第22話 見えてきた事実

 イ・コヒ遺跡で見つけた物、それはラギリのタグだけではなく、一枚の破れた紙であった。そしてそこに書かれている内容こそが、重要で重大なものだった。


「ラギリ、指示通りに動けば約束した報酬より上乗せする。ピエール教授を捕縛し石板を確保せよ、他は流れに任せればいい。そして…」


 そしてから先は破れてしまっていて読めない。しかしこの内容は見過ごせないものだった。


「成る程、ラギリ君は何者かから仕事を請け負っていた訳だ。しかもこの文言から察するに…」

「教授以外は元より殺すつもりだった。という事でしょうね」


 トロイさんは指示書と思われる紙をぱさりと置いて天を仰いだ。被害者の中に関係者が混ざっていたとは思いもしなかったのだろう。しかも冒険者ギルドに登録されている人員だ、頭が痛いと思う。


「どういう手筈だったのかは分からないが、これで背後に何者かがいるのは分かった。大きく前進したと言ってもいいね、複雑だけど」


 肩を落とすトロイさんにレイアが言った。


「しかし、あの、えっと」

「構わないよ。自由に発言してくれ」

「は、はい。では失礼して、ギルド長なんだかこの件ちぐはぐしていると思います。噛み合っていないというか、粗雑というか」


 俺もレイアの言葉に賛同した。言葉を付け加えるように言う。


「俺もそう思います。あれだけ痕跡を残さなかったのに、肝心要の作戦は大失敗でしょう?綿密に計画されたものにしてはお粗末な結果過ぎませんか?」


 恐らく裏にいる何者かは、フューリーベアを用意してあの日あの場所へ運んだ者だろう、一切の痕跡を残さずにだ。それだけ徹底した行動を取るのに、協力者が遺跡内部で起こした出来事はまったく無秩序と言っていい。


「まだ確実な所は何も分からない。だけど私が予想する限りだと、恐らく手を回せる限界がラギリだったのではなのではないかと思うよ」


 どういう意味か分からずに俺とレイアは顔を見合わせて首を傾げた。それを見たトロイさんはふっと表情を緩めると、説明をしてくれた。




「教授と石板を狙った者、取り敢えず仮に暗躍者と名付けようか。その暗躍者は理由は分からないけれど遺跡に眠る石板を欲しがった。しかし自分では取りに行けなかった。これは行動からも分かるね」


 確かにそうだ、イ・コヒ遺跡は行ってみて分かったが、本当に危険な魔物は生息していない。気を抜かない限りは安全に行き来が出来ると思う。


 だから欲しいのならば自分で取りに行くのが一番だ。フューリーベアを従えるだけの力があるのなら、それくらい訳ないだろう。そうでなくとも、護衛でも雇えばいい。


「何故取りに行けなかったのか。暗躍者は何らかの理由で遺跡に入る事が叶わない身なのだろう。自分で行かない理由を考えるとそれしかない」

「足が不自由とか?」

「レイア君、残念ながらその理由は分からない。しかしもう一つ分かる事はある。暗躍者は冒険者ギルドに依頼を出す事や個人の傭兵等も雇う事も出来ないというものだ」

「どうしてですか?」

「やり方が回りくどい。というよりも何かを警戒しているような動きだ。自分の存在は極力明かしたくないのだろう、匂わせるのも駄目だ。そういう意図が読み取れるね」


 警戒か、そう言われると納得がいく。冒険者ギルドに依頼を出せば、達成の報告で自分の動きが否応なしにバレる。


「だけど個人で傭兵をしている人を雇う分には動きは漏れにくいのでは?」

「そうだね、でもそれも難しかったのだろう。そもそもの数が少ない上に、傭兵は腕っぷし一つで何でもやる実力者だ、良くも悪くも目立ってしまう」

「秘密裏にことを進めるには向かないと?」


 トロイさんは俺の言葉に大きく頷いた。


「そこで目を付けたのが数多くいる等級の低い冒険者だったのだろう。イ・コヒ遺跡の依頼を受けても何の疑問もないし、等級が低くとも一般人を制圧するには十分過ぎる実力がある。ラギリが本当に指示通り動いたのなら上手くいった作戦だったのだろうね」


 そこから語られたトロイさんの予想と推測はこうだった。




 暗躍者は教授と石板を確保するようにラギリに依頼した。そして他の邪魔者を殺す為にフューリーベアを用意した。


 特殊個体ではあるが、アカトキの森で目撃されてもまだ誤魔化しの効く魔物だった。実際に生息している魔物の一匹だからだ。計画が順調に進み目的の物を手に入れたら始末してしまってもいい。


 教授に石板の存在を示唆し、その護衛に潜り込むようにラギリを動かした。イ・コヒ遺跡の護衛任務は実入りの少なさから人気も低い、ラギリが任務を受けても何ら違和感がなかった。


 ラギリには恐らくフューリーベアを退ける何かがもたらされていた。暗躍者はそれを使えば何の問題もなく事が進むと考えた。


 しかしそこでアクシデントが起こる。フューリーベアの襲撃が引き起こした集団パニックだった。


 いくら事前に何が起こるかを知らされていたとは言え、ラギリは3級の冒険者だった。自分より遥かに強い魔物を前にして冷静な行動を取るのは難しい。それに加えて他冒険者達の動揺が伝わってしまい、手筈通りにいかなくなってしまった。


 実力者を雇う事の出来なかった暗躍者の大きなミスだった。限られた選択肢の中で考え抜いた計画であっただろうが失敗に終わった。


 結果として目的であった教授を失う事となった。石板は守られはしたものの、手に渡ったのは教授の教え子であるロゼッタの元に行き、暗躍者の元へは望む物が何一つとして手に入らなかった。




「状況をつなぎ合わせただけの推測だが、大きな間違いはない筈だ」


 俺もレイアもトロイさんの推測を聞いて感心していた。よくここまで綺麗につながるなと思わず拍手をしたくなった。


「しかしこれも間違っている可能性がある。だけど探るべき相手は見えてきた。ここからはリュデル君に頼もうか」

「えっ、どうしてですか?俺たちも手伝います」

「そうですよ、あんな奴に任せられません」


 抗議の声を上げた俺たち二人に、トロイさんは首を横に振ってそれを制した。


「思惑は別として、リュデル君は非常に優秀だ。暗躍者が推測通りの人物なら、恐らくまだ君たちの手に負えないだろう。ここまでの尽力には大変感謝している、けれどここからはこちらに任せてくれ」


 食い下がろうとも思ったが、トロイさんの真剣な眼差しがそれを躊躇させた。結局俺たちはそれから何も言えなくなってしまい、その場はお開きとなった。


 課された任務は達成となり、想定以上の結果を出したとして報酬は上乗せしてくれた。しかしその事もどこか虚しい、俺たちはロゼッタの元へと向かった。


 判明した事実を話してもいいという許可は貰っている。俺とレイアは見つけてきた事と話してきた事実をすべてロゼッタに話した。


「そうですか…そんな事が…」

「ショックだよな、でも伝えた方がいいかなって思って」


 自分が殺される筈だったと知ってショックを受けない人はいないだろう。しかし当事者であるロゼッタには知る権利があるとレイアと話して決めた。


「そうですね…、でもお話してくださってありがとうございます。教授の命がけの行動が無駄ではなかった事、そして私に託された願いを今一度確認できました」

「そうね、ピエール教授は勝ったのよ。見えない敵と陰謀に勝ってロゼッタに意志を繋いだ。私はそう思うわ」


 レイアのその言葉にロゼッタはしっかりと頷いて答えた。まだ一安心とは言えないが、様子を見るにロゼッタは大丈夫そうだ。


 リュデル、鼻持ちならない印象の奴だけど今はトロイさんの評価と世間の評判を信じよう。俺たちの冒険がまたロゼッタの事件と交わる時があれば、その時は全力で事の当たろうと俺は心に強く思った。

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