第17話 洞窟内での戦い

 俺達は再度ウラヘの滝へと訪れていた。準備は万端、後は結果がどうなるかだ。気合も入るが、気持ちも前のめりになる。


「じゃあ確認するわよ?」

「うん」


 そう言うとレイアは、小さな球体を取り出した。非常にシンプルな形で銀色、小さなスイッチがついている。


「これは私が作った音声を記録して繰り返し再生するもの。名前は…」

「おしゃべりボール!」

「…まあ決めてなかったしそれでいいわ。今度からアーデンにつけられる前に名前を考えるべきね」


 レイアがぶつぶつと呟くので、俺は早く早くと催促した。


「このおしゃべりボールにアーデンとロゼッタの考えた言葉を記録する。そしてまた私が潜っていってアーティファクトの近くで再生する。言葉が合っているなら何かしらの反応がある筈よ」

「大丈夫。自信あるんだ」

「アーデンだけの意見だったら不安だけど、ロゼッタの意見も含まれてるからね。私も大丈夫だと思うわ」


 喧嘩になる前にレイアが服を脱ぎ始めた。これ以上手が出せない俺はフンと鼻を鳴らして後ろを向いた。


 今度はちゃんと潜る準備をしてきた。濡れても動きやすい格好だ。ただし池の水は冷たいし滝もあって長居は出来ない、そう何度も潜るのはリスクもある。


 最初に潜った時と同じ様に、レイアの腰にファンタジアロッドを巻き付けた。これで何かあってもすぐに引っ張り上げられる。


 レイアがこっちを見て頷いた。準備が出来たのだと分かり俺も頷き返す。おしゃべりボールを手にしたレイアは池の底へと潜っていった。




 一度経験しているからかレイアは自分が思っているよりも簡単に潜る事が出来た。何よりアーデンのファンタジアロッドがあるのも心強かった。


 すいすいと水中を進み、水底に埋まっているアーティファクトの近くまでくる。音声がちゃんと届くように出来る限り光に近づけると、レイアはスイッチを押した。


「我望まず。ただ道を示せ」


 おしゃべりボールから発せられた音声は、アーティファクトを動かした。水中にいるレイアには変化が分からなかったが、池の上で様子を見ていたアーデンは呆気にとられていた。


 突然大きな音がしたかと思うと、滝が割れて奥の岩壁が消えたようになくなった。ウラヘの滝に洞窟の入り口が姿を現した。滝の水は洞窟の縁をなぞるように二手に分かれて落ちている。


 くいくいとファンタジアロッドを引っ張られる感触を受けて、アーデンはレイアを引っ張り上げた。水から上がったレイアは成功したかとアーデンに聞き、アーデンはただ黙って出来た洞窟の入り口を指さした。




 俺もレイアも暫く言葉を失った。体が冷えたのかレイアのくしゃみで我に返る。慌てて毛布をかけて焚き火の近くへと連れていった。


「成功した…」


 レイアがそうポツリと呟いた。


「うん。成功だ」

「あれ、どう見ても隠された洞窟よね?」

「疑いようもなくな」


 俺とレイアは顔を見合わせる。ふつふつと実感が湧き上がってきてお互い破顔すると、両手でパチンとハイタッチを交わした。


「やったな!レイア!!」

「上出来ね!アーデン!!」


 互いの健闘を称え合うと、またしてもレイアが一つくしゃみをした。取り敢えずまずは体を温めないとなと、俺達はもう一度笑った。




 滝に出来た洞窟は閉じる様子がなかった。観察していたが、ぽっかりとその口を開けたままである。


 レイアが着替えて下がった体温を取り戻すと、俺達は装備を整えて準備を始めた。勿論中に入って探索する為だ。


 洞窟の中は暗く光がなかった。ランタンを取り出すと明かりを灯しそれを腰に下げる、ファンタジアロッドの光る刀身も光源になるので松明代わりに起動しておいた。


「暗いな…」

「ええ、本当に真っ暗」


 自分の足元程度しか見渡す事が出来ない。用心しながら俺達は洞窟の中へ足を踏み入れた。そして二人共が完全に洞窟内に入った所で異変が起こる。


 ゴゴゴと大きな音を立ててさっきまで開いていた洞窟の入り口が突然閉まってしまった。岩壁が消えた時と同じように、戻る間もなくパッと壁が現れた。完全に洞窟の中に閉じ込められた俺達は、咄嗟に背中合わせになった。


「入ったら閉じるなんて随分お行儀がいいのね」

「こっちから何もしなくていいなんて至れり尽くせりだな」


 軽口を飛ばし合ってから状況を確認する。光源は限られていて周りはほぼ見えない、声の響きから洞窟内はそれなりに広さがありそうだ。静かなもので、他の物音がまったく聞こえてこない。


「レイア、恐らく魔物はいない。息を潜めている可能性もあるけど、こっちの位置は光源のせいで丸見えなのに襲ってくる気配がない」

「同感。ただちょっと静か過ぎるのが妙よ、外は滝が流れている筈なのに」


 レイアに指摘されて俺もようやく気がついた。確かに外からの音まで聞こえてきていない、ここは滝の真裏なのだから水の落ちる音が聞こえてきてもいいはずだ。


 次の瞬間、洞窟内が突然パッと明るくなった。今までの暗闇から一転して明るくなったので、その落差で目の前が霞んだ。ようやく目が慣れてくると、洞窟の奥で何かが動き出す影が見えた。


「ああ、どうやら出迎えはあるみたいだな」

「歓迎はされてないでしょうけどね」


 俺はファンタジアロッドを、レイアは左手にブルーホーク右手にレッドイーグルを構えた。動き出した影が姿を見せる、遺跡でよく見る魔物ゴーレムだ。しかし見たこともない巨大な体躯をしていた。




 アーデンとレイアは即座に行動を開始した。いや開始せざるを得なかった。


 ゴーレムは立ち上がると同時に巨岩を投げつけた。その場にいれば直撃は免れなかったが、二人は何をしてくるのかまでは分からなくとも、その場にいては危険だと判断した。


 投げつけられた巨岩は衝撃と共に砕け散る、立ち上る土煙と飛び散る破片が威力を物語った。


 ゴーレムは自分より遥かに小さな相手にでも油断はない。そもそも目の前の敵を倒すまで止まらないからだ。しかし油断がないのはアーデン達も同じだった。


「アーデンッ!動きを止めて時間を稼いで!私がコアの位置を探る!」


 レイアがそう叫ぶと、アーデンは躊躇なくゴーレムの足元に飛び込んだ。足元に敵、格好の餌食だと判断したゴーレムはアーデンを踏み潰そうと片足を上げた。


 アーデンはそれを待っていた。ゴーレムの股下を駆け抜けながらファンタジアロッドを伸ばし、上げてない片足へと巻き付けた。


 巨躯を転ばせる程の膂力はアーデンにはない、しかしバランスを崩させるくらいならばロッドを駆使すれば出来た。アーデンがロッドの刀身に滾るマナの出力を上げると、巻き付けた足首からバチバチと火花が走った。


「よいしょおぉ!!」


 アーデンは出力を上げながらロッドを思い切り引っ張った。火花は大きくなり煙を上げて足首を赤熱させた。感覚のないゴーレムにそれを探知する事は出来ない、アーデンはそのままゴーレムの足首を焼き切った。


 片足を上げたままのゴーレムは、突然支えを失って当然倒れた。それに巻き込まれる前に逃げ出したアーデンは、ゴーレムが転倒する寸前に前に跳びごろりと回転し受け身を取った。


 ゴーレムは突然片足を失い転倒した。しかしそれはゴーレムにとって何の問題にもならなかった。焼き切れたゴーレムの足はすぐさま元の形に戻って、またゴーレムを支える足になった。


 魔物ゴーレムは生物ではない。体を岩や泥、様々な物質で構成している物体だった。いくら損傷しようともすぐさま体を再生させられるし、周りの自然から材料を補う事も出来る。


 倒す為には方法は二つ、一つは再生不可能な程に体を破壊し尽くす事。もう一つは体を構成する為の機能を担う核を破壊する事だった。しかし、ゴーレムの核は個体毎に位置が違うのでセオリーがない。


 だからレイアは時間が欲しかった。そしてアーデンの行動はレイアが核を見抜く時間を十分に稼ぎきった。ブルーホークをホルスターに仕舞うと、両手でレッドイーグルを構えて狙った。


 起き上がるゴーレムの背中から狙いをつける、レッドイーグルが出せる最も威力の高い弾丸を生成するとレイアはそれを撃ち出した。


 弾丸は右肩を貫いた。飛び散る体の岩の破片に混ざって核も破壊された。ゴーレムは体を構成する核を失って、その場には岩の塊が残された。




 レッドイーグルで弾を撃ち出した反動でレイアが後ろに倒れ込んだ。俺は駆け寄って手を差し伸べた。


「よく核の場所分かったな」

「あいつ倒れる時微妙に体の向き変えたの。多分核を傷つけないように庇ったのね、当たってよかったわ」

「二重の意味でな」


 俺がそう言うとレイアは怪訝な顔を浮かべる、立ち上がらせると言葉の意味が分かったようで頭をこつんと叩かれた。

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