第94話 レイアVSカイト その1
アーデンが目を覚ましたその日の夜、レイアはカイトの船セリーナ号へ訪れていた。手には赤い宝玉が握られている。
「カイト、居るんでしょ?」
「ん、おお!お嬢か」
声をかけられたカイトはひょこっと顔を出した。レイアの姿を見て笑顔を浮かべる。
「どうした?お嬢だけか?」
「ええ私だけよ」
「何だよ何だよ珍しいな。明日は雨か?雪か?」
「さあ、どっちでもいいわ。それより話があるの」
船に上がるようにとカイトは誘うも、レイアはそれを断った。カイトは船を下りて向かい合う。
「俺に話?これまた珍しい」
「私も別に来たくて来た訳じゃあないわ。必要な事だから来たの」
「何じゃそりゃ、お嬢の話は難しいなあ」
「カイト」
レイアはカイトとの会話を続ける気がない。名前を短く呼ぶと言い放った。
「この宝玉はカイトには渡せない。欲しければ私から奪ってみることね」
「は?」
カイトは突然の宣言に面食らって固まった。表情は曇り笑顔は苦笑いに変わる。
「と、突然なんだよ?あ、冗談か?お嬢もこういう冗談言ったりするんだな」
「冗談だと思う?」
レイアがそう問いかける声は感情もなく冷え切っていた。本気でカイトと敵対するという確固たる意志を見せている。
「冗談だと思うならそれでもいいわ。でもそれなら宝玉の事は諦めてね。他の二つも私達がもらうから」
「…何なんだよ一体。訳分かんねえぞ」
流石のカイトからも明るい表情が消えた。戸惑いまじりの声が絞り出すように発せられる。
「そうね、こうやって回りくどく言うのも私らしくないか。じゃあはっきり言わせてもらうわね。グリム・オーダーの手先に宝玉は渡せない」
グリム・オーダーの手先、その言葉がレイアから出た瞬間カイトは眉を顰めた。不快をあらわにしてレイアを睨みつける。
「どういう意味だ?」
「あら、とぼけるのね。意外な反応だわ」
「意味が分からんと言っているだけだ」
「分かんないのはこっちも同じ。どうして私達如きにグリム・オーダーが関わってくるの?シェカドでお仲間をやられた報復だとしたら回りくどいし、もっと直接的にしたらどう?」
「だから…」
「最初からおかしいなって思ってたの。でもこれは、アーデンにもアンジュにも気がつく事が出来ない。私だから気がつけた事。カイトが普通の人間じゃないって、私だけが気がつく事が出来た」
レイアとカイトの視線が交差する。どちらも真剣な眼差しを向け合って、互いの思惑を探り合っている。しかしいよいよカイトの方が折れた。
「…俺の何に気がついた?一応殆ど普通の人間と一緒の筈だ」
「そうね。驚いたけど生物として見るなら私達は一緒と言っていい。色々と手は加えられているようだけどね。私が気がついたのはそこじゃあない、カイトの中身よ。ほぼすべてがアーティファクトで出来てるでしょ?」
カイトは更に驚いた表情をした。
「まさかそれを気が付かれるとは思わなかったな。見た目には何も分からないのに」
「うん。でも私はアーティファクトに関してなら誰よりも優秀だから」
そう言い切ったレイアにカイトは少しだけ笑顔を浮かべた。
「確かに。俺の中身を言い当てるなんて普通じゃあないな」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「褒めてるさ。ただ知られたくなかっただけ」
「そう。でも知ってしまったからには無視出来ない」
「それもそうだな。じゃあ覚悟して来てるって訳だ」
レイアはカイトから距離を取ると宝玉をバッグに仕舞う、代わりにホルスターからブルーホークを抜き取った。銃口はカイトに向けられている。
「ええ。覚悟も準備も出来た。あんたと私、どっちが生き残るかしら。勝負よ」
カイトはスッと拳を構えると駆け出す。夜の港で、レイアとカイトの対決が始まった。
カイトは地を滑るような足運びで空けた距離を一気に詰めてきた。そのあまりの速さに驚いたレイアは、手に隠し持っていた玉を地面に叩きつけた。
ボンッと破裂する音がして煙が巻き上がる。レイアはその煙の中に身を隠した。
「煙幕か」
カイトはそれでも冷静だった。大きく息を吸い込むと、それを煙に向かって一気に吐き出して煙を吹き飛ばす。人間離れした肺活量だった。
しかし煙が晴れた場所にレイアは居なかった。目眩ましに使って逃走したのだ。それも分かっていたカイトはすぐに追いかけ始める。
レイアの足の速さではカイトには太刀打ち出来ない。一直線で逃げたらすぐに捕まってしまう。事実先に走り出した筈のレイアの背をカイトは既に視界に捉えていた。
だからレイアは敢えて場所を街中に選んだ。適当な路地へ曲がると、雑然とした通路を走る。障害物が多い場所ならばカイトの機動力を制限出来る。
そして更に手を打っていた。逃げる時にぽいぽいと煙幕を投げていた。所々から立ち上る煙は、夜と言えど人目を引いた。
「おいっ!何だあの煙!」
「まさか火事か?」
「早く!人を呼べっ!!」
煙によって引き起こされた騒ぎによってカイトの追跡の足は止められた。最初から普通に逃げるつもりはなく、この騒ぎを織り込んでの逃走だった。
「やられたな」
この騒ぎの中ではそうそう争い事も起こせない。レイアは人と場所と心理を利用して足止めを行っていた。
しかしカイトもやられっぱなしではない。平らな家の壁を指と手、腕の力で屋根の上まで登った。これまた離れ業であった。
上から街を見渡してレイアを探る、見つけるのは簡単であった。レイアは煙幕を上げながら逃げている。それを追っていけばルートを絞るのは容易だ。
「成る程、外でやろうってか」
レイアの足取りはシーアライドの外へ向かっているのが分かった。国外と大陸を繋ぐ道はいくつかある、その中のどれを使うのかまでは分からなかったが、それだけ分かればカイトにはよかった。
レイアは勝負と言った。ならば一人逃げて終わりにする訳がない。それに仲間はシーアライドにいる。置いていく訳がない。やりあう場所を選ばれているのはカイトにとっては不利だったが、それでも直接対決でカイトはレイアに劣る所は一切なかった。
「乗ってやるよレイア。まあ、お前なら乗ってくる事も想定済みだと思うけどな」
そう呟いたカイトは、人混みを避け屋根から屋根を跳んで移動を始めた。その跳躍力も人外じみていた。
カイトが国を出る門を回っていると、ある一つの門前で人が倒れているのを見つけた。駆け寄ると、門衛が寝息を立てて幸せそうに寝ていた。
「これまた分かりやすい」
レイアの誘導である事は明らかであった。どうやって他の監視を掻い潜ったのかは分からなかったが、ここから出たというのを示しているのは分かった。
すうと大きく息を吸い込むと、カイトは姿勢を屈んで低くした。地に手をつけ片膝を上げると地面がめり込み割れる程力を込めて蹴り上げて猛ダッシュをした。夜の闇で人の目にそれを捉える事は出来ない。それ程のスピードだった。
シーアライドへと続く大きな橋、そこを全力で駆け抜けるカイトは道すがらで近くの森と草原がある場所から煙が上がっているのを見た。ここまで来いとレイアが誘っている。カイトはスピードを上げた。
辿り着いた先でレイアは腕を組んで仁王立ちしていた。カイトを待っていたと言わんばかりの態度を見せ不敵に笑う。
「もうちょっとゆっくりしてくれてもよかったのに。案外早く来たわね」
「美人のお誘いを待て出来るような性格じゃあないのさ」
「その軽口、誰から習ったのかしらないけど似合わないから止めた方がいいわよ」
「海の男にはこういう事言うやつが多いんだよ。一期一会ってのを大切にするって前にも言ったろ?」
「ああ、あだ名の文化ね」
「割と気に入ってるんだよ。似合わないのは分かってるんだけどな」
カイトは会話を切ると拳を前で構えた。
「なあレイア、こうして話してる方が楽しくないか?」
「あらお嬢は止めたの?」
「今なら止められる」
「私は引く気はないわ」
「そっか…」
心底残念そうにカイトは呟いた。レイアは言葉もなく二丁の拳銃を構える。場は仕切り直され、銃口から火が吹くと同時にカイトは前に出た。
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