第18話 手記の秘密

 洞窟のゴーレムを討ち倒した俺達は、早速洞窟内部を調べて回った。どうやらここにいた魔物はあの一体だけで、他にはいないみたいだった。


 大きくて伽藍とした空間が広がっている、あまりにも物がなく寒々しささえ覚える。ゴーレムだった破片を拾い上げると、核からのマナ供給を失って脆くなっていたのか砂となって手からこぼれ落ちた。


「なあレイア、こいつが封の正体だったと思うか?」

「まさか。確かに強敵ではあったけれど、その表現はあまりにも仰々しいでしょ」


 やっぱりそうだよなと俺も思った。古代の石板に記されていたものとしては少々拍子抜けしてしまう。一歩間違えれば死ぬ、そういう相手ではあったが封印される程ではないと思う。


 もっと強力で強靭なゴーレムの話を父さんから聞いた事があった。そいつは体が鋼鉄で出来ていて、鈍重な見た目とは裏腹に俊敏に動き回り、ビーム砲やロケット砲を備えているらしい。


 どうやって倒すのか見当もつかないそんな化け物がいたのなら封印も納得出来るが、さっきのゴーレムはそういう訳でもない。まるで寝ぼけていたかのように動きも鈍かった。


「あれだけの大仕掛けをしておいて何もないって事はないと思うけど…」

「そう思うんだったらアーデンも探してよね。兎に角広いんだからここ」


 確かにその通りだと俺はレイアと二手に分かれて洞窟の探索に当たった。




 レイアは何やら洞窟の壁を必死に調べて回っているので、俺はゴーレムが起き上がった場所付近を調べる事にした。ゴーレムが収まっていたであろう地面の窪みはあったが、他にめぼしいものはないように見える。


 期待外れだったのかと思い始めてきた。でもすぐに父さんはここに来て何かを見た筈だと気持ちを切り替えた。何か書かれていないかと手記を取り出した。


「あれ?」


 いつの間にか見たことのないページが手記に増えていた。何度も見直して確認したが、やっぱり見たことのないページだ。内容も始めて見るものだった。


 何が起こっているのか分からないまま混乱していると、今度はウラヘの滝について書かれていたページの欠けた文字が浮かび上がってきていた。俺は思わず手記を手から落とした。


 欠けた文章に、滲んだ文字、切り取られたページと散々な具合だった手記が、何故か勝手に再生していっている。異様な不気味さを感じて躊躇してしまうが、俺は意を決してもう一度手記を拾ってページを開いた。


 文字で埋まったページにはこんな事が書かれていた。




 ウラヘの滝は絶景だ、一度エイラちゃんとアーデンにも見せてやりたい。もっともエイラちゃんはこういう山道とかが好きじゃないから来たがらないかもしれないな。


 それはともかく、滝壺の池があまりにも澄んでいて綺麗だったので思わず服を脱ぎ捨て飛び込んだ。水は冷たかったが自然との一体感は心地いいものだ、滝に打たれて遊んでいたら勢いに負けて溺れかけて沈んだ。流石に死ぬかと思ったな。


 だけどいいこともあった。池の底でビカビカ光る何かを発見した。俺はそれに近づいていってゴンゴンと叩いてみた。叩く度に光が反応して強くなるのが面白くって、何度も潜ってはそれを繰り返した。


 恐らくあれはアーティファクトの類いじゃないかと思った俺は、音に反応する事から音声認識によって動作するものじゃないかと思い至った。じゃあ開ける方法があるなと思い、何度も何度も潜っては浮かんでを繰り返して思いつく限り言葉を言って試してみた。


 その内のどれが引っかかったのかは分からない、繰り返しの作業で俺もいい加減疲れてきていたし飽きてきてもいた。恐らく「開け」と言ったと思う、そうしたら滝が割れて洞窟が現れた。


 洞窟内は徒広く真っ暗だった。すぐに中が見てみたくて我慢が出来なかった俺は服も着ずに水に濡れたビシャビシャの体のままそこへ入った。裸一貫松明一本、駆け出しの頃を思い出す。


 ゴーレムが気持ちよさそうに眠っていたのでそのままにしておいてやった。態々起こす事もないだろう、こっちに敵意はないしあっちにもない。それならそれでいいのだ。


 眠るゴーレムの近くの壁をじっくりと調べてみた。こいつがここを守っているのなら、この近くに何かがある。経験則だが馬鹿にならない。そしてスイッチのようなものを見つけたので俺はそれを押した。


 するとどうだ壁がみるみる内になくなっていき、奥に小部屋が現れた。俺は何か見つかるかもとワクワクして入ってみたが、でっかい石の板があるだけで他には何もなかった。がっかりにも程がある。


 お土産に持ってかえってやろうかと思ったが、こういう用途不明な物を持ってかえると場所を取るとエイラちゃんに怒られる。俺はがっくりと肩を落として洞窟を後にした。そこを出ると同時に滝は元に戻り洞窟もすっかり消えていた。


 この方がずっといい。もう一度記すがウラヘの滝は絶景だ。




 読み終えた俺は絶句したまま動けなかった。まさか信じられないという感情が頭の中で渦巻いたまま、記述にあった壁のスイッチを探した。


「本当にあるじゃん…」


 俺はそれを押し込んだ。ガコンと音を立てて壁にスイッチが吸い込まれると、岩の壁がなかったかのように消えて小部屋が姿を現した。父さんの手記の通りだった。


「レイア!!来てくれ!!レイアッ!!」


 俺はレイアを呼んだ。壁に開いた穴に気がついたのか、レイアは駆け足で俺に近づいてきた。


「ちょっと!アーデンこれどうしたの?」

「俺が説明するよりも、これを見た方が早いよ」


 そう言って俺はレイアに手記を手渡した。レイアも何度も目を通しているものだから最初こそ疑問を感じていたようだが、増えたページに文章を見て顔色がみるみる変わっていった。


「な、な、な、なによこれ…」

「全然分からないよ。知らない内にページが増えてて、さっき欠けていた文字が浮かび上がってきたんだ」

「ま、まさかこの手帳、アーティファクトなの?」


 はっきりとは分からないが、これだけ説明のつかない事が起きた事実を鑑みるにそうなのだろう。俺が頷くとレイアは地面にへたり込んだ。


「し、信じられない。こ、こんな貴重な物を、あ、あんたのお父さんは、破いて人に渡したり、食べ物の汁で汚してたっていうの?」

「そういう人だったから」


 ぐるりと白目を剥いたレイアが倒れそうになる、俺は慌てて体を支えた。


「おいしっかりしろ!」

「し、信じられない、こ、こんな事…」


 俺も同じ気持ちではあった。レイアは俺の胸ぐらを掴むと言った。


「私はもう一度この手記を見直すから、アーデンは中入ってきなさい。書いてある通りなら恐らく中にあるものは」

「石板だろ?」


 レイアは頷くと手を離した。俺は立ち上がると小部屋の中に足を踏み入れる、中の景色は洞窟とはまったく違っていて、壁は岩ではなく何か別の物だった。


 薄ぼんやりと明るいのは、宙に浮かんでいる謎の光の粒のお陰だろう。神秘的な景観の中を進むと、台座の上には予想通り石板が置かれていた。


 ロゼッタと教授がイ・コヒ遺跡で見つけた物とよく似ていた。封されていた物はこれだろうと手に取った時に分かった。


 石板を持って小部屋から出ると、自然と壁は元に戻って小部屋の扉は閉じられた。石板に記された場所にあった次の石板、一体これが何を意味するものなのか、俺達にはさっぱり分かる筈もない。


「これはロゼッタに渡さないとな」


 俺はそう呟いて石板を掲げ眺めた。文字とも思えない文字が長々と刻まれている、父さんはこれが何故お土産になると思ったのか不思議でしょうがない。


 父さんの手帳を観察しながらぶつぶつ言うレイアと、手に入れた石板を持って外に出た。洞窟の扉は閉じられてまた元の滝の姿に戻る。確かにここはこの景色の方がずっといい、俺は父さんと同じ事を思った。

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