第50話 消えずの揺炎 その2

 ユ・キノ遺跡にて噂になっていた消えずの揺炎、それが竜の手がかりではないかと探しに来ていたアーデン達は、偶然にも本命を見つける事になった。


 消えずの揺炎、そう言われるようになった理由。ひと目見てなぜそうなったのかをアーデン達は理解した。


 赤々と燃え揺らめく炎、それが左右に大きく揺れていた。燃えて揺らめくだけでなく、実際に左右に大きく動いていたのだ、どれだけ動いても消えずに燃えている。


 それ故に消えずの揺炎と呼ばれようになった。不思議な光景だと、三人ともが思った。


「んっ?なあ、ちょっと」


 アーデンはある事に気がついて二人を呼んだ。炎がゆっくり遠ざかっていっている、それを伝えると二人も観察してから同意した。


「アーデンさんの言う通りです。動いていますあの炎」

「移動してるね、フライングモで追おう」


 レイアはフライングモを取り出して飛行させた。つかず離れずの距離を保ちながら一行は炎についていく。消えずの揺炎、フライングモ、そしてアーデン達という位置関係になっていた。


 ここまで慎重に追うのには理由があった。それはヤ・レウ遺跡で特殊個体ミミクリーリザードに襲われた経験と、手記に記された記述から得た竜の手がかりには特殊な魔物が引き寄せられやすいという情報だった。


 フライングモをレイアが開発した理由の一つにはこれも含まれていた。レイアもアンジュも攻撃方法は後方にいてこそ役割を果たす事が出来る、自然とアーデンは一人前衛で矢面に立つ必要があった。


 アーデンに備わっている超人的な直感だけを頼りにするだけでは限界がある。それを補う為にも自分の発明品が必要だとレイアは考えた。


 一行は消えずの揺炎を慎重に追っていく、ゆっくりとした移動でついていくには問題はなかった。しかし緊張感は追うごとに増していっていた。




 消えずの揺炎、それが何故移動しているのかようやく判明した。開けた遺跡の一室にたどり着き、そこで消えずの揺炎が止まったからだ。


 グラウンドタートル、大型の亀の姿をした魔物。その尻尾の先に消えずの揺炎はあった。揺れていたのは尻尾の動き、ゆっくりとした移動はグラウンドタートルの歩みだった。


「あれが消えずの揺炎の正体か」


 アーデンはファンタジアロッドを構えた。後ろの二人もそれぞれ武器を構える、グラウンドタートルが止まった理由は一つ、追いかけてきたアーデン達を迎え撃つ為だった。


 先に動いたのはグラウンドタートルだった。手足と頭、そして消えずの揺炎ごと尻尾をまとめて甲羅の中に引っ込めた。何が起こるのかと身構えていたアーデン達は、グラウンドタートルが取った次の行動に驚いた。


 引っ込めた尻尾があった甲羅の隙間から炎が勢いよく噴射された。足を止めていてはまずいと本能的に察知したアーデンが、後ろの二人を抱えて飛び退いた。


 その直後、先程まで自分たちがいた場所にビュオンと風を切る音が聞こえ、背後にあった壁からとてつもない衝撃音が聞こえてきた。炎を用いて爆発的な推進力で固い甲羅ごと突進してきたのだ。


 ガラガラと壁が崩れる音と、炎の噴射音が聞こえてくる。グラウンドタートルがすぐに次の突進に備えていると分かった三人はその場から離れた。


 突進、突進、また突進、そしてそれを避けるという状況が続いた。攻撃が直線的で避けやすい事が助けではあるが、アーデン達は避けるばかりで攻勢に出られなかった。


 兎に角グラウンドタートルの突進が速すぎた。そして一度突進して堅い壁に激突しても、更に固い甲羅に守られて碌なダメージもなく次の行動に移ってくる。


「どうする、どうするどうする!?」


 アーデンの指示で全員避ける事はできていた。しかしそれ以上の行動はできない。ジリジリとした焦りがアーデンの中に募っていった。


 このまま避けるだけではいつかどちらかの体力が尽きる、それがグラウンドタートルになるのか、アーデン達になるのか、避ける事に神経を使っているアーデン達であろう事は想像に難くなかった。


 アーデンは賭けに出た。二人をぐいっと手で押しのけ安全な場所へ避けさせると、自分は突進が来る場所に残った。何をしているのかと咄嗟に手を伸ばそうとしたアンジュを、レイアが肩を掴んで止めた。


「レイアさんっ!何してるんですか!?」

「いいから。ここはアーデンに任せて」


 レイアはすぐさまアーデンの賭けに張った。それは何の根拠のない自信、しかし確かな信頼によるものだった。




 アーデンはロッドを地面に突き刺した。グラウンドタートルの突進を受け止める準備だった。


 グラウンドタートルの突進の軌道は読みやすい、だから間違いなくロッドの刀身で受け止める事は出来る。しかしグラウンドタートルもそれを承知の上で突進を止めなかった。たかだか地面に突き刺した棒程度で、自らの突進を止められやしないと分かっていたからだ。


 勿論アーデンもそれは承知の上だった。グラウンドタートルの突進に合わせて柄頭に乗った。片足だけの不安定な姿勢ではあったが、これで突進の進行方向にロッドを置きながら自分もそこにいる事が出来る。ロッドの性質を変化させるにはアーデンがそれに触れている必要があった。


 突進してきたグラウンドタートルは、ぐにゃりと曲がるロッドの刀身にめり込んでいた。伸縮性と弾性を持たせたロッドは突進してきたグラウンドタートルを受け止めた。そしてアーデンは柄頭を蹴って後方に跳んだ。


 アーデンの手から離れたロッドは元の形に戻ろうとする、そしてグラウンドタートルの突進の勢いを利用して、スリングショットの弾のように壁に弾き返した。


 轟音と土煙を上げて壁が崩れる、グラウンドタートルの突進を利用したカウンター攻撃、アーデンは心臓の跳ねる音を耳に聞きながら相手の様子を伺った。


 グラウンドタートルは自らの突進以上の衝撃に、流石に体と足をよろけさせていた。しかし立ち上がっている、大きな傷を負ってもまだまだ健在だった。


「今よ!!」

「はいっ!!」


 だが、レイアとアンジュがただ黙ってその場を見守っている訳がなかった。レイアの構えるレッドイーグルに向けてアンジュは杖を向ける、アンジュの発動した強力な魔法を魔力の弾丸に変換したレイアは、グラウンドタートルの頭を目掛けて撃ち込んだ。


 弾丸は頭を引っ込めたグラウンドタートルの甲羅の中に撃ち込まれた。内部で炸裂する魔法弾は、頑丈な甲羅の中で弾け飛び中身をぐちゃぐちゃにかき回した。グラウンドタートルはもう動く事はなかった。




 アーデン達は消えずの揺炎を持つグラウンドタートルを倒した。薄氷の上にて掴んだ勝利は、アーデン達に達成感よりも、やっと終わったという疲労感を覚えさせた。


「あっち!あちち!!」


 汗を拭うアーデンはレイアの上げた声に気がついて近づいた。見るとレッドイーグルがぷすぷすと音を出して煙を上げていた。地面に置いて息を吹きかけるがまったく意味はなしていない。


「過剰エネルギーで冷却装置が壊れた!やばい!」

「おい、大丈夫か?レイア」

「無理!駄目!撤退早く!!」


 大分思考能力が低下しているなとアーデンが思っていると、グラウンドタートルの残骸からボッという音と共に炎が飛び出してきた。尻尾についていて、攻撃にも利用していた消えずの揺炎だ。


 飛んでいった炎はその部屋の燭台に収まった。といっても燭台に火源になりそうな物はなく、炎は一人でにただ燃えて揺らめいていた。この炎そのものがアーティファクトの一種であると体感させれるような不思議な現象だった。


 アーデンは手記を取り出して消えずの揺炎に近づけた。揺らぎの中からぽっと小さな炎が飛び出して手記に移った。炎に触れても手記が燃える事はなく、ヤ・レウ遺跡で体験した時のように手記の中に吸い込まれるだけだった。


「目的の手がかりは手に入ったし、急いで出るか」

「異議なし!意義なーし!!」


 一刻も早くここを出てレッドイーグルの修理に取り掛かりたいレイアは、前のめりになって賛成した。それを見てアーデンとアンジュは顔を見合わせて苦笑いすると、ユ・キノ遺跡を後にするのだった。

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