第45話 姿なき魔物

 自在に透明化を操る特殊個体ミミクリーリザード、ヤ・レウ遺跡の一室にてアーデン達はこの魔物の強襲にあっていた。


 突如、アーデンはファンタジアロッドで防御しアンジュを庇った。受け止めた腕にミシリと鈍痛が広がる。苦悶の表情を浮かべるも、アーデンは攻撃を払い除けた。


「な、何が起こったんですか!?」

「多分舌だ。すごい速さで舌を伸ばしてそのままぶつけてきてるんだ」


 アーデンの推測通りミミクリーリザードは舌を使って攻撃してきていた。獲物を捕食する為に素早く伸びる舌だが、速さと質量が相まって威力は高い。


「しかも攻撃の瞬間しか気配が分からない。透明化しているから攻撃が見えない、防御出来たのも運がよかっただけだ」


 攻撃される気配は感じ取れても、誰を狙っているのかまではアーデンには分かっていなかった。アンジュの前に飛び出して防御する事が出来たのも、運とアーデンの捨て身の行動の結果だった。


「どうする?部屋中に全弾撃ち尽くすって手もあるけど」

「数撃ちゃ当たるか。それもありだけど、あいつがここに留まってくれる保障はない」


 体の大きさからは想像がつかない程ミミクリーリザードの身のこなしは軽かった。レイアのブルーホークによる掃射で足を止めるのなら有効だっただろうが、被弾覚悟で部屋の外に逃げられて、見失った所を狙われればアーデン達の冒険はそこで終わりとなるだろう。


「ここで逃さず仕留めるしかない。向こうが優位だと思っている今なら、あいつもこの部屋に留まるはずだ」

「でも見えないのにどうすれば…」


 アーデン、レイア、共に打つ手は浮かんでいなかった。しかし一人、この状況を打開する可能性を考えていた者がいた。


「アーデンさん、レイアさん、私の作戦に乗りませんか?」


 アンジュは手短に考えた策を伝えた。それを聞いた二人は少しの躊躇を見せたが、アンジュの策に乗ると決めて力強く頷いた。




 ミミクリーリザードは自らが圧倒的に有利だと理解していた。相手は自分の姿を見えていない。だから攻撃の狙いはつけられないと分かっていた。


 しかし見えない攻撃を防ぐアーデンの存在は厄介に思っていた。粉塵を巻き上げ自分の姿を浮き彫りにしたアンジュも、出来る事なら早急に片付けてしまいたいと思っていた。


 だが、どれだけ厄介な相手であろうと目に見えない以上攻め手に欠ける。それを理解してミミクリーリザードは散発的な攻撃を繰り返していた。見えない敵の見えない攻撃、今は防ぐ事は出来るかもしれないがいつか集中力が途切れる。じっくりと獲物を追い詰める算段だった。


 そんな算段をしていたミミクリーリザードだが、相手が思いもよらない行動を取った事に驚き思考が止まった。


 三人は何故か地面に伏せていた。そして口と鼻を布で抑えている。何が狙いだとミミクリーリザードは戸惑った。


 アンジュは地に伏せながら杖を高く上げた。そして魔法を一つ唱えた。


『毒煙』


 杖から放たれた毒煙は部屋の中に充満した。しかしミミクリーリザードは、なんだこの程度かと余裕でいた。自らを死に至らしめる程の毒ではなかったからだ。


 寧ろ小さな人間の方が部屋に充満した毒によってやがて死に至るだろう。自ら手をくださずとも勝手に死んでくれるのなら手間がかからなくていい、ミミクリーリザードは愚かな人間を見ているだけでよくなった。


 優位にあるせいで相手を侮っているミミクリーリザードには、アンジュの真の狙いは分からなかった。




 昼間のように明るかったヤ・レウ遺跡の一室は、毒煙の充満と共に真っ暗闇になった。理由は昼光虫の死と逃亡だ。


 毒煙は最初からミミクリーリザードを狙ってのものではなかった。昼光虫を狙ってのものだった。明るさは失われ暗闇に包まれるも、その暗闇の中で煌々と光る存在がいた。


 それは腹に沢山の昼光虫を溜め込んだミミクリーリザードだった。擬態の性質が変化し、光を介さなければ姿を消す事は出来ない。ミミクリーリザードはこの暗闇の中で、無色透明どころか何よりも目立つ存在となっていた。


 突如暗闇の中に閉じ込められたミミクリーリザード、常日頃から真昼より明るい遺跡内で生活していた為、暗闇では視力がまったくきかない。もう敵の姿を捉える事は出来なかった。


 逆にアーデン達にはミミクリーリザードの姿と場所は丸わかりだった。もういくら透明化しようとも姿を消す事は出来ない、ミミクリーリザードに逃げ場はなかった。


 伸ばされたファンタジアロッドはミミクリーリザードの首に巻き付き締め上げる。動きを封じられた所にレイアの最高火力レッドイーグルが火を吹き体を撃ち貫いた。




『浄化』


 アンジュは部屋に充満した毒素を浄化した。魔法の詠唱の為少し吸い込んでしまった為、軽く咳き込んでしまった。


「平気か?」

「ケホッ、え、ええ、そんなに強い毒じゃないですから」

「でも治療は必要だろ?ええと、あった。これ毒消し薬、飲んでおけよ」


 アーデンから受け取った瓶の液体をアンジュは飲み干した。口と喉いっぱいに広がる苦味に顔を歪めるも、体の不調はすぐに楽になった。


「ありがとうございますアーデンさん」

「こちらこそだよアンジュ。この場を切り抜けられたのは間違いなくアンジュのお陰だ」


 ランタンを手にミミクリーリザードの生死を確認しにいったレイアが二人も元に戻ってきた。


「どうだった?」

「大丈夫、ちゃんと仕留めた」


 レイアの持つランタンの灯りに照らされた地面を見て、アンジュは申し訳無さそうな顔でしゃがみこんだ。小さな虫達が息絶えて地面に散らばっている。


「ごめんなさい。あなた達は何も悪くないのに…」


 死した昼光虫を手のひらですくい上げるアンジュ、アーデンとレイアはそれを見て、自分たちもしゃがみ込みアンジュの肩に手を乗せた。


「俺たち皆で決めた事だ、皆で謝ろう」


 自分たちが助かる為の行動だった。ヤ・レウ遺跡を暗くするには、あの時あの方法しか思い浮かばなかった。それでも身勝手な事に違いはない、アーデン達は全員で手を合わせて昼光虫達に祈りを捧げた。


 そんな時、地面からカタンと何かが落ちる音がした。全員がその場を見ると、仕舞っていた筈の壁画の一部が落ちていた。


「どうしてこれがここに?」


 アンジュが手を伸ばして拾い上げようとした時、壁画が強く輝きを放ち始めた。そしてひとりでに宙へと浮き上がっていく。


 三人が天井を見上げると、そこには光る壁画があった。丁度ミミクリーリザードが陣取っていたせいで見えなかった場所だった。


 天井の壁画は頭が描かれた部分が欠けている、浮き上がった壁画はそこへ向かっているようだった。


 呆然とその様子を見ていると、やがて空いた部分に壁画が収まった。修復された壁画のサラマンドラの目から光がこぼれ落ちてくる、その光は一直線にアーデンの元へ向かってきて、手記を仕舞ってある場所に落ちた。


「今のは一体…?」


 もう壁画は光を失っていて、何の変化もなかった。どういう事だったのかと三人で顔を見合わせていると、段々と部屋が明るくなり始めてきた。昼光虫が戻ってきたのだ。


「兎に角一度出よう。怪我の治療もしないと」


 アーデンがそう提案し二人が頷いた。壁画からこぼれ落ちた光が手記にどんな変化をもたらしているのか、誰にも想像がつかなかった。

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