第54話 カ・シチ遺跡の大問題

 サンデレ魔法大学校からもう一度冒険者ギルドへと引き返す。まだまだ混雑はしていたが、それでも人の出入りが可能にはなっていた。


 レイアとアンジュには近くで待っていてもらう事にした。時間がかかりそうだし、俺一人なら人混みも苦ではない。話を聞いてくるだけなら問題はないだろう。


 活動報告が出来ないのは困るが、それどころではなさそうなのが気になる。俺は人波を縫ってギルドの中へと入った。




 中に入ると人の集団が一塊になっていた。通常の業務を行うカウンターとは避けて集められており、やはり物々しい雰囲気がある。


 集団を誘導し整理している係のギルド職員がいた。忙しい所申し訳ないが、俺は声をかけてみる事にした。


「すみません。これって何の集まり何ですか?さっきまでの混雑と何か関係あります?」

「ああ、先程はご不便ご迷惑おかけ致しまして申し訳ございません。ええと、こちらはですね、カ・シチ遺跡の遺跡漁り対策特別作戦の説明会を…」


 とんでもない単語が出てきて俺は話を遮った。


「ちょっ、ちょっと待ってください!今カ・シチ遺跡って言いました!?」

「え?え、ええ。言いましたけど…」


 これは無関係ではいられないようだ。俺は事情を説明して、その作戦の詳細を聞く事にした。




 作戦を担当している職員が来るのを座って待つ。まさか教授の言っていた遺跡漁りの事件がカ・シチ遺跡の事だったとは、二人になんていうべきかと下を向いて悩んでいると突然声をかけられた。


「あのー…」

「あっ、は、はいっ!何でしょうか?」

「ええとアーデン・シルバー様ですか?カ・シチ遺跡について聞きたいとの話を伺ったのですが…」


 担当の女性職員にそうですと返事した。


「ああよかった。間違えて声をかけていたらと思ったらヒヤヒヤしてしまいました。あ、私はレスリーと言います。詳しい説明をさせていただきますのでこちらへどうぞ」


 俺はそう言ったレスリーさんの後についていく、人気のない一室に案内されてから机を挟んで向かい合って座った。


「それで、今カ・シチ遺跡はどうなってるんですか?」

「現在カ・シチ遺跡と周辺の一部は立入禁止区域に指定されています。本作戦行動が完了するまで、等級に関わらず冒険者の立ち入りは禁止です。許可なく立ち入れば罰則が科されます」

「どうしてそんな事に?只事ではないですよね?」


 遺跡内だけでなく、その周辺まで立ち入り禁止なんて聞いた事がない。俺がただ知らないだけという可能性もあるが、異常事態である事は火を見るよりも明らかだ。


 レスリーさんは額を手を置き沈痛な面持ちで口を開いた。


「不安を煽らない為に積極的な情報公開は避けていますが、情報が秘匿されている訳ではないのでご説明いたします。今カ・シチ遺跡内で規模二十名の遺跡漁りの軍団が不法にその場を占拠しています。こちらの呼びかけや交渉にも応じず、頑としてそこを離れない姿勢を貫いていまして…」


 言葉を重ねるごとに顔色を暗くしていくレスリーさん。よほど対応に苦慮しているのだろう、苦労が伺い知れた。


 しかし腑に落ちない点がある。俺はそれを聞いた。


「遺跡漁りが徒党を組むこと事態珍しいのに、数二十って。何を理由にそいつらは居座っているんですか?」


 遺跡漁りの目的は、冒険者を不意打ちして得られる金品や、まだ発掘されていないアーティファクト等だ。


 アーティファクトを重点的に捜索するという目的ならまだ分からないでもないが、それも発見した者を追跡不意打ちして奪い取る方が確実だろう。遺跡漁りのやり口は大体がそれだ。


「理由は不明です。何より不可解なのが、相手に大きな動きがない事です。遺跡内の一室を占拠し、そこに居座っていて動こうとしない。仲間内で分担して内部を巡回しているようですが、それ以上に目立った動きはありません」

「って事は魔物も出る迷宮で目的もなく居座っている訳ですか?」

「状況だけで言えばそうなります」


 ますます意味不明だった。どんな理由があるのか分からなくとも、占拠したのなら目的を持って行動するのが自然な流れだ。多大なリスクを冒して得た機会を、自ら溝に捨てるような真似をするなんておかしい。


「でも二十なんて数どうやって維持しているんですか?遺跡内では食べ物も飲み物もないでしょう?」

「それは…」


 俺がそう質問するとレスリーさんは頭を抱えて考え込んだ。うーんうーんと何回か唸った後、耳を貸してほしいというようにちょいちょいと俺を手招きした。


 耳を近づけるとレスリーさんは口横に手を当てて、ヒソヒソと話した。


「実はですね、最初は遺跡漁りの数は八名だったんです。それでも異様な数です。それに対してギルドは十二名の冒険者を集め討伐隊を結成し、その全員が遺跡漁り側に行ってしまったのです」

「はあ!?」


 思わず大声を上げた俺に、レスリーさんはシッと指を立てて注意した。もう一度目の討伐隊は送られていたのか、そしてそれが失敗に終わった。俺はレスリーさんに小声で聞いてみる。


「何ですかそれ、全員寝返ったって事ですか?」

「分かりません。相手が何らかの方法で洗脳したという可能性もあります。勿論利があって寝返った可能性もなくはないですが、十二人全員がそれに乗っかるなんておかしいでしょう?」


 確かにそうだ。どんなに大きな利があったとしても、裏切った時点で大罪人となる。冒険者としてはおろか、人としてもこの先生きていく道は絶たれるだろう。その危険性を理解していない訳がない。


「ギルドは事態の深刻さを鑑みてもう一度討伐隊の結成と、調査と対策に乗り出しました。現在は作戦の立案に報酬の設定、作戦参加希望冒険者の精査にギルド職員の大部分が当てられています。状況が特殊なだけに時間も人も足りず困っているんです」

「あの、俺と仲間達はカ・シチ遺跡に用があるんですけど、立入禁止が解除される目処って」

「今の所立っていません。いつになるかまったく不明です」


 ギルドにとっても大問題だろうが、俺達にとっても大問題が発生した。俺は頭を掻きむしって考えを巡らせ、レスリーさんに聞いた。


「その作戦に冒険者の空きありますか?」

「ええ勿論。人手は多いほどいいですから」

「一度持ち帰って仲間と相談させてください。参加可能でしたら、俺達もカ・シチ遺跡の作戦に参加します」


 俺はレスリーさんに挨拶を済ませると部屋を出た。レイアとアンジュに相談して今後の方針を決めなければならない、すぐにでも彼女達の元へ向かわなければ。


 しかし大変な事になってしまった。このままでは竜の手がかりはおろか遺跡そのものに近づく事すら出来ない。調査なんて問題外だろう。


 何が起こっているのか確かめて、自分たちもその問題に介入していく必要があるだろう。そうでなければカ・シチ遺跡の扉はずっと閉じられたままで、俺達は無為に時間を過ごして竜の手がかりは遠ざかっていくだけだろう。

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