第49話 消えずの揺炎 その1

 ユ・キノ遺跡は、トワイアスからも遠く険しい岩山の中腹にある。その場所にたどり着くだけでも二日を要した。


 尖った岩山の道は流石にゴーゴ号で通る事が出来ない。レイアの持つディメンションバッグのお陰で荷物の心配はないが、登山は単純にきつかった。


 三人の中で一番元気よく歩いていたのは、意外にもアンジュだった。ゴツゴツとした山道をスイスイと進んでいく、休憩の時に理由を聞いたら「昔は山や森が遊び場でしたから」と答えた。逞しいものだと俺は思った。


 そうしてやっとの思いでたどり着いたユ・キノ遺跡に、俺たちは足を踏み入れるのだった。




 遺跡の階段を下りていく途中から、この場所の異様さに全員が顔をしかめた。


「何だこの蒸し暑さ…」


 アーデンの言葉に後ろに続く二人も同意した。ユ・キノ遺跡の内部は兎に角蒸し暑い、これに尽きた。


 階段を下りきる頃には、服や髪が汗で体に引っ付いていた。アーデンは額の汗を手で拭い、ビッと手についた汗を地面に向けて払った。


 レイアは長い髪をまとめて後ろでとめた。暑さで今にもへばり倒れそうになっているアンジュの髪も、レイアがゴムでくくって一纏めにした。


「痛くない?少しは違うでしょ」

「はひ、ありがとうございます。レイアしゃん…」


 呂律が回らなくなっているアンジュに、アーデンは水を渡した。受け取ったアンジュはそれをごくごくと喉を鳴らして飲んだ。


 ユ・キノ遺跡内部は多少明かりはあれど薄暗く、壁も外と同様に岩肌がむき出しになっていた。真っ暗ではないが見通しは悪い、アーデンはランタンに火を灯した。


 そして何より蒸し暑くて仕方がなかった。耐えられなくない程度の暑さがじんわりと体を包みじっとりと汗をかかせた。喉の乾きに注意してこまめに水分を摂取しなければ重篤な状態に陥るだろう。


「なんでしょうこの、耐えられるけど耐え難いような微妙な蒸し暑さは。不快で仕方ないです」

「ああ、まったくもって同意見だよ。水の量は気にせずに喉が乾いたらすぐ飲むんだぞ」


 三人は早速ユ・キノ遺跡の特殊な環境の洗礼を受け、体力と気力を削がれた。それでも進む以外選択肢はない。レイアはフライングモの台座に壁画の欠片を設置すると、飛ばして先行させた。




 ブゥゥンと音を立てて飛びながら移動するフライングモの後を追う。フライングモが進むという事は、ユ・キノ遺跡には竜の手がかりが確かにあるという証左でもあった。


 遺跡内の蒸し暑さ、内部温度自体は一定に保たれているようで奥に進むほど暑さが増していくという事はなかった。不快な事に間違いはなかったものの、アーデン達の歩を止める程ではない。


 三人はこまめに水分を補給しながら遺跡内を進んだ。道はフライングモが教えてくれている。


 先行するアーデンが歩みを止めて後ろに続く二人を手で制した。レイアはすぐさまフライングモの飛行をやめさせ、地面に降り立たせるとカサカサと歩いて戻ってくるフライングモを回収した。


 前方から何者かの気配を感じたアーデンはファンタジアロッドを構えた。何が来るか身構えたまま様子を伺っていると、暗闇に赤く光る点が二つ見えた。


「ゴーレムだッ!数二体!!」


 現れたのは遺跡を守るゴーレムだった。岩石の体と頭の中心部は赤く光る点が一つ点っている。ガンゴンと音を立ててずしりと響く足音は、その頑強さを物語っていた。




 二体のゴーレムの大きさはそれほどでもない。身長だけならアーデンより少し大きいくらいだ、しかしそれに比べて質量はまったく違う。岩で出来た体は固く、攻撃は重さが乗って強力だ。


 アーデンは二人からゴーレムを引きはがす為に迷わず前に出た。ゴーレムの拳をロッドで受け止める、そしてそのままロッドの性質を軟化させた。


 拳を絡め取って一体のゴーレムの自由を奪う、蹴りを繰り出してきたもう一体のゴーレムの攻撃の前に差し出してアーデンはゴーレムを同士討ちさせた。ガゴンと岩と岩がぶつかり合う大きな音が響く。


 レイアとアンジュも行動に移っていた。アーデンが前に出てゴーレムを引きつけている間に、攻撃の準備に移っていた。


 前回とは違い、ゴーレムの核を探る必要はなかった。レイアが構えているのは一丁の銃レッドイーグル、撃つタイミングを待っている、合わせるのはアンジュの攻撃魔法だった。


「行けますっ!レイアさん!」

「いつでもどうぞ!」


 詠唱を終えたアンジュがレイアに声をかけた。レイアはそれに合わせてレッドイーグルから魔力で作った氷冷弾を撃ち出した。掛け声を聞いたアーデンが射線を開ける。


 ゴーレム二体は強烈な冷気と高威力なマナの弾丸に足が止まる、続いてアンジュが向けた杖の先から魔法が放たれた。


『炎波!』


 凍りつくほどに冷やされた体に、次は高温の炎の熱波が襲いかかった。急激な温度変化によって体を構成する岩がミシミシと音を立てる。まだ破砕には至らないが、ゴーレム達は攻撃のせいでアーデンの姿を見失っていた。


 姿勢を低くして突撃していたアーデンがロッドを構えた。岩に入ったヒビを見逃さず、そこを目掛けてアーデンはロッドを突き刺した。


 突き刺したロッドから高出力のマナエネルギーを送り込む、アーデンは十分だと判断するとロッドを引き抜いてその場から離れた。先程の攻撃で脆くなった体は、送り込まれたマナが内部で弾けるエネルギーに耐えきれず爆散した。


 もう一体のゴーレムは爆散した岩の礫を全体に浴びた。その衝撃に耐えきる事が出来ず、もう一体もバラバラに砕け散った。




 ゴーレムを退けたアーデン達一行は、相手が完全に機能停止したのを確認してから戦闘態勢を解いた。元々遺跡内部の環境で熱せられていたゴーレムに、温度変化を利用した攻撃で切り抜けた。


「アンジュ、いい案だったわね」

「レイアさんも完璧なタイミングでした」


 コツンと拳を合わせる二人にアーデンが近づいて言った。


「今のはアンジュの作戦だったのか」

「はい。私もお二人の役に立ちたくて、咄嗟に考えた事ですが上手くいきました」

「そんな事気にしなくてもアンジュはすごい戦力だよ。もう…」


 そこまで言ってアーデンは言葉を切った。小首を傾げてアンジュが聞く。


「もう?何ですか?」


 アーデンが言いかけた言葉は「もうアンジュがいないのを考えられない」だった。そんな事を言ってもアンジュは竜を追う協力者で、この冒険が終わればサンデレ魔法大学校に戻る事が決まっている。


 それを伝えてもアンジュを困らせるだけだとアーデンは言葉を飲み込んだ。気になるから聞かせろとせがむアンジュを何とかアーデンはあしらおうとした。


「あっ!あれなんだろうな!」

「誤魔化さないでください!!」


 やっぱりこれでは駄目かとアーデンが諦めかけたが、誤魔化すために指を向けた先にとんでもないものを見つけた。


「おいあれっ!」

「もうっ!」

「違う違う、本当に見てみろって!」


 アーデンが指さした先をアンジュが見る、そして言葉を失って口を手で抑えた。アンジュはレイアの肩をトントンと叩いた。レイアも指差す先を見て絶句した。


 遺跡の道の奥で炎が浮かんで揺らいでいた。期せずして三人は消えずの揺炎を発見したのだった。

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