃を止めろ!!」


 哀れにへたり込むオリガ女王、カイトの拳はとうとう障壁を叩き割った。自らを守るものがなくなった女王は、迫りくる拳を見て咄嗟に顔を腕で覆った。


 ドガァンと大きな音が響き渡る。カイトの最後の一撃は、オリガ女王の顔面ではなく、その背後にある玉座を叩き壊していた。カイトは態と攻撃を外した。


「お前一人が死んだ所で、グリム・オーダーにとって何の痛手にもならない。自国とその民を裏切った罪、お前はそれを背負っていけ。まあ聞こえちゃあいないだろうがな」


 オリガ女王は白目を向いて泡を吹き失神していた。カイトはそれから背を向けると、俺達の元へと戻ってきた。


「どうだ皆、文字通り一泡吹かせてやったぜ!」


 そう言ってカイトはいつも通りの満面の笑みを浮かべた。キラリと光る白い歯に、屈託のない爽やかな笑顔。俺達は皆でわっとカイトに駆け寄るのだった。

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