第95話 レイアVSカイト その2

 魔力で出来た銃弾がブルーホークから発射される。五発隙間なく連射された。とても避けられるような隙のない攻撃、しかしそれでもカイトは前に進む足を止めない。


 避けるまでもない。そう言わんばかりに弾丸へとカイトは突っ込んでいく、体に着弾すると同時に衝撃が弾け飛ぶ、並の人間では一発食らうだけでも大怪我をするその威力にもカイトの体には傷一つつかなかった。


 勿論ダメージはある。しかしカイトはそれを無視して突っ込む。覚悟の上での前進、肉薄すればカイトに分がある。


「やっぱりそうきたかっ!」


 レイアはカイトならばそうくるであろうと予測していた。カイトの人並み外れた身体能力と頑強さの根源はアーティファクトにある。それを見抜いていたレイアには、ブルーホークの弾丸程度ではダメージにならない事を分かっていた。


 二の矢として用意していた策を、レッドイーグルから撃ち出した。カイトが被弾してまだ視界が良好でない場面だった。流石のカイトでも至近距離でレッドイーグルの銃弾を受けるのはまずいと判断し、咄嗟に防御の姿勢を取った。


 それを見てレイアは不敵に笑った。底しれない雰囲気を感じ、カイトは背筋をぞっとさせる。


 弾丸を撃ち出してすぐレイアは後ろを向いてうずくまり、目と耳を塞いで口を開けた。その瞬間、大きな炸裂音と強烈な閃光がカイトに襲いかかった。


「クソッ!攻撃の為じゃあなかったのか!」


 以前レイアがシェカドで、リュデルの付き人であるメメルとフルルを撒いた時に使った弾丸を改良した物で、カイトでなければ耐えられない調整をしていた。


 強烈な光と音にカイトの視覚と聴覚は一時的に機能不全に陥った。レイアはその隙をついて背後の森の中へと駆け込んだ。接近戦ではまったく勝ち目がない、動き続ける事がレイアにとっての生命線だった。


 草木の中に紛れ込むと、レイアはスイッチを取り出して押した。カイトがここに来るまでに設置しておいた十機の砲塔が起動し、照準をカイトに合わせると一斉射撃を始めた。


 いまだに身動きを取れないでいるカイトは格好の的だった。避ける余裕も、防ぐ余裕もない。魔力で出来た弾丸が絶え間なく発射され、それがカイトに鬼雨の如く降り注いだ。


 砲身が熱で溶けてしまう前に射撃は止まった。レイアは草陰からこっそりとカイトの様子を伺った。体から煙を上げてその場に佇んでいる。まったく動きがないその姿に、レイアは不安を覚えた。


 砲塔は次の射撃の為に魔力の充填を行っている。もう止めるべきか、そうレイアが思った時一つの砲塔が充填を終えて照準をもう一度カイトへと向けた。


 その時、止まっていたカイトはカッと目を見開いて動きだす。砲塔から聞こえてきた微かな駆動音で場所を特定すると、石を拾い上げると暗がりの森目掛けて全力で投擲した。


 大砲の着弾音かと思う程の轟音と衝撃、投擲とは思えない威力だった。音を出した砲塔は粉微塵に破壊され、石が着弾した場所は深い窪みが出来ていた。


 レイアは音を出さないように息を潜めた。投石の威力を目の当たりにしたレイアは、明確な死のイメージと全身を濡らす冷や汗で小刻みに震えていた。


 すべての砲塔がカイトの投石によって破壊された。カイトは依然健在である。震える手をギュッと握りしめてレイアはぽそぽそと呟いた。


「アーデン、アンジュ、お父さんお母さん。私に力と勇気を貸して」


 覚悟を決めてレイアは草陰を飛び出した。思い浮かべた大切な人々の顔と声、レイアの震えは止まっていた。




 カイトは飛び出してきたレイアに対して投石はしなかった。単純に足元にあった石をすべて使い切ってしまった為だった。それでもレイアにとっては幸運だった。


「酷いなレイア、俺じゃなかったら死んでたぜ?」

「殺す気でやってるからね。あんたも同じでしょ?」

「本気には本気で応えないとな」

「優しいわね。壊した砲塔も弁償してもらえるのかしら?」

「そりゃ無理だ。どっちかが生き残る必要があるからな」


 スッと構えるカイトに合わせてレイアも二丁の銃を構えた。ダメージこそないものの、一対一の構造となった今レイアは圧倒的不利な状況だった。


 前に出たカイトに向けてレイアは発砲する、しかし当たらない、ギリギリまで引きつけて避けられる。


「駄目かッ!」


 肉薄される前にレイアはブルーホークの弾丸を限界を超えて撃ち出し続けた。壊れるのも覚悟の上で弾幕を張る。避けきれず何発かはカイトに命中するも、足は止まらない。


「クソッ!!」


 レイアはレッドイーグルでの射撃に切り替えようとした。威力不足でも至近距離ならばという期待があった。しかしそんな期待もすぐに打ち砕かられる事になる。


 カイトは既に拳が届く距離まで接近していた。目で追うよりも速い動きに焦り、レイアは射撃より先に距離を置こうとしてしまった。


「遅い」


 拳が振り抜かれた。レイアにはそれがまったく見えなかった。次の瞬間、レイアの左手に激痛が走った。


 カイトが狙ったのはブルーイーグルそのものだった。殴り抜いた拳はブルーイーグルを粉々に粉砕した。それを握っていたレイアの手にもダメージが入る。


「ッッ!!」


 痛みに耐えてレイアはレッドホークを向けた。しかしカイトはすでに次の攻撃の体勢になっていた。回し蹴りがレッドホークに直撃する、弾き飛ばされたレッドホーク目掛けてカイトはもう一度回し蹴りを放った。


 二度の蹴りを受けてレッドホークも破壊された。武器を壊されたレイアに抗う術はない。カイトは拳を振りかぶると、レイアの水月を狙った拳打が叩き込まれた。


 レイアの体は大きく吹き飛び森の中へと消えた。




 カイトは拳をおろして構えを解いた。やるせない虚しさが胸中に去来する。こんな事は望んでいなかったとカイトは思っていた。


 でも終わった。後は宝玉を回収するだけだとカイトは森の中へと入ろうとした。しかし信じられない事を目にしたというように動きが止まった。


「ゲホッ!ガハッ!ゴホゴホッ!!」


 苦しそうに咳き込みながらも、レイアは立ち上がった。ふらふらと足元がおぼつかない様子ではあったが、生きている。


「まさかそんな…」

「ゴホッ!…死んだと思った?」


 苦しそうな呼吸をしているが、レイアは笑みを浮かべた。殺す気で放った一撃だった筈だと、カイトは思わず頷いた。


「ふふっ、正直ね。本当は食らいたくなかったけど、あんたから一発もらうのは覚悟で備えていたの」


 レイアは服の下からズルリと何かを抜き取った。ボロボロになったプロテクターを見せびらかすようにぷらぷらと揺らした後投げ捨てる。


「この為に発明した一発限りの使い捨ての装甲よ。本当に一発で駄目になるとは思ってなかったけど」

「本気で打ち込んだ筈だ。耐えられた事が信じられない」

「私はあんたの想像の先をいくのよ。これで思い知ったでしょ?」


 無傷ではない。ダメージはあった。しかしレイアは死を免れない攻撃を発明品で防いだ。カイトは驚くと同時に感心した。


「本当にとんでもないな。ここまで追い詰められるとは思わなかった」

「甘く見ないでよね。私だって伝説の地を目指す冒険者よ」

「まったくその通りだよ。いいな、夢や目標ってのはさ。こんなにも可能性に満ちているなんて」

「馬鹿じゃない?あんたにだってその可能性が沢山あるんだから」

「俺には無いよ。そんなもの」


 カイトは悲しい声でそう吐き捨てた。そして解いた拳をもう一度握りしめる。


「その可能性を俺の手で摘むなんて本当は嫌で嫌で仕方ないんだ。これは俺の偽りのない本心だ」

「じゃあ良かったわね。私はあんたに勝つから、可能性が途切れる事はないわ」


 ここからレイアが逆転する可能性などない、カイトにはそれが分かりきっていた。どんな攻撃の手段を用いても、自分を殺し切る力がレイアにはない。


「これで終わりだ」


 拳を振りかぶりカイトは駆け出した。


「あんたがね」


 レイアは懐から小さな拳銃を取り出した。手のひらサイズの小さな拳銃、銃身が折れ、そこにレイアは弾丸を込めた。ただ一発、一発の弾丸が撃ち出された。


 カイトはそれを避ける事も出来た。防いでもいい。どちらにせよダメージには至らない。しかしこれまでの戦いでどれだけレイアの策を打ち砕いてきても、レイアは尚立ち上がってきた。


 この弾丸も何かの策であるとカイトは思った。ならば戦意を完全に砕く必要がある。そう考えたカイトは撃ち出された弾丸を殴って砕いた。離れ業にも程があった。


「無駄なんだよ。どんな攻撃も俺には…」


 言葉の途中でカイトは体の変化に気がついた。何かがおかしい。腕や足からだらりと力が抜けた。猛烈なめまいに全身の痺れ、立っていられなくなったカイトはドシャリとその場に崩れ落ちた。


 カイトはもう言葉も出せない。レイアはそんなカイトに近寄って言った。


「最後の最後、カイトならそうすると信じてた。私の小賢しい策を真正面から打ち砕かないと戦意を折れないと思うだろうって信じたの。全部ここに至るまでの仕込みだった。カイトの事を信頼する所まで織り込んだ私の作戦」

「あ…ああ…?」

「カイトが砕いたこの弾丸、これはアンジュに協力してもらって作った特別な物。砕いて粉末になったこれを吸い込んだカイトの体は、体内のマナの流れが乱れて正しく循環しなくなった。普通の人ならちょっと気分が悪くなるくらいの効果だけど、中身がほぼすべてアーティファクトのカイトなら動けなくなって当然よ」


 レイアは動けないカイトの耳元へ口を寄せた。


「私の勝ちね。あんたの命はもらうわ」


 レイアはもう一度拳銃に弾を込める。そして発砲音が静かな夜空に響いた。

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