第41話 アンジュの話 その2

 部屋を分ける事になったレイアは、アーデンと分かれてアンジュと同じ部屋にいた。まだ居心地を悪そうにしているアンジュだったが、レイアはぐいぐいと話しかけにいった。


「ねえ、聞いてもいい?」

「な、何ですか?」

「サンデレ魔法大学校は何でアーティファクトの研究は進んでないの?」


 レイアにとって一番の興味はアーティファクトにある。マナと密接に関係しているアーティファクトについて、魔法を研究する大学が手を付けていないのはおかしいと思っていた。


「至極単純です。アーティファクトは利便性が過ぎるからです」

「はあ?」


 意味が分からずレイアは聞き返した。


「この世で最もマナを効率よく使えるのはアーティファクトです。アーティファクトは魔法のような詠唱や、手順、道具等を必要とせずその大きな力を行使出来ます」

「そうね、それは私も分かってる」

「だからこそ危険だと大学は考えているんです。誰もが簡単に力を持てるようになれば、それは争いの火種になる。そう思っているんですよ」


 アンジュの言っている事にレイアは頭を抱えた。信じられないというように首を振ると、大きくため息をつく。


「くだらない、だからこそ研究するんでしょうが。力をどう使うべきか探る事もせず危険だと排斥するなんて、技術に対する冒涜だわ」

「私もそこは同意しますよ。大学のお歴々がたは考え方が古いんです。サンデレ魔法大学校は古ぼけた考え方を刷新できないでいる骨董品ですよ」


 吐き捨てるようにそう言ったアンジュに、レイアは目を丸くして驚いた。


「どうしました?」

「驚いた。あなたそういう考え方が出来る人なのね」

「どういう事ですか?」


 レイアはアンジュの事を大学に心酔、または傾倒していると考えていた。それは学校での真面目な態度を見てそう思っていた。頭が固く考え方もそう柔軟ではないのではないかと考えていたのだ。


 それについて説明すると、アンジュはレイアに言った。


「学校ではそりゃ真面目にしますよ。研究は好きだし、それ以上に学校でないと学べない知識が沢山あります。だけど古臭いのは事実ですよ」

「何かもうちょっとアンジュの事聞きたくなってきたな、ねえ、私の発明品なんだけど見てみてくれる?」


 レイアはそう言うと自作の武器であるブルーホークとレッドイーグルを取り出した。アンジュはそれを受け取ると、目を輝かせて驚いた。


「凄い凄い!何ですかこれ!?」

「私の両親アーティファクトの研究員なの、私の遊び場は研究所、沢山のアーティファクトを見て育ってきたわ。私は自分なりにアーティファクトを解析して自作してきたの」

「これは…、魔法に似た作用をその場に応じて作る事が出来るんですか!?反応の際に出る熱は…、ああこの魔石が排熱を、いやそれだけじゃない余剰なマナエネルギーを集積して循環させているのね」

「そう!でも魔力の伝達力がまだ課題なのよね、威力を考えるとまだ改良の余地があって」

「ではここに魔法陣を刻んでみるのはどうでしょう。大部分はアーティファクトを参考にされているとは思いますが、魔法の技術が応用出来ない訳ではないです。どうせならその方が効率的かと」

「いいわねそれ!私はどうしても魔法の知識には乏しくってそういう相談がしたかったの!」


 レイアとアンジュはいつの間にか二人での話が大いに盛り上がっていた。知識と技術、魔法とアーティファクト、分野が違えど同じく探求を志に持つ者同士の二人は、実のところ最初から馬が合っていたのだった。




 二人がいる部屋の前まで来ると、中が騒がしかった。騒がしいというより、なんだかキャッキャッとはしゃいでいるような、少なくとも剣呑な雰囲気ではない。


 何だろうという疑問は持ちつつも、俺は扉はノックした。


 ノックしたのだが返事がない、寧ろ話が更に盛り上がっていて気がついていないようだ。何度目かのノックでようやく扉が開いた。


「おっ、アーデンじゃん。どうしたの?」

「どうしたの?じゃないよ、いるの分かってるのに外で締め出される気持ちが分かるか?早く返事してくれよな」

「ごめんごめん。いやーアンジュのお陰で発明品の改良が捗っちゃってさ、やっぱり知識人は違うね!」


 部屋の中を覗き込むと、レイアの工具と様々なパーツが散乱していた。とても女子二人がかしましくしていた部屋とは思えない様だ。


「レイアさんレイアさん!ここはこの魔石を使うのはどうですか?」

「おっ!どれどれ?」


 このままほっとけば朝までやっていそうだ。俺は手を止めさせる為にもパンパンと手を叩いてから提案した。


「二人共盛り上がってる所悪いけど、よかったら飯食いにいかないか?」


 一緒にご飯を食べれば仲良くなれる。信じるからな父さん。




 トワイアスはシェカドよりも街としての規模は小さい。しかし人々の往来や活気を見るとそこまで見劣りする様子ではなかった。


 アンジュは街にあまり出ないというので、適当に目についた食堂に入った。賑わっていて客数もそれなりにいたが、開いていたテーブル席に座る事が出来た。


 注文をして飲み物が運ばれてくる。グラスを合わせて乾杯した後飲み物を口にした。


「おっ、美味い」


 土地の物はよく分からなかったので適当におすすめされた物を頼んだが正解だった。柑橘系の爽やかな香りが鼻から抜ける、甘いだけでなく少しだけ塩気のある味だ。


「パラリモという飲み物です。この辺りで栽培されるリモの実で作る飲み物ですね。お酒として仕込む物もあります」

「名産品ってこと?」

「はい。実は私小さい頃これを作っていた事があるんですよ」


 アンジュは懐かしそうに言いながらグラスを傾けた。レイアはそれを見てから聞いた。


「作っていたってどういう事?」

「私物心ついた時には両親はもういなくって、親族もいなかったから孤児院にいたんです。運営資金の為にそこで作っていたのがパラリモでした」

「あっ、ご、ごめん」

「いえいえ、気にしないでください。そもそも私両親の顔すら知りませんから、悲しむとかそういうものもなくって、家族は一緒に育った孤児院の仲間達です」


 まずいことを聞いてしまったかとレイアは謝ったが、アンジュは本当に何も気にしていない様子だった。


「懐かしいです。あの頃は、自分が大学に所属するなんて思っていなかった」

「アンジュはどうして魔法を学び始めたんだ?」


 運ばれてきたご飯に手をつけながら聞いた。アンジュもまた食べ物を一口運んで飲み込んでから話す。


「直接的な切っ掛けはテオドール教授のお誘いです。教授は私の居た孤児院に運営資金を寄付していまして、まあその縁ですね」

「教授が?」

「ええ、教授はそういった慈善事業に資金を出す事を信条とされているんです」

「へえ、しっかりした人なのね」

「でも女性関係で問題大アリなんです。教授って身なりよくしているでしょう?」


 俺とレイアがうんと頷くと、アンジュがため息をついた。


「あれは偏に女性にモテる為にやっているんです。教授はよく街に出ては女性の方を口説いて、トラブルを作っては大学に逃げこんでいるんですよ」

「ええ!?そんな事してるのかあの人」

「見た目より真面目なのかと思ったら、それなりに見た目通りの人でもあるのね…」

「その度に私や他の門弟が解決に駆り出されるんですよ!?大学では真面目で研究熱心な人なのに、女性関係は本当にだらしないんですから!!」


 それから俺たちはご飯と飲み物を楽しむと同時に、アンジュの事を色々と聞いて話は大いに盛り上がった。大学での事、研究での失敗、教授のトラブルの尻拭い等、愚痴や文句も多分に含まれていたが、それでも彼女を知るにはとてもいい機会だった。


 これでもまだアンジュの奥に秘められた何かを聞き出せてはいないと思う。教授が何を目的としていて、アンジュが何故四竜に強い関心を持っているのか等も聞けていない。


 もっと仲が深まれば彼女の事を深く知る事が出来るかもしれない、一時的にでも冒険を共にする仲間だ、出来うる限り彼女の力になってあげたいと俺は思っていた。

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