第51話 地図が示すものは
ユ・キノ遺跡内の酷い蒸し暑さから開放された俺たちは、疲労がピークにまで達していた。しかしユ・キノ遺跡がある岩山はキャンプには適さない、少しの休憩時間を取った後、俺たちは山を下りた。
テントを張ってキャンプをする。装備を外して服を絞ると染み込んだ汗が流れ落ちた。早々に水浴びでもしたい所だったが、今は乾いた服に着替えるに留めた。
着替えたアンジュがテントの中から出てきた。普段ずっと着ている魔法使いのローブを脱いでいて薄着になっている、見慣れない姿に少しドキリとした。
「ユ・キノ遺跡は酷い環境でしたね」
隣に座ったアンジュがそう切り出した。よほど内部の蒸し暑さが堪えたらしい。
「確かにな。でも、奥に進む程暑さが増していくなんて事がなくてよかったよ」
「まったくもって同意します。しかし遺跡とは摩訶不思議です。どうしてあのような環境になって、どうやってそれを維持しているのでしょうか。今まで興味を向けてきませんでしたが、実際に冒険をしてみると違いますね」
アンジュはぶつぶつと呟いて遺跡の考察をしている。尽きぬ興味に探究心、研究する人としてロゼッタの事を知っているが、やっぱりちょっと似ている所があると思った。
「レイアはどうしてる?」
「あっそうでした。レイアさんのレッドイーグル、大分損傷が激しくて修理に時間がかかるそうです」
「あちゃー、レイアがそう言うって事は相当だな…」
以前ゴーゴ号が大破した時は文句をいいながらもサクッと修理していた。それを考えるとちょっと厄介そうだ。
「私に責任があるから手伝うって言ったのですが断られてしまって…」
「責任?」
「私が魔法の威力の調整を上手く出来なかったから、恐らくマナの許容量を超えて、冷却装置が加熱限界で壊れてしまったんだと思うんです。だから…」
アンジュがそのまま専門用語たっぷりの解説に移りそうだったので俺は話を遮った。聞いても分からないし、俺がレイアの発明品に何かものを言えるような知識を持ち合わせていない。
「理屈はよく分かんないけど、レイアがアンジュに責任があるとか思ってないのは分かるよ。だから気にする必要ないって」
「そうなのでしょうか」
「うん。今はどっちかと言うと自分の不甲斐なさが悔しいんじゃないかな?」
「不甲斐なさ?」
聞き返してくるアンジュに俺は頷いて答えた。
「レイアが夢見て目指している物はアーティファクトを超える発明品。人の手でアーティファクトを超える物を作りたいって本気で思ってる奴だからさ。アーティファクトがどんな物なのか誰も知らないけどさ、過去の人が使った超技術を今を生きる人として上回りたいって思ってるんだよ」
だからレイアは自分の発明品が不具合を起こした時、一番責任があるのは自分だと思っている。壊した場合は別だけど、不具合が起きたのは自分の技術がまだまだ未熟な所為だと考えている。
「なんて言えばいいかな、レイアにとってこれはもう一つの戦いなんだよ。魔物とかそういうんじゃなく、自分自身との戦い。だからアンジュに責任はないよ」
これで伝わるだろうかと、自分の拙い説明に自信なくアンジュの顔色をちらと見る。しかし意外にもアンジュは納得したような顔でうんと頷いた。
「成る程。レイアさんのお気持ちよく理解出来ました」
「えっ、ほ、本当に?」
「魔法の理論、術式の構築、詠唱で扱う言語、我々魔法使いは先人が残した知恵の模倣と再現を繰り返し、それらを研究し改善して自らの物としていく。レイアさんのやっている事と本質は一緒な気がします」
「…同じ気質って事か」
「我々には志を共にする門弟が居ますが、レイアさんは一人ですからもっと孤独で大変だと思います。でもそれがレイアさんの強さなんですね」
確かにそれはアンジュの言う通りだ、俺はそう思って同意した。レイアの持つ熱意と信念が彼女の本当の強さだと思う。
「夢か…」
「ん?どうしたアンジュ?」
「あ、いえ。それよりレイアさんからの言伝です。先に手記を確認していて欲しいとの事ですよ」
アンジュがぼそりと何か呟いたような気がしたが、何でもないと誤魔化したのでそれ以上の追求はやめた。俺は手記を取り出して広げると、アンジュにも見えるように差し出して一緒に眺めた。
サラマンドラは火の象徴、猛る炎そのものなり。司るのは叡智の証、荒ぶる力を操り自らの糧とする優れた理知を授けるものなり。
竜は世界のすべてを識る。竜は秘宝から生まれた存在である。その目はあらゆる場所にあり、その耳はあらゆる声を聞く。
汝欲望のままに竜を求めるか、汝大願を果たす為竜を求めるか、竜はすべてを知っている。そしてどんな者であろうとも道を示す。彼の地に至る道は誰にでも開かれているのだから。
「今回は父さんの言葉はなかったな」
読み終えた俺はそうアンジュに話しかけたが答えはなかった。どうしたのだろうかと様子を伺うと、何やら顎に手を置いて考え込んでいる。
「おーいアンジュ、もしもーし!」
何度か声をかけてようやくアンジュは我に戻ったようだ。
「何か気になる事でもあった?」
「そうですね…、一番気になったのは竜が秘宝から生まれた存在というものです。以前見つけた文言には秘宝の護り神と書かれていましたよね?」
「ああ、あったあった。てことは、秘宝が自らを守る為に竜を作ったって事か?」
「そういう事になりますよね…。うーん、秘宝が一体何なのか、ますます分からなくなってきました」
確かにそれは俺も思った。伝説の地に眠る秘宝、色々な話や歌で語り継がれてきているが、それが何なのかよく考えた事もなかった。
こうして竜の手がかりを追っていると秘宝が何なのか、それがどんどん分からなくなっていく。竜を生み出して自分を守らせるという事は、意思のようなものがあるのだろうか。
二人で頭を悩ませていると、俺は手記に更に何かが書き込まれている事に気がついた。ページをめくると白紙に埋められていたものは線だった。何かの形にそって線が書かれている。
あまりに何も書き込まれていないから最初はただの枠かと思ったが、アンジュがこれを見て気がついた事で、これが何なのかが判明した。
「これトワイアス周辺の地図じゃないですか?」
ギルドから支給されている地図と照らし合わせ見比べて、ようやくそれが領地が線引されているものだと分かった。あまりにシンプル過ぎて俺には地図という発想すら出てこなかった。
「確かにそれっぽい。よく分かったなアンジュ」
「サンデレ魔法大学校周辺の地理は頭に入ってますから。意外と魔法に役立つんですよ、その土地で手に入る物が触媒に使えたり、集まるマナの性質を利用して魔法の効力を高めたり。魔法使いにとって必要な知識の一つです」
「成る程、無駄になるものがないねえ」
博学なアンジュに助けられた。竜の手がかり側も、これは地図ですとでも書いてくれればいいものを。
「しかし何で地図?」
「うーん…、分かりませんね。何か目印が書き込まれている訳でもありませんし…」
「だよなあ…。もしかしたら次の手がかりを見つけた時、この地図に何か書き込まれるのかもな」
「それを期待しましょう。今のままではただの図ですから」
手に入れた手がかりが一体何を示すものなのか、俺たちは竜に近づいているのか、分からない事ばかりが増えていき少しの不安が募る。
だけど手がかりはまだある。残る遺跡はカ・シチ遺跡。そこに新たな竜の手がかりがあると信じて、俺たちはまた新たな冒険の舞台へと歩を進めるのだった。
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