第44話 ヤ・レウ遺跡 その2

 ヤ・レウ遺跡探索に挑むアーデン達一行は、昼間よりも明るい遺跡の中を進んでいく。明るさのせいで住み着く魔物の視界が広く、他の遺跡よりも魔物との戦闘がよく発生した。


 開けた場所にて休憩を取る、アーデンはレイアに話しかけた。


「ここまで戦闘の連続って初めてじゃないか?」

「そうね、疲れもあるけどブルーホークとレッドイーグルの調整も必要だわ。排熱も追いつかないし、魔石で作ったカートリッジも焼き付いちゃった。取り替えないと」


 カチャカチャと自らの武器を整備するレイア、アーデンは言葉もなく壁にもたれかかり座っているアンジュに声をかけた。


「アンジュ、まだいけるか?」

「…そうですね。余力は十分に残っています」


 アンジュがここに来るまでに使った魔法はすべて初級の攻撃魔法、マナの消費も少なく体力の消費も抑えられている。余力は十分に残っているだろう。


 ただアーデンはここに至るまでの戦闘で何度か連携を取る内に、アンジュに対する少しの違和感を覚えていた。まだ確証とまでは言えないただの違和感、勘違いの可能性の方が高いとアーデンは考えている。


 違和感の内容は単純そのものだった。アンジュが中級上級の攻撃魔法を使えるのに敢えて使っていないのではないかというものだ、更に攻撃魔法を撃つ間際、一瞬ではあるが不自然な間がある。どれもこれも気にし過ぎと言えばその通りだし、気のせいだと言っても正しいものだった。


 攻撃魔法の威力に過不足はない。寧ろ初級の魔法であるにも関わらず、威力は中級並かそれ以上といってもいいものだった。だから問題らしい問題はない。ただアーデンは先のような違和感を覚えた。


「余力が残っていても精神的な疲れは別だ、無理はしないようにな」

「はい。ありがとうございますアーデンさん」


 無理して笑うアンジュにアーデンは微笑みかけた。むんと拳を握って気合を入れ直す姿が微笑ましい、まだまだいけそうなのは間違いないとアーデンは思った。


「レイア調整は?」

「完璧、誰に言ってんの?」

「じゃあもうちょっと行くか」


 俺たちは休憩を止めてまた歩き始めた。明るくて足元を気にしなくていいヤ・レウ遺跡は、身体的な疲労は大分抑える事が出来た。




 遺跡奥手前、その大部屋はあった。


「これって壁画?」


 壁には絵が書かれていた。しかしアーデン達が目的とするサラマンドラの壁画ではなく、もっと別のものだった。


「何か分かるかアンジュ?」

「ううん、私はこういうの専門じゃないですからね。古いのは分かるんですが、それ以上は…」


 アンジュは壁をよく見て調べてまわった。レイアもそれに続いて一緒に意見を述べ合いながらついていく、アーデンは念を入れて周辺の警戒にあたった。


 昼間より明るいヤ・レウ遺跡、地下にあるというのに異様なまでの明るさは昼光虫という生物によるものだとアンジュは説明した。アーデンも何匹か飛んでいるのを目にした。


 しかし何故、地下という空間に昼光虫が集まってくるのだろうか。アーデンはそんな事を考えていた。昼光虫が遺跡の何かに引き寄せられる習性があるというが、それが何なのかが気になった。


 普通に考えるのなら食料の事だろうか、アーデンはまずそう思った。生きる為に必須な要素だから、一番の理由として考えられる。その他には繁殖、住処、寝床、アーデンの頭の中で考えが浮かんでは消えた。


 一つ、この場にいた誰もが致命的なまでに見落としている問題点があった。昼光虫が何に引き寄せられているかだけでなく、昼光虫が何を引き寄せているのか。それも考える必要があった。


 アーデンは突然感じた強烈な怖気に咄嗟に武器を構えた。何もいないと思っていたこの空間に何かがいる、身の毛もよだつ魔物がいる。レイアとアンジュにそう伝えようとした時、アーデンの頭上からその魔物の攻撃が降り注いだ。




 大きな音と衝撃にレイアとアンジュは振り返る。アーデンがいた場所が土煙に包まれていた。


「アーデンッ!!」


 咄嗟に叫んで近づこうとするレイアをアンジュが腕を掴んで止めた。


「レイアさん駄目です!今近づいたら…」

「うるさいっ!手を離せっ!!」


 今にも手を振りほどこうとするレイア、しかし土煙の中から叫び声が聞こえてくる。


「アンジュの言う通りだぞレイア!取り敢えず無事だから落ち着けって」


 土煙が晴れると、見えない何かに地面に押し付けられるアーデンが姿を現した。紙一重の所で防御は間に合ったが、まだミシミシと音を立ててせめぎ合いが続いていた。


「見えないけど何かいるぞ!戦う準備をしろ!」


 うめき声を漏らしながらアーデンは二人に指示を出した。レイアは銃を向けるも、見えない敵どこからきたのか分からない攻撃に狙いが定まらない、アンジュは杖を取り出し先を地面に向けた。


『収集!』


 地面の砂や埃を一所に集める。そして今度は杖の先を空中に向けた。


『強風!』


 集められた砂埃が風に乗って宙にばらまかれた。例え敵が見えなくとも、舞う粉塵はすり抜ける事はない。粉塵によって浮かび上がった天井に張り付く何かに向かってレイアはブルーホークの弾丸を連射した。


 当たったのは三発、あまりダメージにはならない。しかし気を逸らせるには十分な成果だった。アーデンは自分を押さえつける見えない何かをはねのけると、急いでその場から離脱した。


 二人と合流出来たアーデンだが、背中や腕にダメージを負った。戦闘に支障はないが、敵が尚も健在だという事実が焦らせる。


 天井に貼りついていた魔物はアーデンがいた場所にドスンと音を立てて降り立った。そしてゆっくりと姿を見せる、しかし全体像ではなく半分だけだった。


「あれは…何だ…?ミミクリーリザードなのか?」


 見せつけるように体の半分だけ透明化して見せた魔物は、ミミクリーリザード。しかし普通の個体ではなく特殊個体だった。


 ミミクリーリザードは体色を変えて周囲に溶け込むことの出来る魔物だ、体を透明化する事の出来る魔物ではない。それを可能としている理由は、この特殊個体が捕食している生物にあった。


 半分だけ透明になった舌を素早く伸ばして、ミミクリーリザードは近くを飛んでいた昼光虫を捕らえて食べた。満足そうにゲッゲッゲと鳴き声を上げると、また全身を透明化させた。


「…推測ですが、奴は昼光虫を好んで捕食し、その性質を獲得して光を操る事が出来るようになったのかもしれません」

「そしてそれが元々持つ擬態させる能力と噛み合った訳ね」

「自由自在に透明化出来る魔物か、どうする?」


 三人は固まって死角を作らないようにした。ミミクリーリザードはどう動き、どう攻撃を仕掛けてくるか分からない。アーデンの人並み外れた気配察知能力でも、攻撃の直前まで気がつけなかった相手だ。


 ごくりと唾を飲み込む音、そして微かなひたひたという足音が静寂に響く。特殊個体ミミクリーリザード、完全に透明化する魔物との戦いが始まる。

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