第19話 リュデル・ロールドとの出会い
ロゼッタが解析した石板の文章、父さんの残した手記の記述、そこから導き出されたウラヘの滝へ冒険に向かうと次なる石板が手に入った。
後者の方は偶然の産物で、レイアがあまりに雑に扱われていたアーティファクトに対して強烈に悶々としてしまったが、父さんを計る事など誰にも出来ないと思う。母さんなら違うのかもしれないけれど。
兎にも角にも俺達は手に入れた石板を持ってロゼッタの元へ訪れた。しかし護衛についている人が手前で止めた。
「すみません、現在ロゼッタ様は冒険者ギルドにいます。トロイ様からの要請でして」
「ギルド長が?」
「ええ、トロイ様が直々にこちらへいらしたので私共も何事かと思っている次第でして。申し訳ありませんが冒険者ギルドの方へとお願いします」
「いえ教えてくれてありがとうございます。お疲れ様です」
俺は影に隠れて見ていたレイアを引っ張り出すと、そのまま冒険者ギルドへと向かった。中に入る前から少々騒がしかったが、入るともっと騒々しく物々しい雰囲気に包まれていた。
「一体何だ?」
「さあ?何かあったのかしら」
どうにも混雑が酷くて受付まで辿り着けそうにない。俺は適当に近くにいる人に声をかけた。レイアはサッと俺の背に隠れる。
「すみません。何の騒ぎですかこれ?」
「俺も今依頼達成して戻ってきたばかりで詳しく分からねえんだが、なんだか有名人が来てるらしいぜ」
「有名人?」
「名前くらいは知ってるだろ?リュデルだよ、リュデル・ロールド。今一番乗りに乗ってる冒険者様さ」
知らない名前だ、レイアの顔を伺うが彼女も知らないのかブンブンと首を横に振った。
「何だよ知らないのか?あのブラックの再来とも噂されてるんだぜ?」
「へえ、そりゃすごいや」
「しかしこんなに混雑しちゃ報告も無理そうだな。お前らも出直した方がいいんじゃないか?じゃあな」
話してくれた冒険者にお礼と別れを告げると、彼は人混みをかき分けてギルドから出て行った。俺はレイアに向き直ると言った。
「父さんの再来だってさ」
「どんな人かしら?」
「想像もつかないなあ」
そんな人がいるなんて知らなかった。俺達は冒険者に成り立ての駆け出しだ、それに同業者に興味がある訳でもない。だからどんな人がいるのかなんて気にした事がなかった。
俺達もこの人混みでは身動きも取れないし、何よりレイアの顔が青くなり始めているので出直そうと思った。そんな時にハンナさんの声が何処かから聞こえてきた。
「アーデンさん!レイアさん!こっちです!」
キョロキョロと辺りを見渡していると、ハンナさんの方からこちらへ来てくれた。人混みの中スイスイと歩いてくるのはこういう状況に慣れているからだろうか。
「見つかってよかったです。トロイ様から指示がありまして、お二人を見かけたら連れてくるように言われていたんです」
何のことだろうと俺とレイアは顔を見合わせた。もしかしてあまり調査が進んでいない事を咎められるのだろうかとちょっとだけ尻込みしてしまう。
そうだったら嫌だなと俺は思っていたが、限界に近そうなレイアを見るにここにいるよりも付いていった方がいいなと思いハンナさんの後に続いた。
「やあ来たねアーデン君、それと君がレイア君かな?」
トロイさんが気さくに挨拶をして手を上げてくる。隣に座っているロゼッタが緊張した面持ちでぺこりと頭を下げた。奥には見知らぬ人が貼り付けたような笑顔のまま座っている。
連れてきてくれたハンナさんは「失礼致します」と一声だけ言って退出してしまった。トロイさんに座るよう勧められた俺とレイアは、大人しく隣り合って座った。
「リュデル君、彼らが話にあった冒険者だよ。アーデン君、レイア君、彼はリュデル・ロールド君だ。17歳ながら冒険者としての等級は準一級という、ギルドでも屈指の実力者だよ」
「そんなトロイ様、流石に大げさですよ。僕はただ、僕に出来る事だけをしてきたにすぎません」
紹介された人が噂のリュデルという事にも驚いたが、俺やレイアと同い年である事にも驚いた。それでいてもう準一級の冒険者、一体いつから活動していてどれだけの実績を積み上げてきたのか。
「初めましてアーデン・シルバーさん。そしてレイア・ハートさん。紹介の通り僕はリュデル・ロールド、君たちの事はトロイ様からもう聞いているよ」
初対面の人にこういう感想を抱くのは失礼だとは思うのだが、どうにも胡散臭い笑顔だなと俺は思った。
「初めまして、俺はアーデン・シルバー」
「私はレイア・ハートです」
それぞれに自己紹介をするとリュデルは更にニコニコと楽しそうにした。それがまた少し不快だ、なんだかこちらを小馬鹿にしているように思える。
「いやあこんな所でお会い出来るとは思っていませんでした。あなたの父君は僕の憧れなんですよアーデンさん。伝説の冒険者ブラック・シルバーの名を知らない人はいませんよ」
「はあ…」
「僕の事をブラックさんの再来だなんて言う人もいますけれどとんでもない。僕なんて彼の足元にも及ばない、まだまだ冒険者の端くれの一人です」
ひたすらに丁寧ではある、しかし何故か癪に障る男だ。俺はあまり初対面から悪印象を抱く人は少ないのだが、リュデルだけは何か違った。
「すみません。そろそろ本題に入ってもらってもいいですか?何故この場に呼ばれたのかもよく分かっていないので」
「おやこれは失礼した。ではトロイ様、お願いします」
話を振られて一つ咳払いをしたトロイさんが言った。
「実はだね、彼が石板に関する調査の手伝いがしたいと願い出てくれたのだよ」
「リュデルさんが?何故?あまり脈絡がないと思えるのですが」
「ふふっ、そう思うのも無理はないかもしれません。しかし、僕には介入する理由があるのですよ」
割り込んできたリュデルは、こちらの返答を待たず自分の事を話し始めた。
「ロゼッタさんの持つ石板には、非常に貴重で重要な記述がなされていました。それは伝説の地に眠る秘宝についての記述。僕はその秘宝を追って冒険者になったのですよ」
「伝説の地…」
「ええ、あなたの父君が存在を証明した場所です。僕はその手がかりがほしい、そして解読に精通しているロゼッタさんを守りたい、どうです?僕が関わりたい理由が分かったでしょう」
理由は分かった。動機もある。だけど分からない事はあった。俺はリュデルにその事を告げた。
「どうして石板に書かれた内容をすでにご存知なのですか?すでに見たことのあるような言い方じゃあないですか?」
リュデルの眉が少しだけ動いた。それが意味する所は分からない、しかしロゼッタでも石板の解読には時間がかかっていた。内容を知っているのはおかしい。
「疑う気持ちは分かります。しかし君の考えは的外れだ、石板の内容についてはロゼッタ様からすでに伺っているのですよ」
俺はロゼッタに視線をやった。こくこくと小さく頷くのを見て、確かな事だと分かる。
「それに僕がシェカドを訪れた理由も、トロイ様が各ギルド支部へ通達した協力要請を受けての事です。ロゼッタさんを守りたいと思ったのが先、僕の下心は後です。理解出来ましたか?」
「そうだね、彼は私の協力要請に応じてくれた。それは間違いないよ」
どちらの話も一応筋は通っているように思える。今の所はではあるものの、ここで食って掛かる意味はないかと思い俺は引き下がった。
「では尚更僕たちが呼ばれた理由が分からないのですが」
「リュデル君の要求はね、石板を彼に引き渡すというものなのだよ」
「はあ!?」
俺は驚きの声を上げた。それを受けて尚、リュデルの貼り付けたような笑みは取れなかった。
ロゼッタが肩身を狭そうにしている理由がようやく分かった。そんな条件飲める訳がない。
しかしリュデルはこちらの考えを見透かしたように言った。
「おかしな話ですか?そもそも端を発したのはその石板にあります。それを彼女の手元に置いておく方が危険かと思いますが」
「しかしこの石板は教授が命がけでロゼッタに残した物ですよ」
「ええ、その結果ピエール教授は死んだ。そしてロゼッタさんも脅威に晒されたままだ。教授がロゼッタさんの危険を望むとお思いですか?」
言ってる事は分かる、その通りだとも思う。だけど俺はこの野郎と頭にきた。しかし俺が立ち上がって怒鳴りつける前に、借りてきた猫のように大人しくしていたレイアが立ち上がって言った。
「まったくその通りかと思われますわリュデルさん。ではロゼッタの持つ石板はあなたが保護するという事でいいですか?」
「レイ…」
レイアは俺の口を手のひらで抑えた。黙れという事らしい。
「その方がよろしいかと思いますがね」
「私もそう思います。しかし確認しておきたいのですが、欲しいのは石板だけですね?」
「どういう意味ですか?」
「私の両親はアーティファクトの研究家です。そしてその研究に命をかけている事をよく知っている、血の滲むような努力で得た知見はすべて研究家のものです。横取り出来るものじゃあない。ロゼッタが今まで取った情報は引き渡さなくていいですね?」
その主張は真に迫っていた。レイアの背にプライドの炎が揺らめいているように錯覚する程であった。
「…それを保持する事も危険かもしれませんよ?」
「だとしてもです。研究する者として命と同等に価値のあるものを奪うなんて絶対に許せない」
レイアの凄みにリュデルが押されていた。それだけの圧と熱が込もっている、多分その場にいた全員がそう思っていた。
「ま、まあ確かにレイアさんの言う事も分かります。ただ僕としても、ロゼッタさんの身の安全を第一に考えているという事はご理解願いたい」
「分かっています。だからどうぞ石板はお持ちくださいな」
「リュデル君、当事者の彼らからも許可が出た。だからロゼッタ君の持つ石板は君に預けよう。元々そのために彼らを呼んだのだからね」
ようやくトロイさんがここに俺たちを呼んだ理由が分かった。石板の引き渡しに俺たちの同意も取り付ける為だったのだ。何故そうしなければならないのかまでは分からないが必要があったのだろう。
ロゼッタは持ってきていた石板をリュデルに渡した。それを受け取ったリュデルは満足そうな笑みを浮かべ石板を小脇に抱えるとその場を立ち去るのだった。
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