第20話 ウラヘの滝の石板

 リュデルが立ち去った後思わず大きなため息がもれた。レイアは憤慨を隠せず、体を震わせて怒りを露わにしている。


「何なのよあいつ偉そうにっ!!」


 その叫びには同意するが、俺はレイアの肩に手を置いてなだめた。


「気持ちは分かるけど落ち着け」

「アーデンはムカつかないの!?」

「腹立つけどさ、周りよく見てみろって」


 俺にそう促されてレイアは改めて状況を確認した。苦笑いをしているロゼッタと、俺たちのやり取りを楽しそうに見ているトロイさんがいる。それを見て頭から煙を吹き出さんばかりに赤面したレイアは、部屋の隅で小さくうずくまった。


「ああっレイアさん」

「大丈夫だよロゼッタ。改めて恥ずかしくなっただけだから。ちょっと放っておいてやって」

「そ、そうなんですか?」


 狼狽えるロゼッタに自信満々に頷いた。長い付き合いだからレイアの事はよく分かる。


「そんな事より、本当に石板を手放してよかったのか?」

「…仕方がないと思います。リュデルさんの言っている事、私も正しいとは思いましたから」


 気落ちした様子ではあるものの、ロゼッタは納得のいっていないようではなかった。承知した上で引き渡しに応じたのだろう。


「私はピエール教授の事を思うとあまり賛成ではなかったがね。しかし要請に応えてくれたからには報酬は必要だ、まさかリュデル君なんて大物が来るとは思いもよらなかったが」

「ギルド長は反対派だったんですね」

「だから君たちを無理やり呼んだのさ、事件の当事者だとしても君らの許可を取らなければならないなんてこじつけもいいところさ。恐らくリュデル君にはバレていただろうけどね」


 やけに無理やりな方法だとは思ったが、トロイさんにそんな思惑があったなんて思いもしなかった。巻き込まれた形にはなるが、それなら仕方がないか。


「しかしあのリュデルって奴は、その、どう表現したらいいのか分かりませんが凄まじいですね」


 言葉を選ぶ必要はないとは思うのだが、トロイさんの前であまり汚い言葉を使うのも憚られる。文句はごくりと飲み込んだ。


「実際彼は凄まじいよ、他に類を見ない実力者だ。幼少の折から特例で冒険者として認められてそれからずっと活動を続けている。噂ではあるが、あのエイジション帝国の皇帝の息がかかっているという話だ」

「それはまた壮大な話ですね」


 エイジション帝国は主要四大国の内の一国、そしてその中でも一番の大国である。行ったことはないけれど、それはもう広大な領土に発展した都市が多く立ち並んでいると聞いた。


 でも父さんの手記にはあまりエイジション帝国の話は書いていない。ご飯が美味しいとは書いてあったけれど、街の様子など雰囲気が分かるような事は何もなかった。


「何でまた皇帝の寵児が出てきたんですか?」

「流石にそこまでは、私はここのギルドの責任者であっても権力者って訳じゃあないからね。彼を協力者としてねじ込まれたのも私には事後承諾さ」


 トロイさんはやれやれというように首を振ってため息をついた。色々と心労も多いんだろうなあとそれを見て苦笑いをする。かける言葉が見つからないので俺はロゼッタに向き直った。


「ごめんなロゼッタ。役に立てなくて」

「そんな、アーデンさんが謝るような事では…」


 ロゼッタがそう言いかけた時、部屋の隅でうずくまっていたレイアがバッと立ち上がった。


「そうよアーデン、あの石板は奴にくれてやりなさい」

「お前っ!いくらムカついたからって…」

「馬鹿ね。私がなんて言ったか思い出しなさい、後ここに来た本当の理由もね」


 一体なんの事だと暫く空を見てぽかんと思索して、ようやく思いついてあっと声を上げて手を叩いた。


「成る程。レイアお前やっぱ頭いいな」

「当然でしょ」

「あの、お二人は一体何を言っているのでしょうか…」


 俺はレイアからディメンションバッグを受け取ると、手を突っ込んで中からある物を取り出した。


「レイアは言ったよな、ロゼッタの持つ石板は持って行っていいって。ならさ、ここにある石板は対象外だよな」


 ウラヘの滝で見つけてきた石板、これの存在はまだリュデルも知らない。そしてあいつはこれを要求してはいない、レイアが念を押すようにロゼッタの石板と言っていた理由が分かった。




 ロゼッタは俺が手渡した石板を手にすると目を輝かせた。


「こ、これってもしかして、ウラヘの滝で見つけたんですか!?」

「そうそう、冒険の成果さ」


 俺とレイアが得意げにふふんと鼻を鳴らす。それを見てトロイさんがパチパチと手を叩いた。


「こりゃお見事だね、レイア君はリュデル君を出し抜いた訳だ」

「研究成果を掠め取ろうって魂胆が気に入らなかったので、土壇場でしたけれど上手くいってよかったです」


 トロイさんに褒められて照れ笑いしたレイアは、ロゼッタに言った。


「今までの資料と、この新しい石板があればまた何か新しい事が分かるかもしれないわ。でもあいつ相手にはちょっとした時間稼ぎにしかならないと思う、だからロゼッタ、解読頑張ってね」

「でもいいんですか?これはお二人が見つけた物なのに…」

「いいに決まってる。そもそも俺たちが持っていても宝の持ち腐れだしな」


 石板を受け取ったロゼッタは、それから何度も頭を下げてお礼を言った。気にしなくていいと言ったけれど、俺たちはその様子を見て満足した。手にするべき人の所に渡るべきだと思うし、これを研究する資格がロゼッタにはあると思う。


「でもロゼッタこれを渡す事には何の問題もないんだけど、実は別の問題がある」

「え?」

「まだ警護と監視が続くって事だ。これがイ・コヒ遺跡にあった石板と関係があるのなら、根本的な問題は何も解決していないからな」


 リュデルの心配はしなくていいと思うが、ロゼッタの危険は去っていない。それを思うと本当にそれでいいのかと思う気持ちもあった。


 でもロゼッタはそんな事気にしていないというように笑って言った。


「大丈夫です。寧ろ私今ワクワクしています。この石板に一体どんな謎が隠されているのか、早く調べたくて仕方がありません!」

「…そっか、そうだよな!」


 ロゼッタは冒険者ではない。だけどその情熱は俺たちと同じものを持っている。きっと心配いらないと安心出来た。


「いいね、若人の熱意は枯れた心を満たしてくれるよ。ではアーデン君、私から君に依頼をしていいかな?」

「ギルド長がですか?」

「うん。イ・コヒ遺跡に関する調査依頼が丁度来ていたんだ、それを君たちに任せたい。ついでに事件の手がかりも探ってくれると嬉しいな」


 ギルド長からの直々の依頼なんてそうそうない、レイアの顔色をちらっと伺うと、何言っても受けるんでしょと肩を竦めた。


「受けます。新しい冒険だ」

「助かるよ。承知しているかもしれないが、イ・コヒ遺跡は本来そこまで危険な魔物が出る場所じゃあない。遺跡漁りもいないしね。だけどあの事件以来危険度は高まっているから気をつけるんだよ」

「はいっ!」


 元気よく返事をするとトロイさんはにっこりと笑った。色々と予想外の出来事が続いたが、ようやくこれで一段落となった。


 帰りはロゼッタを送り届けた。別れる時彼女はまた深々と頭を下げて俺とレイアに丁寧にお礼を述べた。


「何か分かったらまた教えてくれよな」

「あのリュデルとかいうやつより先に石板の謎を解くのよ」

「はい。色々とありがとうございましたアーデンさん、レイアさん。お二人の冒険の成功を願っています」


 お互いに手を振って別れる、宿屋へと戻る道を歩きながら、俺とレイアは次の冒険に向けて準備するべき事等を話し合っていた。

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