第52話 教授の考え
俺たちはまたトワイアスに帰ってきた。レイアのレッドイーグルの修理の進捗が芳しくないらしく、暫く時間が欲しいと言われた。連続で冒険に出るのも疲労がたまる、いい機会だと思って少し小休止の時間を取ることになった。
宿屋の一室に籠もるレイアを置いて、俺はアンジュについて行っていた。サンデレ魔法大学校に久しぶりに足を踏み入れる、目的はテオドール教授への報告だった。
来客用の門をくぐってカウンターに行くも、やっぱりバーネットさんはそこに居なかった。勤務態度はそれでいいのかと聞いてみたいものだが、雰囲気が怖いので絶対に言えない。
ベルを叩くとのそのそと部屋の奥から出てくる。すぐに反応があるだけマシなのかもしれない。
「うん?お前さんの顔は久しぶりに見るねえ」
「あはは、どうも」
「愛想笑いはいいからとっとと必要事項を記入しな。一度来てるんだから説明は必要ないだろう?」
相変わらずの愛想のなさだ、俺は書き終えると待っているアンジュにペンを渡した。アンジュも特に言葉もなく淡々と書類に記入をしていく。
「シーカー、あんた面白い顔するようになったじゃないか」
「え?」
突然話しかけられたアンジュは顔を上げてバーネットさんを見た。俺も何の事を言っているのか分からず、成り行きを見守る事にした。
「テオドールが連れてきた学生の中じゃ、あんたが一番優秀で才能がある。でも一番つまらない奴だった。内々に感情を隠して、いい子のフリをする。そんな奴見ると息苦しいったらなかったよ」
「な、何ですか急に…」
「何だっていいだろ、今のただの感想だよ。そら、とっととテオドールの所に行きな。そうすれば少しは意味も分かるだろうよ」
どういう意味だろうか、俺の顔を伺うアンジュに俺にも分からないと伝えるように肩をすくめて見せた。
「もう行ってもいいですか?」
バーネットさんはしっしっと手を払って俺たちを追い払った。なんだろうと俺たちは顔を見合わせて首を傾げると、取り敢えず教授の所へと向かった。
「ハッハッハ!部屋に入ってくる時やけに顰め面でいると思ったら、ミセスにそんな事を言われたのか」
「笑い事じゃないですよ教授、全然意味が分からなかったんですから…」
俺はともかくとしてアンジュはまだ納得のいっていない表情をしている。しかしそんな様子のアンジュを見て教授はニコニコと笑っているようだった。
「何が面白いんですか!!」
「おっと、ごめんごめん。怒らせるつもりはなかったんだよ。ただね、君のそういった表情をこの大学に入学してから見たことがなかったのは事実だ」
「え、そうなんですか?」
意外に思って俺がアンジュより先に聞いてしまった。なんと言っても俺は、叫び声を上げ怒りを爆発させ木に正拳突きを食らわせている姿を見ている。
「その物言い、アーデン君は彼女の色々な表情を見てきたようだね」
「うーんまあそれなりに?一緒に冒険する仲間ですから」
俺がそう言うと教授は更に破顔し目を細めた。なんだかとても嬉しそうだった。
「仲間か…。いいねえ、実に楽しそうだ」
「教授!楽しい事ばかりじゃないんですよ!危険な事だって沢山あったんですから!!」
「ほう、じゃあ今日はその辺りの話を聞いてみようじゃないか」
教授はアンジュに話をするように促した。すると彼女は堰を切ったように冒険であった出来事を話し始めた。
それは本当に些細な事や、竜の手がかりにはまったく関係のない事、どこで見た何が綺麗だったとか、星空は広くてきらめいていて見上げているのに落ちていきそうだったとか、そんな冒険についての感想の数々だった。
あんまりにもアンジュが楽しそうに話すもので、俺も途中から一緒になって喋ってしまった。俺たち二人で盛り上がる話を教授はニコニコと眺めている。
「あの時は本当に心配したんですよ!アーデンさん一人で前に出るんだから!」
「いやグラウンドタートルとの戦いは仕方ないって、あのままじゃジリ貧だったし。アンジュだって分かってたろ?」
「分かってたけどいつも唐突なんですよ!まったくもう!」
不満がぶり返してきたアンジュを何とかなだめすかし、謝って難を逃れる。まだまだ言い足りない様子ではあるが、これくらいで勘弁してくれるようだ。
「とまあ、アーデンさんは時々無茶するけど、仲間思いで優しくて、いつも私に冒険の楽しさを教えてくれます。レイアさんは本当にすごい人で、まさに一を聞いて十を知る知識人です。発明品の事となるとちょっと見境なくて、アーデンさんとの距離感に節度がないのが難点ですが」
「そうか…、いや本当にいい友人になれたようでホッとしたよ。おっと、私とした事がお茶を用意するのを忘れていた。アンジュ、悪いが頼めるかな?」
「ああ本当です。私も忘れていました。アーデンさん何かリクエストはありますか?」
俺はアンジュに礼を言い特にないと断った。それを聞いてからアンジュは部屋を出ていった。
扉が閉まる音を聞いて教授は立ち上がって窓を向いて外を眺めた。こちらに背を向けたまま話しかけてくる。
「あの子の楽しそうな笑顔を見たのは、あの時の事故以来だよ。やっぱり君たちと一緒に行かせてよかった」
教授のその言葉に俺は聞き返した。
「あの時の事故って、孤児院での事ですよね?」
「そうだ。もう聞いていたのか」
「ええ、アンジュから直接聞きました。…悲しい話でした」
俺がそう言うと教授はこくりと深く頷いた。
「アンジュにはとてつもない魔法の才能がある、それは間違いないんだ。碌な前提知識のない子供が、あの本に書かれた基礎理論で上級魔法を発動出来る訳がない。杖や魔導具を用いずにね」
「俺も魔法使いの知識はそれ程ありませんが、普通ではないというのは何となく分かります」
これまでの冒険でアンジュの魔法には何度も助けられてきた。そしてその威力や影響力も目の当たりにしてきたから分かる、アンジュの魔法は一等特別なものだ。
初級の攻撃魔法とは思えない高い威力、広間全体に魔法の効果を行き渡らせる技術、素人でも分かる特異性がアンジュにはある。
「私はあの時、閉じこもる彼女をそのままにしておけないという気持ちだった。しかし魔法を学ぶ者として、彼女の才能が磨かれずに捨て置かれてしまうかもしれないと焦る気持ちがなかったと言ったら嘘になるだろう」
教授のその言葉には迷いと痛切な思いが込められているように聞こえた。恐らくだが、あの時アンジュに魔法を学ぶように勧めた事を今も悩んでいるのだと思った。
「あの事故を起こす前にも、私は何度か視察としてあの孤児院に足を運んだ事がある。活気があってね、子供達の空気に悲壮感というものはまったくなかったよ。あまりよろしくない運営をしている孤児院も少なくないのに、あそこの子達は皆楽しそうに笑っていた」
「ではアンジュにも会っていたんですか?」
「あまり個人個人に直接話しかけたりはしなかったけれどね、私はあくまで資金を提供する側だから。でも、無邪気に笑って一緒に遊ぼうと誘ってくれたあの子達の顔は今でも忘れないよ」
こちらに背を向けている教授の表情は見えないが、声色は優しい。本当に楽しい思い出なのだと思う。
「アンジュは、心が傷つき壊れそうになっていた。親友に傷を負わせたのは自分だと思い悩んでいた。親友の許しも事故だったという慰めも、彼女の心の傷を塞げはしなかっただろう」
俺は黙って教授の話を聞いた。
「何か別の目的や目標が必要だと思ったんだ。生きる為の指針が必要だと思った。夢、希望、欲望、何でもいい、何でもいいから彼女の支えになるものを与えたかった」
それで教授は、アンジュの才能の一つである魔法に目をつけたのだろう。正しい知識を身に付けさせる事で、魔法を事故なく便利に思いのままに操る術を教えたかったんじゃないだろうか。
「でもそれは、彼女から笑顔を奪ってしまうだけだったのかもしれない。幼くして大学に入学し、数々の好成績を修める彼女に周りの目は冷たかった。魔法を学ぶ場としてここ以上の場はない。けれど人と人とが触れ合う場としては適していなかったのだと思う」
「教授…」
「結局彼女は心の内に不満を溜め込んで、人知れず爆発させるような方法でしか感情の発露をしなくなってしまった。ここでは険しい表情で本とにらめっこする姿しか見られなくなってしまったからね」
教授はアンジュのあの行動を知っていたんだ、だけど止めなかった。いや敢えて止めなかったのかもしれない、ああしてガス抜きをさせるしかなかったのだろう。
「アーデン君、私が無理やりアンジュを同行者にしたのは、君たちの人柄に私が勝手に期待したからなんだ。ロゼッタ君からの手紙には、君たちが如何に自分の力になってくれて助けられたかが書かれていた。そしてどうしても力になってあげてほしいと、祈るような願いも一緒にね」
ロゼッタがそんな事を、嬉しいけれどちょっと照れくささもあった。でもやっぱり嬉しい、失敗も沢山あったけれどシェカドでの冒険はかけがえのない思い出の一つだから。
「私はアーデン君達にアンジュを任せてよかったと心から思っている。君達に甘えてばかりで申し訳ないが、よかったらアンジュの力になってあげてくれ」
教授は俺に向き直って頭を深々と下げた。その真剣な頼み込みを見て、俺は胸を打たれた。
「教授、俺はあなたのした事が間違っていたとは思いません。当事者じゃない俺が何言ってるんだって話だけど、アンジュは教授に感謝していると思います。生きる希望を指し示したと思います」
「アーデン君…、ありがとう」
「それに力になって貰ってるのは俺たちの方ですから!アンジュが一緒だから、俺たちはワクワクドキドキする冒険に出られる。寧ろアンジュと出会わせてくれてありがとうございます」
俺は偽りならざる言葉を言って頭を下げた。礼には礼を、教授が感謝しているように俺たちも教授に感謝しているのだから。
そんな時ガチャっと音を立てて扉が開いた。
「戻りましたよー…、って二人して何やってるんですか?」
怪訝な表情で俺たちを見るアンジュ、頭を下げ合っていた俺と教授は誤魔化すようにそのまま背伸びをした。
「今こうしてアーデン君直伝の体操を習っていたんだよ」
「そうそう。体を動かさないと凝り固まっちゃうからね、教授には必須だと思ってさ」
「はあ…、まあ何でもいいですけどテーブルの上片付けてくださいね」
文句をぶつぶつと言いながら物を片付けるアンジュ、気付かれないように俺は教授に視線を送ると、教授はパチっとウインクして返してきた。
俺はそれにぎこちない笑顔で返すと、アンジュの手伝いをした。教授はその様子をやっぱり嬉しそうに眺めていた。
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