第15話 ウラヘの滝 その2

 ウラヘの滝、その滝壺の池。水底にアーティファクトを発見した俺達は、それが石板に書かれた「封」であると考えた。


 それを確かめる為にも、池の底まで何とかしてたどり着かなければならない。そこへ向かう為の道らしきものはない、往来は考えられていないつくりという事だろう。


「俺が潜ってみるか?」


 体力的にも肺活量にも俺が潜る方が安全だ、レイアも泳げない訳ではないが運動能力は言えば俺が勝っている。


「多分それが一番安全で無難。だけど私が行くわ」

「は!?」


 レイアがすぐにでも上着を脱ごうとするので止めた。理由を聞かなければ流石にはいそうですかと行かせる訳にいかない。


「大丈夫。私が無策でこんな事言うわけないでしょ?準備するからあっち向いてて」


 仕方がないので言われた通り反対方向を見る。背中越しに衣擦れの音が聞こえてくるので、本気で自分が行くみたいだ。


「準備しながらでも説明出来るだろ。何でレイアが行く?」

「アーデン、潜って近づいていってあの光ってるアーティファクトが何か判別出来る?」

「一応武装型か、非武装型かくらいは見分けつくけど」

「それだけじゃ駄目。本当に何かを封印しているのだとしたら、下手に弄ると最悪爆発なんて事も考えられるわ。お父さんからそんな話を聞いた事があるの」


 それからレイアは聞いた話を俺にも教えてくれた。


 アーティファクトの研究員をしているレイアの両親は、どういう動作をするものなのかまったく判別のつかないアーティファクトを研究所で取り扱う事もあるそうだ。


 ある時、研究員が迂闊に触れた部分が突然赤熱して爆発を引き起こした。そこはマナに関する重要な動作をする場所だったらしく、触れた所から研究員の持つマナと反発し、結果マナの暴走とそれに伴う爆発事故という惨事を引き起こしてしまった。


「その同僚の研究員さん命は助かったんだけど、結局片腕は諦める事になっちゃったの。だから慎重に事を進めなきゃ」

「そんな話聞いたら尚更レイアに行かせられないよ」

「どうして?」

「どうしてってもしお前がっ」


 俺が思わず大声を上げそうになると肩からぬっとレイアが顔を乗り出してきた。あまりに顔が近すぎて心臓が跳ね上がった。


「ぴょっ!!?」

「何よその間抜けな声」


 服を脱ぐ音が聞こえてきたからどんな格好になっているのかとドキドキしていたが、泳ぎやすいように出来るだけ軽装に着替えているだけだった。少しだけ残念な気もするがそれどころではないと頭を切り替えた。


「もし大怪我したらどうするんだ」

「そうならない為に私が行くの!それにもし本当にそうなった時、私が行動不能になってもアーデンなら私を守って山を下りられる。でも逆は無理でしょ?」


 確かにそうなった時には俺が万全に動ける方がいいとは思う、それにアーティファクトの知識ではレイアにはまったく敵わない、理知的に考えればレイアに同意しない理由がない。


「…分かった」


 後は俺の感情の問題である、であれば飲み込む他ないだろう。レイアは俺の返事を聞くと満足そうに頷いた。


「アーデン、ファンタジアロッドを私の腰に巻きつけて。何かあったら引っ張って合図するから引き上げてね」

「了解。気をつけろよ」


 俺は言われた通りファンタジアロッドを手に取り、形状を変化させレイアの腰にしっかりと巻き付けた。何度か深呼吸した後、最後に大きく息を吸い込んで潜っていった。


 レイアが潜るとロッドの刀身も伸びていく、俺はその様子を固唾をのんで見守った。




 池の水は綺麗に澄んでいる、視界にまったく問題はなかった。レイアはゆっくり着実に潜行していく、命綱はアーデンが握っている、それが分かっているからレイアに恐怖心はなかった。


 水底のアーティファクトまでたどり着く、深さはそこまでではない。まだまだ息に余裕はあるとレイアは早速光に顔を近づけた。


 非武装型アーティファクト、地面から顔を覗かせている部分はほんの一部、本体の殆どは地に埋まっていた。


 潜行前に持ち込んだ試験用の魔石にも反応がなく。マナの接触による暴走の危険はないのが分かった。


 レイアはアーティファクトにそっと触れてみた。しかしまったく反応はなく、動作する気配もなかった。外部からの何かしらの行動が鍵となっているのだろうが、それは接触ではないらしい。


 試験用の魔石から、たっぷりとマナの蓄えられた魔石へと持ち替えた。近づけてみるも反応がない、水底のアーティファクトは起動してはいるものの、それを動かす条件が複雑なようだった。


 もう少し調べてみたいとレイアは思ったが、流石に息が苦しくなってきた。そして足をバタつかせた拍子に、手に持っていた魔石を落としてしまった。レイアは慌てて手を伸ばすも、掴む前に魔石は底へと落ちてしまった。


 その瞬間、レイアは思わぬ反応を見た。魔石が底へ落ち、近くの岩へとぶつかったタイミングでアーティファクトの反応光が強まったのだった。


 成る程仕組みは分かったとレイアは確信し、腰に巻き付けたファンタジアロッドをぐいぐいと引っ張った。合図に気がついたアーデンはロッドの伸縮を利用してレイアを引き上げた。




「ガハッ!ハーッ!ハーッ!」

「大丈夫かレイア?」


 俺はレイアの体に毛布をかけた。荒くなった呼吸が整え終わるまで体を温める。そうすると段々と落ち着きを取り戻してきた。


「ありがとうアーデン」

「いいよ。それで、何が分かった?」

「色々分かったわ。多分石板の文言の意味もね、まとめて説明してあげる」


 俺達は一息入れる為にキャンプを張って焚き火をつけた。レイアは濡れた服を着替えてから体をそこで温め、俺はお湯を沸かしてお茶を入れた。焚き火を囲んで一息つくと、レイアは水底で見たものと分かった事を話し始めた。


「石板に書かれているように、あのアーティファクトがこの場所で何かを封印しているのは間違いないわ。見えている部分より下に埋まっていて、思ったより大きなアーティファクトよ。場所的に掘り出す事も出来ないでしょうね」

「それだけ大仕掛けって事か」

「如何にも何かを隠していそうでしょ?」


 レイアの言葉に俺は頷いた。ワクワクする気持ちがふつふつと湧き上がる。


「残念な事に解除方法は難しいわ、接触によるマナ供給や、魔石による強制作動も効かないみたい」

「それ絶望的じゃないか?」

「多分あの石板にあった。たどり着けしも望むるは叶わず、という文言はこの事も含めて言っているのだと思う」


 成る程、この滝にたどり着いて池の底であれを見つけても、作動させることが難解な上アーティファクトそのものにも手を出せないという訳だ。


 絶えず水の流れ込む滝壺の池から、埋め込まれた巨大なアーティファクトを掘り出す真似はそうそう出来ないだろう。しかもここは山の上、掘り出す為の道具を持ち運ぶのも難しい。


 しかし俺はレイアの言葉に納得すると同時に、一つの言葉に引っかかりも覚えた。


「この事も含むっていうのはどういう意味だ?」


 俺の指摘にレイアは不敵な笑みを浮かべた。


「流石はアーデン、それくらい気がつくと思ったわ。望みが叶わないもう一つの理由はね、音よ」

「音?」

「より正確に言うなら音声ね、あのアーティファクトは音声によって作動するのだと思う。アーティファクトの起動方法の中でもよくある方ね、決まった言葉を言えばいい。だけど?」

「分かったぞ、水の中だから言葉が伝わらない訳だ」


 レイアは「その通り」と言うとパチンと指を鳴らした。上手い仕掛けだと俺も感心する。


「アーティファクトは地面に埋まっていて取り出せない。近づくには水の中を潜る必要がある。しかし近づいた所で作動も難しく道具による強制も出来ない。唯一の方法は音声による発動だが、それも滝の落ちる水の中で伝えるのは困難か」

「まさに望むるは叶わずでしょ?」


 そもそも望みの言葉を伝える事さえ出来ないのだから叶うはずもないのだ。石板に隠された意味はたどり着いてやっと分かる、そして判明したら最後、とんでもない徒労感に心が折られる。


 しかし俺は逆に燃えてきた。手記の通りなら父さんはここの仕掛けを解いて何かしらを見つけたんだ、ならば方法があるということだ。


「これはますます諦められなくなったな」

「勿論でしょ。何かあるわ、絶対にね」


 俺はレイアと顔を見合わせて互いにニヤリと笑った。封印がある、仕掛けもある、何かを見つけた証拠もある。俺達の冒険心にはあっという間に火がついた。

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