第42話 仲間として

 アンジュを連れ立って冒険に出るにあたって、冒険者ギルドで手続きをした。冒険者免許を持たないアンジュは、協力者として届け出る必要があった。


 そこまで煩雑な作業でもないが、テオドール教授の口添えがあったのでスムーズに済んだ。大学は遺跡調査の為によくギルドを利用するので、繋がりは強かった。


「これで正式にアンジュ・シーカー様は両名の協力者として認められました。シルバー様かハート様がご随伴であれば、依頼を受ける事も可能です」


 説明をしてくれたギルド職員さんから、協力者用タグをアンジュは受け取った。俺はものはついでにその職員に質問した。


「こういった外部の協力者って珍しいんですか?」

「いいえそんな事ありませんよ、寧ろ多い方です。冒険者として活動する人で、パーティーを組める人もいれば組めない人もいますから。ギルド内で解決できる事もありますが、その場その場で傭兵を雇う人もいます」


 へえと思いながら説明を聞いていると、レイアが俺の脇腹を小突いて言った。


「あんたのお父さんはずっと一人だったでしょ?そっちの方が珍しいんじゃないの?」

「そういやそうだったなあ」

「お一人で活動を?それは大変だったでしょうね。ん?そういえばシルバーって…」


 父さんの話が始まってしまいそうだったので、失礼しましたと断ってから俺たちはその場を後にした。説明も面倒だし、父さんは父さん俺は俺だ。




 俺たちは最初に冒険する場所をヤ・レウ遺跡に定めた。他二つの遺跡と比べてまだ探索の進んだ場所である事と、そんなに遠く離れていない事が決めてだった。アンジュにとって野宿はまだきついだろう、ゴーゴ号さえあれば行って戻ってくるには十分な距離だ。


 レイアが何か準備があると言うので、俺とアンジュは一緒に冒険に必要な物を買い揃えに出た。主にアンジュに必要な物を俺が選ぶかたちだ。


「アーデンさん」

「ん、どうした?ていうかアーデンって呼び捨てでいいって」

「いえ私の方が年下なので、そこはしっかりしておかないと」


 お堅いなあとは思うが、それならそれでいいかとも思う。結局ロゼッタもずっと敬語だったし、接し方を選ぶのは人それぞれだ。


「アーデンさんのお父様は有名な方なのですか?」

「あー、そうだね。まあまあ有名な人かな」

「なんて方です?」

「ブラック・シルバー、伝説の地に行って帰ってきた冒険者だよ」


 名前を聞いてアンジュは目を丸くして驚いていた。


「とんでもない人じゃないですか!」

「まあ色々とぶっ飛んだ人ではあったよ」

「えっ、えっ?私、教授の勧めでブラック・シルバーの冒険譚を全部読みましたよ。ありとあらゆる未踏の地を身一つで切り開いていくその勇姿、とても感動しました」


 アンジュから輝く尊敬の眼差しを向けられる、しかし申し訳ないが俺から特に父さんについて言える事はない。冒険譚の中の父さんは、俺の知らない姿ばかりだからだ。


「ああ、えっと…うん、そうだね」

「…もしかしてあまり好ましくない話でしたか?」

「ああいや!そんな事ないんだ。でもなんだか父さんの冒険譚って、俺が知ってる父さんの姿と違うんだよね。だから言える事があまりないと言うか…そんな所」


 上手く言い訳出来ないなあと俺は思ったが、アンジュはそれを聞くと成る程と言って態度を改めた。


「お話では脚色も多いでしょうから、実情を知るアーデンさんとは温度差があって当然ですよね」

「なんかごめんな」

「何を謝る事がありますか、私は逆に嬉しいです。少しだけアーデンさんを知る事が出来た気がするので」


 俺は隣に立つアンジュの顔を見た。頭の上の耳がぴこぴこと動いている。


「私まだアーデンさんにもレイアさんにも言っていない事が沢山あります。言わなくちゃいけないのに言いたくない事があります。そういうしがらみを感じ取ってアーデンさんは食事に誘ってくれたんでしょう?」

「バレてたか。何か探りを入れるようで悪かったな」


 アンジュは俺の言葉に首を横に振った。そして少し俯きがちにぽつぽつと話し始めた。


「…お二人との食事は楽しかった。普段はあの様に誰かと語らいながら食事する事ってあまりなくて、なんだかお腹だけでなく、心も満たされたような気分でした」

「そうなのか?大学にあれだけ人がいるのに?」

「研究の傍ら、意見交換の為に他の学徒と食事会を開く事はあります。しかしその場はあくまでも研究の延長線上なので、互いを語らう場ではありません。私達は皆、自分が取り組む課題に精一杯なのです」


 お互いにあまりコミュニケーションを取らないということか、あれだけ多くの人々が行き交うサンデレ魔法大学校だが、横の繋がりは強くないようだ。


 ようやくレイアがアンジュにすぐ打ち解けたのか理由が分かった。似てるんだ、人付き合いの指針が。だからどう接するのがいいのか本能的に分かるのだろう。


 俺は割りと無遠慮に人に話しかけてしまうから、アンジュからすればズケズケと内側に入り込もうとする奴に見えただろう。俺が彼女の立場だったらそれはあまり好ましくない。


「しかし大学に所属しているから他人への興味が薄い訳ではありません。そうでない方も勿論いらっしゃいますし、テオドール教授なんてその最たる例です」

「あー、それは何となく分かるなあ」

「私のような質の人が多いのも事実ですけどね。でもどちらかと言えば、これは私の性分だと思います。心を開いて見せるのが苦手で…、そうしたくないと思ってしまう」


 ぴこぴこ動いていたアンジュの耳が、うなだれるように垂れ下がっていた。感情の起伏が表情や態度だけでなく、こうして身体的な特徴に現れるのは獣人ならではなのだろう。


「気にするなよ」

「え?」


 俺の言葉にアンジュは顔を上げた。彼女の目をしっかりと見据えて俺は言った。


「そんな事気にするなって。確かに俺も最初は困ったさ、アンジュを冒険に連れていって、守れなかったらどうしようって思った。冒険には危険な事も一杯ある、そんな時に信頼関係を築けていないと、咄嗟の判断を間違うんじゃないかって思ってた」


 特に何か隠し事をしているであろう人と一緒に組んで大丈夫なのかという懸念は強かった。それは今まで、俺はずっと気心の知れたレイアとしか一緒にいなかったからだ。


「でもさ、違うんだよな。夢があって目的があって、その為に自分のやりたいように行動する。俺たちって全然何も違わない。立場とか、肩書とか、そういう些細な違いはあっても、夢を追う仲間に違いはないんだ。アンジュは良い奴だ、俺がそう思ったんだから俺はそれを信じればいい」

「アーデンさん…」

「改めてだけどさ、一緒に冒険に行ってくれるか?アンジュ。俺は君と一緒に行きたいよ」


 俺は改めてアンジュに手を差し出した。迷いや疑いはもうない。彼女の事を知りたい気持ちはあるけれど、そんなの全部後回しで構いやしない。


「…私もあなた達となら一緒にサラマンドラを追える。いいえ違いますね、あなた達と共にサラマンドラを追いたいと思いました。改めてよろしくお願いしますアーデンさん」

「こちらこそよろしくアンジュ」


 俺たちはまた握手を交わした。伝わる手の温もりが、少しだけ絆を深めてくれたような気がした。




 買い出しを終えた俺たちは、街の外れで待っているレイアと合流した。そう言えば、レイアは何を準備していたのだろうか、そんな事を考えていたが一目でその答えが出た。


「あーっ!!ゴーゴ号!かっこよくなってるじゃん!!」


 ゴーゴ号の横に、人一人が乗り込めるような乗り物がくっついていた。レイアが自慢げにふふんと鼻を鳴らした。


「ふふっ、これが私の開発したサイドゴーゴ号よ!前にロゼッタと三人で乗った時に不便だったから考えてたの、これなら安全に人を乗せて運べるわ」

「おおお!サイドゴーゴ号!かっけえ!!」


 俺は取り付けられたサイドゴーゴ号に飛びついて頬ずりをした。ピカピカのボディに小さな窓、可愛らしさとかっこよさを兼ね揃えた最高の発明品だ。


「あのレイアさん、ゴーゴ号って何ですか?その、名前からはちょっと…」

「あー、えっと。アーデンのネーミングセンスだから…。うん!あまり深く考えなくていいわ!兎に角乗って乗って!」


 レイアは怪訝な表情を浮かべるアンジュに、説明を放棄して無理やり誤魔化した。サイドゴーゴ号にアンジュを乗せて、俺は指を差して宣言した。


「四竜の手がかり、最初の目的地はヤ・レウ遺跡!飛ばして行くぜ!」

「えっ!?飛ばすってどういう…。て、あああああっあああ!!」


 俺が思い切りスピードを上げるとアンジュの悲鳴が響いて消えていった。

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