第43話 ヤ・レウ遺跡 その1

 ヤ・レウ遺跡手前でゴーゴ号を停める。アンジュはずるりと這うようにサイドゴーゴ号から降りると、息を荒げて地に伏せった。


「あー!楽しかった!やっぱお前は最高だゴーゴ号!」

「私の発明品だから当然でしょ?」

「し、死ぬかと思った…」


 倒れているアンジュに手を貸して立たせる、まだふらふらとした足取りではあるが、体調自体には問題はなさそうだ。


「ごめん、飛ばしすぎた?」

「そうですね…、そもそも私これがどういう乗り物かも分かってませんでしたから」

「ゴーゴ号!風と一体になれる最高の乗り物だぜ!」

「知りませんよ!」


 俺が笑っているとアンジュから膝裏に蹴りを入れられた。どしゃっと地面に倒れると、馬乗りになられて脇腹をくすぐられる。


「あははははっ!!ははは!!ちょっ!やめっ!」

「説明が足りないんですよお!!」


 そんな様子を呆れ顔で見ていたレイアは、ゴーゴ号を収納すると俺たちを置いて先に歩きだした。


「二人共置いてくわよ」

「あっ!待ってくださいレイアさん!置いていくのはアーデンさんだけでいいです!」

「俺も置いていくなよ!!」


 俺たちは立ち上がってレイアの後を追った。アンジュが途中何度も脇腹をつつくのを避けるも、何度かくらってその度に俺の笑い声が響いた。




 遺跡入口までやってくる。準備を整えて俺は二人の顔を見た。


「ここからはおふざけ無しだ。魔物も遺跡漁りもいる。常に気を張って危険を感じたらその度報告、いいな?」


 俺の言葉に二人は頷いた。続いてアンジュが話す。


「ここヤ・レウ遺跡では、四竜の内の一体サラマンドラが象徴されていると見られる壁画の一部が見つかっています。正確な場所がどこかまでは分かっていませんが、これが発見されたのは遺跡の奥だったと教授から伺いました」


 そう言ってアンジュはディメンションバッグから壁画の一部を取り出した。丁度サラマンドラの顔が描かれた壁画の一部だ。


「この壁画が見つかったって事は、破損してる可能性が高いって事よね?」

「でもそれが手がかりにもなります。遺跡内で壁画を見つけてこれを合わせてみれば、本物か確認出来る訳ですから」

「よし、目標は壁画の発見に定めよう。話を聞く限り奥まで進む必要があるかもしれないから、無理せず休憩はこまめに、撤退の判断は早めに」


 今度は三人で合わせてうんと頷いた。先頭は俺、次いでアンジュ、後ろをレイアが歩く。ヤ・レウ遺跡探索の始まりだ。




 三人は階段を下りた。下りてすぐに、アーデンは遺跡の特徴について口にした。


「明るいな、外と同じくらいだ」


 遺跡内部は今までアーデン達が訪れた事のある場所よりも明るく、外との差がないどころか遺跡内部の方が明るく感じられる程だった。


「光源らしいものは何も見当たらないのにどうしてこんなに明るいの?」


 辺りを見回しながらレイアがそう言うと、その疑問にアンジュが答えた。


「お二人共見ていてください」


 アンジュは両手のひらを広げた。そして空中に向かって何かを捕まえるようにパンと手を閉じた。アンジュは手に少し隙間を開けて中を二人に見せた。


 手の中が光が遮られて暗くなる筈だ、しかしアンジュの手の中は暗くなるどころか明るく輝いている。その手の内から、小さな虫が飛び立っていった。


「昼光虫です。魔物の一種だと言われていますが、人に害なす事はありません。常に光を放つ特性を持ち、この遺跡内に多く生息している為、ここは昼間のように明るいんです」

「にしても明るすぎないか?」

「どうやら昼光虫は、この遺跡の何かに引き寄せられる習性を持っているようです。私も話に聞いた限りですから詳しくは分かりませんけど」


 光源の心配が必要ないというのはいいことでもあるが、不利に働く事でもあった。早速気配を察したアーデンが、ファンタジアロッドを手に取り構えた。


「何匹?アーデン」

「四、いや五だな」


 レイアも武器を構えてアーデンに敵の数を聞いた。二人が何故戦闘態勢に入ったのか分からず戸惑っていたアンジュも、遺跡奥から何かが走ってくる音が聞こえて杖を構えた。


「キラーハウンド…!」


 アンジュの緊張した声を皮切りに三人の初戦闘が幕を開けた。




 キラーハウンドは犬型の魔物だ、基本的には集団で行動し、群れでの戦いを好む。非常に好戦的であり、数の優位があると判断した相手には迷わず襲いかかってくる。


 アーデンはロッドを伸ばして鞭のようにしならせると、キラーハウンドが目掛けて振り下ろした。しかしその攻撃は群れの先頭にも届かずに、地面を打ち鳴らすだけだった。


 相手が離れていても攻撃をしてくる、そして目の前にそれが届くと判断したキラーハウンドは群れを二つに割った。二匹と三匹、機動力を活かして挟み撃ちにする算段だった。


 だがアーデンの狙いはそれだった。ロッドを元の形に戻し、すかさずしゃがみ込む。レイアの銃口と詠唱を終えたアンジュの杖の先が、割れた群れをそれぞれ狙っていた。


『炎弾!』

「それっ!」


 レイアのブルーホークから連射された弾丸が、アンジュの杖から放たれた魔法がそれぞれキラーハウンドに襲いかかる。レイアが狙った三匹のキラーハウンドは向かう足を止めて回避をした。しかしアンジュが狙った二匹のキラーハウンド、その内の一匹が、もう一匹を庇うように炎弾を食らった。


 しゃがんでその様子を観察していたアーデンは、庇われた一匹に狙いを付けて前に飛び出した。庇ったキラーハウンドは炎弾が直撃してすでに絶命していた。


 庇われたキラーハウンドが短く吠えた。すると他三匹が即座に吠えたキラーハウンドの元へ走った。アーデンはやはりそうかと考えに確信を持つと、絶命したキラーハウンドの体をロッドで掴んで引き寄せ、向かってくる三匹に投げつけた。


 体に大きな風穴を開けて焼け焦げた仲間の体がキラーハウンドの行く手を阻む、連携が間に合わないとキラーハウンドのリーダーは、即座に逃げを選ぶ。しかしアーデンが一歩速かった。


 足の速さではキラーハウンドの方が遥かに速い、しかしアーデンのファンタジアロッドに間合いの制限はないに等しい。背を向けて逃げるリーダーの胴体にロッドを巻き付けて掴むと、そのまま振り回して地面に叩きつけた。


 ごしゃりと砕ける音、そして群れのリーダーの飛び散る血を見て、残り三匹の戦意はすっかり喪失した。頭を失い連携の取れない群れに苦戦はしない、残党を片すと戦闘は終わった。




 キラーハウンドを倒したアーデンは、額に浮かんだ汗を拭い取った。アンジュは大きくため息をついて、へなへなと力なく地面に座り込む。


「大丈夫?」

「あっ、ありがとうございます。少し腰が抜けてしまって…」


 レイアがそう声をかけアンジュに手を差し伸べた。手を取り立ち上がったアンジュはパンパンと埃を払った。


「魔物との戦いは初めて?」

「…いえ、あるにはありますが、久しぶりで」


 若干だがアンジュの足は震えていた。アーデンはもう一度無事を確認してから水を手渡した。


「飲むと落ち着くよ、息も整えて」

「ありがとうございます」


 受け取った水をごくりと飲み込み一息つく、アンジュは何度か深呼吸をした後アーデン達に向かって言った。


「しかしお二人の連携はすごいですね、私はレイアさんに言われるがままに動いただけですが、いつやり取りをしたんですか?」

「え?」

「ん?」

「は?」


 その問いかけに、三者それぞれが疑問符を頭の上に浮かべた。


「やり取りは特にしてないよ。多分レイアだったらこう動くかなって分かってるくらいで」

「私も。アーデンがそう動くなら、次の手はこうって何となく分かるだけ。そんなもんじゃないの?」

「…私は冒険者には詳しくありませんが、あなた達の戦い方が普通ではないのは分かりますよ…」


 まだ納得のいっていないように首を傾げるアーデンとレイアに、アンジュはため息をつきながら頭を抱えた。

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