第56話 班分け

「それでは現在カ・シチ遺跡にて起きている遺跡漁り立てこもり事案についての説明をします」


 本事案の担当者であるレスリーさんが話を始めた。俺達は後方でその様子を見守る。


「ギルドの依頼で遺跡漁りの討伐依頼を受けた冒険者十二名が、討伐に向かった後全員が敵側に渡ってしまいました。理由は不明。ですが推測されるものとして、洗脳や記憶操作等禁忌とされている魔法の使用の可能性があります」


 レスリーさんの言葉で集められた冒険者達はざわついた。記憶操作、シェカドで起きた事件でも使われていた。今回の件に絡んでいなければいいけど。


「なあ、アンジュ」

「どうしました?アーデンさん」


 俺はこそっとアンジュに話しかけて聞いた。


「ちょっとあって記憶操作の魔法については知ってるんだけど、洗脳なんて魔法あるのか?」

「あることにはあります。ですが使用出来るとは思えませんね」

「どういうこと?」

「非常に繊細かつ高度な技術が要求されます。一朝一夕では身につかない術式もです。恐らく戦闘があったであろう場で十二人全員に魔法をかけるなんて現実的ではないです」


 成る程と俺は頷いた。ということは状況は思ったよりも厄介になっていそうだ。敵側にはその無理を通せるだけの何かがあるということだ、それが何かは分からないが、少し思い当たることがあった。


 あのキメラを生み出したザカリーの魔物を呼び出す笛だ、あれがアーティファクトだったのかは分からないが、常識では測れない道具なのは確かだ。


 そしてザカリーと関係があると言われているグリム・オーダーという謎の組織。秘宝と伝説の地を追っているという話なら、四竜の話にたどり着いていてもおかしくはない。


 レスリーさんの話を聞きながらも、俺は思考の端でそんなことを考えていた。杞憂に終わればいいが、気に留めておくに越したことはない。


「…ということで、皆様には役割に沿った班分けをさせていただきます。偵察を担当する斥候班、内部への突入と武力制圧を行う戦闘班、手の足りない場所に自由に動かせる遊撃班、後は後詰めの予備班です。予備班は遊撃班と役割を兼任していただきます」


 役割分担か、ここに集められた人員は三十五人だ、勿論知らない人ばかりだがどういった割り振り方をするのだろうか。


 そんな時、一人の冒険者が手をスッと上げた。レスリーさんから発言の許可を貰う前に勝手に立ち上がって声を張り上げる。


「俺は絶対に戦闘班に入れてもらうぜ。中にいるのは俺のダチなんだ、あいつが裏切る訳がねえ、何かあったに決まってる。俺が助けてやらねえと」


 その発言で周りがざわめいた。また一人声を上げる者が出る。


「おい、お前の事情なんか知るかよ。こっちは実入りのいい依頼を確実に遂行したいだけだ。個人的な感情で仕事に口出しするな」

「ああ?何だぁテメエ?俺より等級の低い奴がケチつけてくるんじゃあねえよ」

「ちょっと、等級だけで判断するのはやめてもらえる?あんたらの馬鹿な喧嘩はどうでもいいけど、私はこの依頼で名を上げるつもりなの。和を乱すような真似しないでよね」


 こうなるともう止まらない。一人の発言に端を発し、全員が不平不満を口にし始めた。これじゃあまとまりっこないよなと思っていると、ダァンと机を叩く大きな音がした。


 さっきまで騒々しかった冒険者達は、その音に驚いて静まり返った。理由はそれだけではない、机に思い切り拳を叩きつけたのはレスリーさんだった。


 物腰柔らかで優しげなお姉さんという雰囲気が一変し、騒いでいた冒険者達を鬼の形相で睨みつけた。


「黙りなさい。それぞれに事情や思惑があるのは分かりますが、今回の一件がそんな下らない私欲に走っていいものではないと理解出来る筈です。国の治安部隊を差し置いて我々に解決するチャンスが巡ってきたのは、周りとの各種調整を行ってきたギルドの職員達です」


 レスリーさんの背筋まで凍りそうな冷たさを感じさせる声が響く。


「本来であれば、中にいる遺跡漁りと冒険者をまとめて方法が取られる所を、何とかそれを止めてこの依頼にこぎつけたのです。少し考えれば分かる筈です。相手は人間扱いされない遺跡漁り、そして理由不明ながらも現状寝返ったと見て取れる冒険者、我々でなければ殺害することになんの躊躇いもありません」

「そ、そんな…」

「事実、我々が特別作戦を立案する前は、遺跡を完全封鎖し供給を絶ち、乾いて死んでいくまで手を出さないという案が了承される直前でした。禁止されている魔法を使える可能性がある遺跡漁りに対して、安全性を考えるとまともで妥当な案です」


 理由は分からないが、遺跡漁りは何故かカ・シチ遺跡に留まっている。レスリーさんの言う通り、そこから一歩も出さないで置いておくという方法は、一番安全かつ手っ取り早く始末することの出来る案だと俺も思う。


 水に食料品、どれだけ持ち込んでいるにせよ、減るばかりで増えはしない。遺跡を完全封鎖してしまえば、魔物もうろつく遺跡の中で弱って餓死していくだけだ。


 どの遺跡も出入り口は一つだけ。例え壁を壊し外へ出ようと思っても、地下に埋まっている遺跡から抜け出すには時間も労力もかかる。というよりも不可能だ。


「我々は中にいる冒険者を救出する最後のチャンスを与えられたに過ぎません。救出の見込みがなければ苦しませることなく眠りにつかせてあげることも出来ます。遺跡漁りに敵討ちすることだって出来る。でもそれは、我々が作戦を成功させたらの話です。皆さんが選ばれた意味を、今一度よく考えてみなさい」


 もう誰も声を上げる者はいなかった。レスリーさんの演説の効果は絶大で、大人しくなった冒険者達は割り当てられた班を聞き入れ、それぞれの係の元へと向かって行った。


「お疲れ様ですレスリーさん。大変な役回りですね」


 俺は班を聞きに行くと、レスリーさんにそう話しかけた。


「これくらいならなんともないですよ。そもそも最初の作戦失敗の責任は我々ギルド側にあります。中にいる冒険者達の無事を願う気持ちも同じです。数も質も揃えることが出来ました。後はなんとしてでも遺跡漁りを叩かないと」

「俺達の目的も気持ちも同じですよ。微力ながら手伝わせてください」


 そう言うと、眉間にしわを寄せていたレスリーさんはフッと表情を緩めた。


「ありがとうございます。本当に助かります。アーデン様達三人は遊撃班に回ってください。アンジュ様はサンデレ魔法大学校の学徒であると伺いました。その見識をもって柔軟に事にあたっていただきたいと思っています」

「あ、ええと、はい。ご期待に添えるか分かりませんが努力します」


 アンジュがそう答えたのを聞いて、レスリーさんの雰囲気はまた和らいだ。相当な責任感をもって作戦に臨んでいる筈だ、ストレスもかかるだろう。


「アーデン様とレイア様にも期待しています。あっという間に等級を3級に上げ、シェカドのギルド長トロイ様も認める実力者と聞いています。よろしくお願いします」


 トロイさん、一体俺達のことについてなんて話したんだろう。恥ずかしくなってきた俺はレスリーさんに軽く会釈をし別れ、レイアとアンジュを連れて遊撃班の係の元へと向かうことになった。

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