第16話 解を求めよう

 滝に仕掛けられた謎を解くために、俺とレイアは手分けをする事にした。


 レイアは水中でアーティファクトに言葉を伝える為の手段を考える役目を担う、もうすでに頭の中では色々と考え始めているようで、独り言が多くなり宿屋の部屋へとこもった。


 俺はアーティファクトを作動させる言葉を探す事になった。それが分からなければ道は開けない、しかし今の俺達には現地に赴いて分かった事実が沢山あった。


 それを手土産に俺はロゼッタの元を訪れていた。元々ウラヘの滝についてヒントをくれたのはロゼッタが石板を解読してくれたからだ。また何か分かるかもしれない。


 早速招き入れてもらった俺は、ロゼッタに見てきた事すべてを事細かに話した。話に聞き入るロゼッタはふんふんと頷いてはメモを取っていた。


「素晴らしい成果ですよアーデンさんっ!私もその場に行って、直接見たかったです」


 ロゼッタの発言に罪悪感を覚えて、俺はちょっと言葉を失ってしまった。今彼女はフィールドワークに出る事が出来ない、そして俺達は成果を横取りしたようなものだ。


「その、ごめんなロゼッタ。こんな状況でこんな話」

「え?何の事ですか?」


 不思議そうに首を傾げるロゼッタに、俺はさっき感じたままの事をすべて話した。するとロゼッタはケラケラと明るく笑って言った。


「何を言ってるんですかアーデンさん、私はお二人のお話を聞いて落ち込むどころか興奮しているんですよ。見つけた仕掛けに解けそうもない謎、だけど絶対にそこには何かがある!聞いていてワクワクしてしまいました」

「だよな!絶対に何かあるよな!」

「はい!だからアーデンさんとレイアさんには、是非その謎を解いていただきたいです。それが私の今の望みなんですよ」


 そう言うとロゼッタは早速石板の解読に取り掛かってくれた。俺も手伝える事は何でも手伝った。本を探し資料を運び、解釈について質問されれば素人ながら意見を述べた。


 ロゼッタは今まで見たことないほどに生き生きとしていた。一生懸命に解読に取り組む姿とその目は、欲しくてたまらなかった玩具を手に入れた子供のように無邪気に輝いていた。


 そんな彼女の手を止めさせるのは少々気が引けたが、俺はそれでも声をかけた。


「ロゼッタそろそろ休憩しよう、もうすっかり暗くなってきた」


 やっと辺りの様子に気がついたロゼッタは周囲をキョロキョロと見渡した。もうすっかり夕食時になっていて、食べる事も惜しんで没頭していた彼女のお腹はグゥと大きな音を鳴らした。


「ハハハッ、やっぱりお腹減ってたんだな」

「笑わないでくださいよ。もう」

「悪い悪い。お詫びって訳でもないけど、ご飯作ったから一緒に食べないか?」


 俺は鍋の蓋を開けて見せた。煮込んだシチューの香りが部屋に充満する、ロゼッタのお腹がもう一度グゥと鳴った。




「いただきます」


 互いに手を合わせると俺が用意した晩ごはんを食べ始める。一口二口とヒョイヒョイとロゼッタの食事を口に運ぶ手は進んだ。


「美味しいです!アーデンさんこれ美味しいですよ!」

「そいつはよかった」

「でもここに食材なんてありましたっけ?」

「驚くほど何もなかったから、ロゼッタが夢中になっている時に買い出してきたんだよ。普段何食べてるんだロゼッタ?」


 照れ笑いで誤魔化す所を見ると、自炊の類いは一切やっていないみたいだ。棚の奥にカチカチになったパンがあったので、それらを食べているのだろうか。


「不健康」

「面目ないです…」


 そのやり取りが面白くって俺とロゼッタは笑った。ロゼッタの食生活は笑い事ではないかもしれないけれど。


「でも失礼ですがちょっと意外です。アーデンさん料理が出来たんですね」

「母さんがね、基本的に何でも出来る超人的な人なんだけど、致命的なまでに料理のセンスがなくてさ。このまま母さんの手料理を食べ続けたらやばいって本能で察知したんだよね、だから死ぬ気で覚えた」


 以前母さんが作った料理を食べた時、舌に強烈な苦味と痺れを感じた事がある。それを平気そうな顔で食べる母さんを見て、これは俺がやるしかないと覚悟を決めたものだ。


「やってみると面白いし、何より冒険の役に立つ。食材の知識はあればあるほどいいからね」

「確かにその通りです。感服いたしました」


 ロゼッタが大げさに言うので俺はまたちょっと笑ってしまった。自分ではそんなに大した事ないと思うのだが、彼女にはとても貴重で有意義なものだったらしい。鍋一杯に作ったのだが、何度目かのおかわりで空になってしまった。




 食後にお茶を入れて一服する。ロゼッタは満足そうな顔でお腹をさすった。


「こんなに楽しい食事は久しぶりでした。ありがとうございますアーデンさん」

「こちらこそ。やっぱり誰かと一緒に食べるといいな」

「ふふっ、そうですね。私も遠くにいる家族の事を思い出しました」

「あれ?ここには住んでないのか?」

「はい、別の国にいます。私はどうしても考古学を続けたかったのでピエール教授のいるシェカドに来ました。お誘いもいただいたので」


 あのフューリーベア騒動で亡くなってしまった教授は、以前ロゼッタの通っていた学校に講義で訪れた事があったらしい。その時の経験から交流をもった両者は、志を同じくする者として切磋琢磨していたそうだ。


 教授はロゼッタの事を高く評価していて、自分の後継者にと言っていたという。実際この部屋に運び込まれている多くの書物は教授がロゼッタに残した物であり、それを彼女が受け継いだのだ。


「そうだ!」


 急に手を叩いてロゼッタが立ち上がった。何事かと思っていると、石板の文字を解読したものを持ってきた。


「解読出来たのか?」

「はい、大分進みました。だけど殆どの部分は、あのウラヘの滝について触れていないんです。滝についての記載はほんの僅かでした。ただし気になる事があります」

「それは何?」


 俺がそう聞くとロゼッタはある一文を指さしてなぞった。そこにはこう書かれていた。


「今一度記す。望むるは叶わず」


 これの何処が気になるのか俺にはさっぱり分からなかった。説明を求めるとロゼッタは言った。


「繰り返し強調している所が気になるんです。もう一度記す必要はないじゃないですか、実際あの文言と滝の状況だけで絶望的ですから」

「まあ確かに」

「それで思ったんです。これは警告でもあって同時に手がかりでもあるんじゃないかって、態々こうして形に残している訳ですから、これを伝える意図があるのも事実だと思います。そして注目すべきは」


 ロゼッタが丸をして囲ったのは「望むる」という文言だった。


「ひたすらに望みは叶わないという表現をしています。これには望んだ所で無駄という意味もありそうですが、私はもう一つの可能性を見ます」

「もう一つって?」

「望むのではなく命令や指示が必要だと捉えられませんか?だって望んではいけないのに、アーティファクトは音声に反応する物だった。そのアーティファクトは望みを叶えるものではなく、指示や命令を待つものなのではないでしょうか」


 その話しを聞いてありえなくはないと俺は思った。レイアが実際に見て感じた事の中に、あの一文に多くの意味が隠されていた。ならばもっと他の意味が隠されていてもおかしくはないだろう。


「じゃあこんな指示の言い方はどうだろう?」


 俺は思いついたままに書くとロゼッタはにこりと笑顔を浮かべた。


「いいと思います。少なくとも試す価値はあります」

「ロゼッタのお墨付きなら完璧だ。ありがとう」

「いえ、お役に立てて何よりです」

「何か見つけたら必ずロゼッタに見せに行くよ。お土産期待しててくれよな」


 ロゼッタから得たヒントを持って俺はレイアの元へと駆け出した。レイアならもう仕掛けに対する手段を思いついている筈だ、俺は胸のドキドキとワクワクを抑えてひた走った。

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