第98話 レイアの奮闘
レイアは集中したいからという理由で俺達を部屋から追い出した。しかし去り際にアンジュだけを呼び止めて話をしていた。
部屋の前で待機している俺はアンジュにその内容を聞いた。
「レイア、なんて言ってたんだ?」
「防音はしっかり施されているかと聞かれました。話の内容が漏れてはいけないので、その手の備えは万全です」
それを聞いた俺は何となくではあるが中で何が行われるのかを察した。そして俺達を外に出した理由にも見当がついた。
「アーデンさんどうしたんですか?」
「アンジュ、俺達の仕事はここで見張る事だ。終わるまで誰も中に入れちゃ駄目だからな。勿論俺達も入っちゃ駄目だ」
「え?ええ、分かりました」
俺の言葉にいまいち要領を得ないアンジュだったが、一応了承してくれた。その方がいいだろうと思い、俺はそれ以上言及しない事にした。
「上手くやれよレイア…」
心の中でそう呟いた。悔しいが俺にはアーティファクトについての知識がない。レイアに任せるしかなかった。
部屋に二人で残ったレイアとカイト、部屋を血で汚さないように予め準備してあった物を次々と展開していき、服を着替え清潔を保った。
「カイト、私はこれからあんたの中にあるアーティファクトに直接触らないといけない。それがどういう事を意味するのか、あんたには分かるわよね?」
「まあな、散々されてきた事だ。慣れていると言えば変だけど」
「そうね…。でも、私が思うにその時のあなたはもしかしたら痛みを感じていなかったかもしれない。そうでなければ非道な人体実験なんて耐えられなかった筈よ」
レイアの言葉にカイトは一瞬黙った。少し考え込み、ゆっくりと口を開く。
「もしかしたらそうだったのかもしれない。俺にはあった事の記憶はあっても、痛みの記憶はない。ヴィクター博士が俺を人にした時は、痛い実験はなかったから」
「…これから私は、あなたの外を切り裂いて中を探る必要がある。直接アーティファクトに触れる必要があるのよ。あなたにはそれを、気絶もせず耐えてもらわなきゃならない」
レイアは非常に悲痛な面持ちでカイトにそう言った。それを受けてカイトは、ニッと眩しい笑顔で笑って見せた。
「そんな顔するなお嬢。俺ぁ頑丈に出来てるって言っただろ?どんなでっかい傷や痛みでも俺の体は耐える。どれだけ無茶しようと俺は勝手に生かされる。それに…」
「それに?」
「真剣勝負でお嬢は俺の命を勝ち取った。信じてるよ」
カイトはそう言ってもう一度笑ってみせた。レイアはそれを見てふっと表情を緩めて言う。
「分かったわ。私を信じなさい」
レイアは気合を入れ直すとナイフを手に取った。カイトは突き刺さる冷たい感触と熱い燃えたぎるような痛みを同時に感じてぐっと歯を食いしばった。
皮膚を切り裂き体の中を見えるように開いたレイアは、血まみれの手で額を拭った。緊張で汗が止まらない、しかしそれ以上に思考を巡らせて止めなかった。
カイトの中身は本当に殆どがアーティファクトで構成されていた。カイトの体にどれだけの技術が注ぎ込まれているのか、レイアはグリム・オーダーの狂気を感じて背筋が凍る思いだった。
「どこだ…、どこに何をされた…?」
中を手でかき分ける度に苦痛に呻くカイトの声が聞こえた。しかしレイアはそれを敢えて聞かないようにした。
本当だったらもっと大きな声を上げてもいい程の痛みがカイトを襲っている筈だった。しかしカイトはそれを必死に耐えて我慢している。それはレイアを心配させまいとするカイトの意地であった。
意地と覚悟を感じ取っていたレイアは、自分のやるべきことに集中した。カイトの体を構成するアーティファクトのどこかの部位に必ず何か仕掛けを施されている筈だと、それを必死になって探した。
「これかっ!」
それは心臓の代わりをしているアーティファクトにあった。不規則に点滅する小さな糊のような物が張り付いていた。
迂闊に触れる事は出来ない、まずは観察をする。点滅する光はアーティファクトがマナと反応する時の光と同じ、この糊のような物体は心臓に張り付いて今も活動を続けている。
しかしその点滅の間隔が不規則である事がレイアには気にかかった。カイトのアーティファクトは生命維持の為に常に動き続けている、それならば反応の光は点滅ではなく点灯している筈だと思った。
レイアが一つ思い至ったのは、まだカイトに作用しているあの最後に放った弾丸だった。マナの乱れを強制的に引き起こす弾丸、アンジュの協力を得て作った物。
間違ってもカイトを殺してしまわないように綿密に調整を重ねた。効力は徐々に切れ始めている、その証左に他の臓器の代わりをしているアーティファクトは僅かな光を放っていた。
「この物体だけがまだ弾丸の影響を強く受けている。マナに関係しているのは間違いない、カイトを命令に従わせる為に貼り付けられた物。任意のタイミングで作動させられるならその目的と作用は…」
レイアはぶつぶつと呟きながら思考を続けた。
自分なら。自分ならこのアーティファクトの機能をどう止める。非常に高度で緻密に構築されたアーティファクト、機能を止めるだけでも相当な技術が必要だった。
カイトの生身の体は数多くの人体実験によって生物の限界を超える性能を与えられていた。臓器や骨格、その他人体を構成するアーティファクトの数々も、一つの動作不良ですべてが、つまるところ命の危機に陥るようにはなっていない。
それぞれの機能を補い合うように柔軟で完成された構築がなされていた。ヴィクター博士は狂っていたけれど天才だ、レイアにはそれがよく分かった。それ故にカイトにした事を許すことも出来ないが、惚れ惚れするような技術だと強く思った。
しかし完璧だろうがなんだろうが、どうにかすると決めた。今までだってどんな困難も乗り越えてきた。アーデンやアンジュの顔を思い浮かべると、レイアには勇気が湧いてくる。
「逆に考えろ…、完璧だからこそ付け入る隙があるんじゃないのか?完成されていると知っていながらグリム・オーダーは仕掛けてきた。その方法があると知っていた?それともヴィクター博士が何か…」
何かを残していたとしたら、それはきっと殺す方法だけじゃなく、きっと裏をかく方法も考えていたんじゃないのか、いつかカイトに魔の手が迫ると思い至らなかったとは思えない。
一つ、レイアにはカイトを殺しうる方法が思いついた。そして、それを逆に利用出来る方法がある可能性にも考えがいった。
その瞬間レイアはひたすらに手を動かして作業を始めた。頭の中で思い描くもの、それを完成させる事が出来たならカイトを救える。自分の知恵と技術で今出来る限りのすべてをそこにつぎ込む。
カイトはおぼろげな視界ながらもレイアの手元を見た。信じがたい速度で完成されていくそれを見て、痛みに顔を歪ませながらも口角を無理やり上げて笑ってみせた。
中にいるレイアとカイトを心配し続けて夜が明けた。うつらうつらと船を漕ぐアンジュの頭を、倒れないように肩に乗せて、俺はその時を待っていた。
ガチャリと扉が開く音が聞こえて俺は顔を上げた。アンジュの肩を叩いてその時が来たことを教える。
姿を見せたレイアはすっかり憔悴しきっていた。相当疲弊したのだろう、顔色が悪い。
それでもレイアはニッと笑って見せた。
「やったわよ。アーデン、アンジュ」
「…そうか。流石はレイアだな」
「当たり前でしょ?私を誰だと…」
言い切る前にレイアはガクッと膝が崩れ落ちた。咄嗟にその体を受け止める、心配するアンジュに俺は大丈夫と声をかけた。すぐに穏やかな寝息が聞こえてくる。
「限界まで頑張ったんですね」
「ああ」
「流石はレイアさんです」
「そうだな。私を誰だと思ってるの、だな」
俺はそう言うとアンジュと顔を見合わせて微笑んだ。
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