第55話 アンジュの夢
レイアとアンジュは、ギルドに向かったアーデンを待つ為に近くの飲食店に入っていた。そこで時間を潰してアーデンを待つつもりだ。
二人はメニューにあったパラリモを頼んだ。アーデンがアンジュを歓迎する為に開催した食事会で飲んだ名産品で、アーデンとレイアは一口でこれを気に入り、アンジュにとっては思い出の味であった。
「やっぱりこれ美味しいわね」
「そう言って貰えると私もなんだか嬉しいです。昔関わってたってだけで厚かましいですけど」
「そんな事ないって、土地の物に愛着があって羨ましい。私そういうのに本当に無頓着だし」
レイアは興味の対象には無我夢中になれるが、それ以外の事に対しては無関心そのものだった。故郷であるファジメロ王国について特別詳しい事もなかった。
「レイアさんは発明に夢中ですもんね」
「そうそう!その通りよ!あの消えずの揺炎はもう一回よく研究してみたいわね。記述通りならあれもアーティファクトよね?蒸し暑いのは勘弁だけど、何か発明のヒントになりそう」
嬉々としてそう語るレイアの姿を見て、アンジュは少し俯きがちになって尋ねた。
「レイアさんの夢は、自分の手でアーティファクトを超える物を作る事でしたよね?」
「そうよ。今は未熟な技術だけど、いつかこの手で作ってみせるわ。アーティファクトは素晴らしいけど、過去の物は過去の物よ、それにすがらず人の力で新しい物を生み出さなくっちゃね」
レイアの言葉に迷いは一切ない。自分がそれを成すと信じているし、その夢を諦める気はないと心の底から思っていた。
アンジュにはレイアが生き生きと輝いて見えていた。アーデンのことも同じように輝いて見えている。大きな夢を語り自らの力を信じ、今は力及ばなくともそれでも前に進む姿勢が、アンジュにはとても羨ましく思えた。
「あ、あのっ!」
「ん?」
「は、恥ずかしいのですが、わ、私の夢も聞いてくれませんか?」
アンジュは顔を真赤に染めてレイアにそう切り出した。誰にも話していないアンジュの夢、自分には語る資格がないと諦めていた夢の話。
俯くアンジュの両頬をレイアは手で包み込んだ。そしてアンジュの顔を上げさせると言った。
「聞かせてよ、アンジュの夢」
魔法、魔物だけが用いていた力を自分たちのものにと夢見た先人達が生み出した努力の結実。
長い歴史の中で様々な魔法が生み出され、そして消えていった。実用的でなかったり、危険性があったり、再現が難しかったり、理由は様々ある。
生まれては消え生まれては消え、そうして磨かれてきた魔法はやがて汎用魔法という多大な成果を生み出すこととなる。魔法学にとって大いなる一歩で、大きすぎる一歩でもあった。
「汎用魔法はレイアさんもよく知っていると思います。例えば攻撃魔法の炎弾、中級になると火炎弾になり、上級は業火炎弾です。これらは正しい知識と道具、技術を学びさえすれば誰でも習得可能な魔法です」
「うん知ってる。私もブルーホークとレッドイーグルを作る時色々勉強したし」
「恐らくレイアさんなら、勉強と訓練で上級魔法を使いこなすことも出来ると思いますよ」
「ごめん興味ないや。続けて?」
誰もが使える汎用魔法は、魔法使い達の間で急激に広まっていった。それまで独自の不安定な方法や、煩雑で手間のかかる術式を用いる必要があった魔法が、理論体系化され整然とまとめられた。
簡略し最適化された手順、分かりやすく理解が簡単な術式、今までの方法では初級の攻撃魔法である炎弾に半日をかけていたのが、極まれば一瞬で発動することの出来る技術となった。
各地に散らばっていた魔法の知識を集約し、最適化する為の研究と実験の場を魔法使い達に提供する。汎用魔法を開発した初代サンデレ魔法大学校学長は、偉大な賢者と呼ばれ今なお魔法使い達の間で崇められる存在であった。
「この汎用魔法というのは誰もが使えるからこその弊害がありました。あまりにも完璧に体系化された汎用魔法は、魔法学に停滞をもたらしました」
「成る程、アーティファクトと同じだ。それを超えるものが作れなくなっちゃったんだ」
「そうです。汎用魔法を超える新しい魔法は殆ど生み出されませんでした。しかし、それでも限界に挑む者達がいた」
汎用魔法から逸脱し、自らの力でそれ以上の成果を出す魔法を作る。それは固有魔法と名付けられ、作り出すことの出来た魔法使いは、尊敬の念を込めて大魔法使いと呼ばれるようになった。
「固有魔法は汎用魔法にない性質を持っていて、他の誰も使えない自分だけの特別な魔法です。汎用魔法の高い壁を打ち破り、自らの力で新しい魔法を生み出す。それが私の夢です」
アンジュはギュッと拳を握りしめて言った。
「それも一つだけじゃない、生涯をかけて沢山の固有魔法を作りたいと思っています。そしてそれを、誰もが使えるようなものにする。賢者と呼ばれる初代学長がそうしたように、新しい魔法を皆のものにしたい。それと…」
「それと?」
「志ある者にもっと学びの場を提供したい。魔法によって増える可能性をもっと多くの人に広めたいと思います。それが私の夢です」
レイアは語り終えてパラリモを一気飲みするアンジュを優しく見守った。アンジュの熱い思いが伝わってきた。そして心の底にあった本音が聞けたことがレイアにとって一番うれしいことだった。
「素敵な夢ね。私にも応援させてくれる?」
「え、あ、はっはい!なんだか少し恥ずかしいですね…」
「そんなことないわ。夢を語らずに理想は超えられないと私は思う。だから言っちゃえばいいのよ」
そう言って笑いかけるレイアに、アンジュもとびきりの笑顔を返した。互いの夢を語りそれを受け入れ合う、そんな関係にアンジュは胸の奥が熱くなったような気がしていた。
「でもさ、水を差したい訳じゃないけど。それと四竜を探すことって何か繋がってるの?アンジュってサラマンドラを探してたんでしょ?」
「四竜は魔法の象徴だという話をテオドール教授から聞いたので、もし本当にいるのなら確かめてみたくなったんです。より魔法の真髄に近づける筈だと」
「確かに本物から話を聞けば早いし確実よね」
レイアの言葉にアンジュは頷いた。そして話を続ける。
「それにこの冒険を経て、四竜の存在を確信したと同時に、もっと特別な何かを知っていると私は思いました。それが何なのか、知りたいし興味があります」
「真実を識る護り神ね…、その真実ってのが何なのかは私も気になるかな」
「ええ。それに人々が刻んだ歴史を知っているとも書かれていました。ならもう失われてしまった魔法の知識も竜ならば知っている筈です」
「それはますます聞かない訳にはいかないわね」
レイアもアンジュも、心の底からワクワクドキドキとしていた。竜に出会って何を知ることが出来るのか、それがただ待ち遠しい。
そんな二人の元にアーデンが戻ってきた。そして二人は竜の手がかりがあるカ・シチ遺跡の現状を知ることとなる。
自分たちの目的地で今一体何が起こっているのか、三人は話し合いの末、ギルドの特別作戦に参加する結論を出した。
それぞれの夢の為にも避けては通れない道だった。覚悟と信念を胸にアーデン達の竜の手がかりを追うカ・シチ遺跡への冒険が始まろうとしていた。
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