第99話 本性

 俺達はカイトを連れ立って王城へとやってきていた。メイルストロム騒動で慌ただしかった城内はようやく落ち着きを取り戻している。人々は日々の業務をつつがなく行っていた。


「オリガ女王はいるか?最後の宝玉を渡しに来た」

「おや、カイト様お一人で訪ねて来られると伺っていましたが」

「事情があってな。別に仲間がいても構わんだろ?」

「…ではこちらで少々お待ち下さい。カイト様がお見えになられた時はすぐに通すようにと申し付けられておりますので、そう時間はかからないと思います」


 また応接室へと通された。全員貝のように口を閉ざして待っていると、案内の人がやってきてオリガ女王の元へと通された。


「皆息災であったか、メイルストロム討伐際にはよく尽力してくれた。特にアーデン殿の功績は大きい、怪我の具合は如何か?」

「ありがとうございます。もうすっかりよくなりました」

「そうか、それは何よりだ」


 オリガ女王は満足そうに頷いた。


「本来なら勲章でもって皆の功績を称えるべきなのだが、少々立て込んでいてな。しかし国の代表として必ずやその功績に見合う勲章を授けようと思うぞ」


 俺はオリガ女王の言葉に頭を振って答えた。


「いいえ、勲章など私共には過ぎたものです。メイルストロム討伐も多くの人々の尽力があっての事。私共の功績など微々たるもの、恐れ多くて受け取れません」

「何を謙遜する事がある。あれだけ凶悪な魔物を討伐したのだ、それに見合う価値があるのは自明の理だ」

「そのお言葉だけでも十分であります」


 そう言うと俺は頭を下げた。そしてカイトがずいっと前に進み出る。


「オリガ様、勲章のお話大変結構。しかし今日はそんな話をしにきた訳ではありません」

「おおそうであったな。して宝玉の方は?」

「ここにはありません!」


 元気のよいカイトの言葉が玉座の間に響いた。オリガ女王を含めて城の人々はその分けのわからない宣言にざわめいた。


「突然何を言い出すんだカイト?いつもの冗談だとしても面白くないぞ」

「いやあ冗談とかじゃあないですよ。寧ろ渡した宝玉返してもらってもいいですか?見つけてきたの俺達なんで」


 畳み掛けるカイトにざわめく声は大きくなる。流石のオリガ女王も我慢ならなくなったのか声を張り上げた。


「カイト!これ以上私を侮辱するならばそれ相応の覚悟をしてもらうぞっ!」

「へえ?どうするってんですか?」

「貴様ッ!!」

「あの夜宣言したように俺を殺すんですか?あんたグリム・オーダーでどんな地位にいるんだ?女王様よ」


 カイトの言葉に、一転してざわめいていた室内は静まり返った。戸惑い動揺した空気がゆっくりと伝播していき、周りの視線はカイトからオリガ女王へと向けられる事となった。




 周囲の人々が動揺を見せる中、オリガ女王だけが平静を保ったまま口を開いた。


「お前にこう告げる事は非常に残念だよカイト、この場で私を侮辱した事、今際の際で悔やむがよい。衛兵!」


 ビシッとした声をかけられた衛兵は、戸惑いながらも武器を構えてカイトへと迫った。


「捕らえて牢へ連れていけ。死刑はすぐに執り行う事とする」

「おや裁判はなしですか?シーアライドは法治国家かと思ってました」

「玉座の間で国の象徴を侮辱した罪にどう弁護をするのだ?死罪でもありがたく思うのだな」


 オリガ女王の冷たい視線がカイトに注がれる。しかしカイトは一歩も怯まずに言った。


「俺ぁ何も根拠もなくそう言ってる訳じゃあないですよ。そりゃそうでしょ?何の根拠もなくこんな事堂々と宣言出来る訳がない。皆さんもそうは思いませんか?」


 態と大げさな仕草でカイトは注目を集めた。その度胸もすごいが、何だか手慣れているなと俺は思った。


 そしてこのまま黙っている訳にもいかない、俺はカイトの隣に並ぶと言った。


「俺も仲間もカイトを信じます。カイトが死ぬなら俺達も一緒だ」

「…嘆かわしい、そこな奸物に惑わされたか。この国を守った勇者が死ぬのは心苦しいが、発言には責任が伴うものだ」

「分かっていますよ。あなたは俺達に発言を許さないでしょう、だから勝手に喋ります」

「そもそも疑問だったのは、何故宝玉を探させたのがカイトだけだったのかって事。国の危機だったんでしょ?馬鹿げていようがなんだろうが、こっちに任せきりじゃなくて人を用意すればよかったんじゃないの?」


 俺の隣にレイアが立って言った。続けてアンジュが前に出る。


「私達に対する便宜がどれも柔軟かつ過剰なまでにはかられていた事も気になります。私達を自由に動かしたかったというようにも見て取れます」

「宝玉の存在についても、どうして今になってそんな不確定な伝承が出てきたんですか?これまでだって海が荒れた事はあったでしょう?その時は何故ニンフを探さなかったんですか?」

「私達にとって都合が良すぎるのよ。元からニンフの手がかりを求めてシーアライドを目指していた私達にとって、ここでの出来事はどれも都合がよかった」


 代わる代わる勝手に喋る俺達の言葉に、もう一度室内には動揺が見て取れた。中にはひそひそと話し合う人たちもいた。


「オリガ様の特権ならそれが可能だ。国の凶事に俺達みたいなよそ者を関わらせて、不満に思う奴だっているでしょう。だけどオリガ様なら鶴の一声で黙らせる事が出来る」

「俺達の活動を裏で支援して」

「竜の手がかりと宝玉を探させ」

「カイトさんと私達が打ち解ける時間と経験を作った」


 俺達の言葉にオリガ女王は鼻で笑った。


「何を言い出すかと思えば、どれもこれもただの推測、貴様らの思い込みではないか。そんなものでこの私をグリム・オーダーの手先呼ばわりか」

「オリガ様の言う通り、最初はただの勘でしたよ。ただ一つ聞きたいのですが、どうしてオリガ様はグリム・オーダー呼ばわりされる事が侮辱になると思っているんですか?」

「あ?何を言って…」


 そこまで言ってオリガ女王は青ざめた顔で言葉を切った。カイトの指摘に気がついたのだろう。


「今この場でグリム・オーダーについて知っている人が何人いますかね?俺が知る限り、あいつらはまったく表立って動かない筈だ。それを知っている事そのものが怪しい証拠だ」

「オリガ女王、俺達は一度グリム・オーダーと関わりがあったからそれを知れた。でもその名前は、ある人物が教えてくれなければ分からなかった。グリム・オーダーは表沙汰に動いている組織じゃあないんですよ」

「私が知るグリム・オーダーの人間は、記憶操作という禁忌を犯してまで正体をひた隠しにしていた。何故女王様はグリム・オーダーの名前をご存知なの?」


 レイアが口にした記憶操作という禁忌が、周りの不安と動揺を更に揺さぶる事となった。疑いの目がオリガ女王に注がれた。


「皆さんはグリム・オーダーという疚しい組織の名をご存知ですか?」


 アンジュが周りで聞いていた人たちに聞いた。皆一様に頭を振って答える。それもそうだろう、リュデルが言うには伝説の地と秘宝について関わりをもつなら接敵する可能性があると言っていた。


 冒険者でもない城で働く一国民が、伝説の地を目指す事も秘宝を本気で求める事もそうある筈もない。その目標は一処に留まっていては絶対に達成されないのだ、手がかりを追って竜を探し世界を巡る必要ある。


「確かに俺ぁ挑発的な態度は取りましたよ、それは侮辱的に見えたでしょう。でもグリム・オーダーの名がどうして侮辱的だと思ったんです?他の人は名前も知らないのに。何故それが侮辱になるんですかね?答えてみてくださいよ、オリガ様」


 ダァンと大きな音が響いた。音の出どころは、オリガ女王が持っていた王笏を床に叩きつけたもの。髪を振り乱し、美しく整った顔を醜く歪ませ、憤怒の眼差しを俺達に向けていた。それはまるで、魔物と見紛ってしまいそうな迫力をしていた。

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