第23話 ニリド村へ
俺たちは冒険者ギルドの受付に来ていた。ハンナさんはいなくて別の人が対応に出た。だからレイアは普段より俺の背に隠れている。
悔しいけれど、今はロゼッタの為に出来る事は俺たちにはなかった。本格的な調査はトロイさんに任せて、今はシェカドで受けられる依頼を探す。
「ニリド村ですか?」
「ええ、シェカド領内にある村なのですが、少々離れているんですよね」
受付の男性が地図を見せてくれたが、確かに外れにある村だった。
「ここで採れる染料植物は質が高くて、それを使った染め物は名産品として有名なんです。しかしここ最近、その植物畑を荒らす魔物がいて被害が出ていましてね。その調査と対処に当たって欲しいんです」
「それは構いませんが、俺たちに指名の依頼ってどういう事ですか?」
この依頼は普段紹介されるものとは別枠で紹介された。今までこんな事がなかったので当惑する。
「これはですね、所謂昇級に関わる依頼です。お二人の活動実績は昇級には十分ですから、そのテストも兼ねているという訳です」
「ああそういう事ですか」
事情が分からなかったから心配だったけれど、訳が分かってちょっとだけほっとした。背中に隠れているレイアからもほっとため息が漏れるのを聞いた。
「それで調査と対処とは?」
「ええ、被害を出している魔物を見つける事。そして可能ならば討伐してください。お二人の判断に任せます」
「ん?他の依頼内容と違って曖昧な表現ですね」
「はい、それも含めてテストです。後はご自分達で考えてください、受けるのならば手続きしますが、受けないという選択も出来ます。どうしますか?」
どうやらいつもとまったく毛色が違うみたいだ、俺は後ろに隠れるレイアの顔をちらりと見やる。不安そうな表情ではあるが、うんと力強く頷いた。
「分かりました受けます」
「ではこちらの契約書を」
いつも通りのやり取りを済ますと、俺たちはギルドを後にした。一度レイアと話し合う為に、その足で宿屋へと戻る。
「へえ、ニリド村でそんな事がねえ」
宿屋で食事を取りながら話し合っていると、聞いていたガイさんが声をかけてきた。
「ガイさん何か知ってるんですか?」
「知ってるも何もシンシアはニリド村出身だよ」
二人でええっと大声を上げると、台所で作業していたシンシアさんがひょこっと顔を覗かせた。
「どうしたのあんた達?」
「今ガイさんからシンシアさんがニリド村出身だって聞いて」
「ああそうだよ。まあ最近は全然帰ってないけどねえ」
「そうなんですか?」
レイアがそう聞くとシンシアさんは頷いた。
「じいさんばあさんに、私の両親もとっくに亡くなったからね。家もすっかり片付けちまったし、帰る場所がもう無いからそう帰りゃしないのさ」
「あっ、そ、それは…」
「やあねレイアちゃん!もうそんな感傷に浸るような年じゃあないよ。優しい娘だね本当に」
そう豪快に笑い飛ばすシンシアさんを見て、レイアはほっと胸をなでおろしていた。剛気な人だと感心して、俺はシンシアさんに聞いた。
「シンシアさん、実は今ニリド村で染料植物の畑が荒らされる被害が出ているそうなんです。何か思い当たる事ってあります?」
「それってアカシログサの事かい?」
「アカシログサ?」
「うん。村の主な収入源でね、村人の殆どがアカシログサを育てて働いているよ。配合によって実に色鮮やかな染め物が作れるから需要が高いんだ」
二人でへえと話を聞いていると、シンシアさんはちょっと待っていてと言って奥へと引っ込んでいった。暫く待っていると、実に綺麗に染められた朱色の手ぬぐいを持ってきて手渡してくれた。
「これは…」
「すごく綺麗」
「はははっ、ありがとうね二人共。古巣といっても我が村の名産品だ、褒められると嬉しいよ。しかし妙な話だねえ…」
「妙?」
俺が聞き返すとシンシアさんは頷いた。
「アカシログサには毒があるんだよ、そんなに強い毒じゃあないけれど、食する動物に虫、魔物も聞いたことも見たこともない。私は畑を荒らされたなんて経験したことがないよ」
ということは食害という訳ではなさそうだ、実際に行って見なければ分からないけれど、村出身のシンシアさんから話が聞けたのは大きい。
「じゃあ思ったより異常事態って事ですか?」
「うーん、そうは言っても私も村から離れて長いからね。もしかしたらそういう被害が出始めたって可能性もあるから、あまり参考にはならないかもしれないけど、そうある事ではないとは言えるね」
俺たち二人は話を聞かせてくれたシンシアさんにお礼を言った。食事を取り終えて準備を済ませると、ゴーゴ号に乗ってニリド村へと向かった。
ゴーゴ号に乗って行けば、シェカド領内の外れにあるニリド村にもあっという間に着く。依頼書によると、着いたらまず村長さんのレフさんに会うように書かれていた。
「レイア、俺は村長のレフさんに会ってくる。お前はどうする?」
「じゃあここで待ってる」
それを了承すると、俺は近くにいる村人に声をかけた。挨拶と自己紹介を済ませると村長さんのいる家を教えてもらいそこに向かう事にした。
村の入り口付近、ゴーゴ号を停めた近くでレイアは一人待っていた。自分の性分は自分が一番よく知っている、初対面の人間とは緊張してスムーズに話す事は出来ないからアーデンのお陰で助けられていた。
長閑でいい雰囲気の村だなとレイアがボーっと眺めていると、コンコンと何かを叩く音や、すげーだとか格好いいだとか言う声が聞こえてきた。
ゴーゴ号の方から聞こえてくるなとレイアは視線をそこに移すと、村の子供達であろう4人組が、ゴーゴ号を取り囲み目を輝かせてベタベタと触っていた。
「ちょっ!こらっ!あんた達そんなベタベタ触るな!」
慌ててゴーゴ号へと駆け寄ったレイアに、子供の内一人が屈託のない笑顔を向けて話しかけた。
「ねえお姉ちゃん!これ何?すっげー格好いいじゃん!」
「これってゴーゴ号の事?」
「すっげー!名前も格好いい!!」
名前でまたひと盛り上がりする子どもたちを見て、アーデンのセンスは子供と一緒かとレイアは頭を抱えた。
「ゴーゴ号って何が出来るの?」
「うん?まあ、簡単に言えば乗り物ね」
「俺乗りたい!」
「私も!」
全員が乗りたいと手を挙げるのを見てレイアは言った。
「危ないから駄目。落ちて怪我したら大変でしょ?」
子供達は全員でえーっと抗議の声を上げた。キンと響くその声にレイアは咄嗟に耳を塞ぎ、その後訴えかけてくる潤んだ瞳に根負けしてため息をついた。
「止まってる状態でなら乗ってもいいわ。でも絶対に上で暴れたりしない事!いい?」
はーいと大きく返事をする子供達に、レイアはよろしいと一言返してから一人ずつ抱き上げてゴーゴ号に乗せてあげた。動きもしなければただの置物と一緒なのにとレイアは思ったが、子供達はそれだけで楽しそうに笑っていた。
「ねえねえ、これってどこで売ってるの?」
「売ってる物じゃないわよ。私が作ったの」
「すげー!!お姉ちゃんが作ったのかよ!!」
子供達からの称賛の声に、レイアは気を良くしてふふんと自慢気に胸を張った。レイアが作ったと聞いた子供の一人が言う。
「じゃあさ、俺の玩具直せる?」
「ん?玩具?」
「そうこれ、なんか変なんだ」
子供が取り出した木で出来た人形の玩具をレイアは受け取った。
「ああ、これ軸が折れちゃったのね。これなら差し替えれば直るわ」
アーデンが戻ってくるまでは暇な時間だ、レイアはバッグから工具を取り出すと、手早く玩具を直して子供に返した。
「ほら、あんまり乱暴に扱っちゃ駄目よ?」
「やったー!ありがとうお姉ちゃん!」
「ねえねえ、私の玩具も直して!」
「僕も家から持ってくる!」
「分かった分かった。順番に直してあげるから持ってきなさい」
蜘蛛の子を散らすように子供達はそれぞれの家へと駆けていった。そしてより多くの子供を引き連れて戻ってきた。
「お姉ちゃんの話をしたら皆来たいって言うから連れてきた!」
こうしてアーデンを待つまでの間、レイアは村の子供達に囲まれて色々と世話を焼いた。壊れた玩具を直したり、新しく作ってあげたりすると子供は大喜びでレイアの周りで遊び始めた。
それを眺めていたレイアの緊張はすっかりとほぐれていて、子供達に誘われていつしか一緒になって遊び始めていた。自分の発明品が笑顔を作るのを見て、レイアは自分の事を少し誇らしく思えたのだった。
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