第21話 手がかり

 再び訪れたイ・コヒ遺跡入り口。実に静かなもので魔物や動物の気配は少ない。人の気配は皆無だった。


「そう言えば、俺たち遺跡に本格的に入るのは初めてだな」

「確かにそうかも。ウラヘの滝は遺跡って感じじゃなかったし」


 ランタンを用意しながらレイアと話す。遺跡は危険だからと一切近づかせてもらえなかった。それだけは母さんが目を光らせていたのでかいくぐる事も出来なかった。


「そんじゃま行きますか!」

「運良くアーティファクトが見つかりますように」


 初の遺跡探索、イ・コヒ遺跡の冒険が始まった。




 入ってすぐに下に下りる階段がある。入り口から差し込む光だけが頼りで薄暗い、ランタンの灯りが頼もしい。


 地下に続く階段はそう長くなかった。下り切ると長く真っ直ぐな廊下が続いている、遺跡へ入ったらもっと暗いのかと思ったけれど、その予想は外れた。


 淡く頼りない光ではあるが、遺跡内部の壁には光を放つ魔石が配置されていた。弱々しく十分な光量ではないものの、ランタンの灯りと合わされば十分辺りを見渡せた。


「案外暗くないんだな」


 そうレイアに話しかけたのに反応がない、後ろを振り向くとレイアは壁に設置されている魔石を観察していた。


「どうした?」

「この魔石、永久石だ。出力は弱いけれど、全部同じ物よ」


 永久石は魔石の種類の一つだ、大体の魔石は一度効果を使うと保有していたマナの威力に耐えきれなくて砕けてしまうが、永久石は違う。


 マナさえ補充ができれば何度も込められた効果を使う事の出来る魔石だった。しかし繰り返し使えるけれどその威力や影響力は小さくて抑えられており、高価な事もあってあまり見かけない魔石の一つだ。


「永久石なんて高価な物、どうして手つかずなんだ?」

「がっちり固定されているし、単純に取り出し難いって理由も考えられるけれど。もっと単純な理由かもね」

「それは?」

「手を出してはいけない致命的な何かが隠されている可能性よ。遺跡に潜る人達はそれを知っているのかもしれないわ」


 なるほどなと俺は頷いた。簡単に手が出せそうなのに放置されているということは、それに足るだけの理由があるという裏返しにもなる。君子危うきに近寄らず、それが徹底されているのだろう。


「だけど疑問は残るわね、永久石は壊れないってだけでマナの補充が必要な筈。これだけの量を定期的に補充出来る訳もないし、何か仕掛けが…」


 俺はシッとレイアの言葉を制して腰からファンタジアロッドを抜いた。それを見てレイアも二丁拳銃を抜いて構える。


「魔物?」

「多分そう」

「数は?」

「3匹かな」


 ジリッと履いているブーツが地面を擦る音が響く、薄闇の奥からぷるぷるとした液体状の体を持つスライムが現れた。




 スライムは一斉にぐいっと体を縮めた。アーデンはファンタジアロッドの刀身を伸ばして防御の姿勢を取った。


 縮めた体が戻る反発を利用してスライムは体当たりを仕掛けてきた。レイアの前に位置しているアーデンは、後ろへと抜かせない為に3匹分の体当たりを受け止める。


 軟体な見た目とは裏腹にずしりと重たい衝撃が腕に伝わってきた。アーデンは奥歯をギリッと噛みしめると、ロッドを振り抜いて3匹のスライムを奥へと押し飛ばした。


 地面に打ち付けられてスライムの体はびちゃりと飛散する。しかしそれはスライムにとってまったく致命傷にならない、すぐさま元の体に戻ってしまった。


 だがアーデン達もそれは承知の上だった。距離が空くと、レイアはすかさず氷の魔力を練り込んで生成した弾丸をブルーホークによって3発撃ち込んだ。スライムに着弾すると同時に発動した氷結の魔法は、液体状の体を持つスライムにとって極めて効果的だった。


 パキパキと音を立ててスライムの全身が氷ついていく、凍結から逃れようとするスライム達であったが、それは叶う事はなかった。


 動きが止まり体を縮める事も出来ない、攻撃の手段を失ったスライムにアーデンが突進して肉薄した。レイアがアーデンに向かってレッドイーグルで生成した氷の弾丸を放つ、アーデンはそれをロッドで受け止めると、刀身は弾丸を吸収して白く輝きを放ち、輝くロッドの三連撃をスライムに叩き込んだ。


 氷の魔法をまとったロッドの攻撃によってスライムの体は氷つき粉々に砕け散った。もう元の体に戻る事は出来ない。アーデンとレイアはそれぞれの武器を仕舞った。




「スライムか、地上じゃ滅多に見ない魔物だな」

「遺跡じゃ一番有名な魔物らしいけどね、お母さんから聞いた事あるわ」


 地上と地下では出てくる魔物の種類も違う訳か、確かにあまり感じた事のない気配がちらちらとある。


「しかしファンタジアロッドで不思議なアーティファクトね、応用の幅が広いというか、発想次第で強くも弱くもあるって感じ」


 レイアにそう言われて、改めてファンタジアロッドを見つめる。これは父さんが俺にくれた宝物、伝説の地から戻ってきた時にお土産だと言って俺にくれたアーティファクトだ。


「父さんはこれを伝説の地から持ち帰ったって言ってたけど、どうなんだろうな?」

「どうもこうも事実なんじゃない?子供のお土産にアーティファクトを持ち帰ってくるなんて呆れるけどね…」


 その言葉には苦笑いで返した。父さんの考えは分からないけれど、結果として今助けられているのだからそれでいいと思う。


「本当は自分で魔力を流す事も出来るんだけど、俺はその辺苦手なんだよな。レイアみたいに上手く出来ない」

「私も魔法そのものは使えないんだし同じようなものじゃない?私の武器はあくまでも私が作った発明品よ」


 出来ない事を考えるよりも、発想のままに出来る事を考える方がよほどいい。少なくともそれが俺たちの武器であり、ファンタジアロッドはそれを体現する為の道具だ。


「さ、おしゃべりはこれくらいにして冒険再開といきますか」

「そうね。依頼達成の為に進みましょう」


 俺とレイアは再び遺跡の中を進み始めた。




 ギルド長からの依頼はフューリーベアの餌食となった冒険者のタグの回収だった。何度か冒険者を送り込んで遺品の回収を行ったが、どうしても最後の一つだけ見つからないらしい。


 ラギリという3級冒険者のタグで、当日教授とロゼッタの護衛についていた冒険者の一人だ。他の冒険者は悲惨な状態ではあったものの、原型がないという程ではなかったらしい。


 しかしそのラギリの遺体だけは、ぐちゃぐちゃにされていて誰だか分からない程だったそうだ。消去法でラギリと分かったくらいで、想像するだけでも恐ろしい。


 遺品も殆ど残されておらず、タグだけが唯一の遺品だという。冒険者ギルドはタグに特殊な魔法を施してあり、もしもの時には位置を把握出来るようになっている。反応はここにずっとあるらしい、だからイ・コヒ遺跡にタグが残されているのは間違いない。


 何とかそれ一つだけでも見つけてあげられたらと思う。慰めにもならないかもしれないが、ラギリの手向けにはなるだろう。


 道中魔物の対処をしながら奥に進んでいく、そうしてようやく彼らが逃げ込んだと思われる場所に辿り着いた。


 閑散としたものだが、所々に戦闘の痕跡が残っていた。どちらの攻撃によって出来たのか分からないが瓦礫が散乱している。壁に残されたフューリーベアの爪痕が生々しい。


「さて、どう探したものか」


 俺がそう呟くと、レイアがふっふっふと不敵な笑い声を上げた。


「どうした?変な物でも食べたか?」

「違うわよ!私が無策で探しものに来るとでも思った?ちゃんと用意しておいたのよ」


 そういうとレイアはバッグから何かを取り出した。台座のようなものの両脇から4本の足が対になって生えている。なんだか蜘蛛のようだ。


「アーデン、タグ貸して」

「ほい」


 レイアにタグを手渡すと、それを蜘蛛型の台座の上に置いた。すると台座が立ち上がり、器用にカチカチと足を動かしながら歩き始めた。


「わっわっ、何だこれ?」

「私の発明品よ。台座の上に置いた物と同じ物を歩いて探し回るの。あまり捜索範囲は広くないから閉所向けだけど、今回の捜索にはぴったりでしょ?」


 素直に感心してパチパチと拍手を送った。自慢げな彼女はもっと讃えろと言わんばかりに胸を張った。


 暫く歩き回るそれを見つめていると、やがて一所で止まってピープーと甲高い音を鳴らした。


「見つけたみたいよ」


 立ち止まった所の瓦礫の山をファンタジアロッドを使って退かした。何度か繰り返すとキラリと光る物が見つかった。拾い上げると冒険者の登録タグだった。


「お手柄だな」

「当然でしょ」


 俺はレイアとハイタッチを交わした。そしてしゃがみ込む。


「クモクモもありがとうな」

「クモクモ?」

「なんか蜘蛛に似てるからこいつ」


 レイアは大きなため息をつくが俺はそれを無視してクモクモに置いたタグを取った。その時、ラギリのタグがあった場所の近くにまだ何かあるのを見つけた。


 瓦礫を手で退かしてそれを手に取る、破れてしまっているが紙のようだった。何か書き込まれているのを見て、俺はそれに灯りを近づけた。


「…レイア、早く戻るぞ」

「何よ。どうかした?」

「いいから早く!」


 とんでもない物を見つけてしまった。俺はその報告に戻る為に遺跡を急いで抜け出した。ゴーゴ号に乗ってシェカドへと引き返す。一刻も早くトロイさんにこれを届けねばならなかった。

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