第14話 ウラヘの滝 その1

 冒険者ギルド受付、対応してくれたのは奇しくもまた同じ人だ。すっかり顔なじみになってしまって名前も覚えた。


「ハンナさんこんにちは」

「あら、アーデンさんにレイアさん。また依頼探しですか?」

「こ、今回は違うの。この辺りの地図が欲しくて」


 俺の背に少しだけ隠れたレイアが言った。ハンナさんもレイアの扱いに慣れてきて、懐かない猫のような感じで親しんでくれていた。


「勿論ご用意させていただきます。どちらまで行かれるのですか?」

「ウラヘの滝までの地図あります?」

「ええ、今お出ししますね」


 ハンナさんが奥へと地図を取りに行く、待っている間に俺はレイアに話しかけた。


「レイア、まだ人見知りしてるのか?」

「仕方ないでしょ、そういう性分なんだから」

「でももうハンナさんとは何度も会って話してるじゃないか」

「だからさっきも実に友好的な会話をしてたでしょ?」


 あれがレイアにとっての友好的か、まあ今更とやかく言うつもりもないのだが、最初から警戒心を最大にして人と接するのはどうなのだろうか。


 そんな事を思っているとハンナさんが地図を持って戻ってきた。手渡されたそれを受け取り広げ、レイアと共に覗き込む。


「一つよろしいですか?」

「はい」

「ウラヘの滝へは何をしに?滝の眺めは見事なものですが、山奥で足場も悪く、魔物も出るので滅多に人も寄り付かない場所ですよ?」


 答えは一つ、決まっている。


「冒険者だからですよ。挑戦せずにいられない、俺の心が指し示す先はいつだってワクワクが止まらない場所ですから」


 父さんの残した手記、そしてロゼッタ達が見つけて解読した石板、偶然なのか重なった二つの手がかりの先に一体何が待ち受けているのか、俺は探究心がうずいて仕方がなかった。




 地図を頼りに山道を進む、ゴーゴ号はどんな悪路でも走行出来る優れものだが、揺れに揺れた。


 振り落とされないように俺にしがみつくレイアが声をかけてくる。


「ちょっと!もう少し揺らさずに行けないの!?」

「無茶言うなよ、ただでさえガタガタ道なんだから。喋ってると舌噛むぞ」


 少しでもマシな道を見つけてはそこを通る、これでも徒歩で登山するより速いし楽だ。レイアもそれを分かっているのか、文句もそこそこにして後は大人しくしがみついていた。


「ここだ」

「わあ…すごい…」


 辿り着いた俺達はその景色に心奪われ言葉を失った。


 切り立った崖の上から大量の水が流れ落ちてきていた。白い絹のようにも見える滝の流れに、霧立つ滝壺は神秘的でさえある。山の木々と露出した岩肌、雄大な自然の絶景は見るものを魅了する。


 暫く言葉もなくウラヘの滝を見つめていたが、目的を見失ってはいけないと両頬を手のひらで叩いて目を覚ました。レイアもそれを見てハッとしたのか、咳払いをして見惚れていた事を誤魔化した。


「それで?何を探すの?」

「そこが問題なんだよなあ…」


 ウラヘの滝周辺に大規模な洞窟等はない。野生動物が巣穴に使う小さな横穴程度はあるものの、遺跡も確認されていなければ、取り分けここでしか採集の出来ない希少品等もない。


 動物や魔物が水を飲みにやってくるかもしれないが、ただそれだけだ。ハンナさんが言った通り、話に聞く限りも見る限りも、ここには苦労した甲斐が絶景しかなかった。


「この滝の景色を見れただけでも結構満足だけど、石板に記された文言から察するに、確実にここに何かがある筈なんだ。父さんがここを訪れた理由と繋がらないかな?」

「単純に見てみたかったって可能性はあるけど、それにしてはウラヘの滝についての記載が長いのよね」


 レイアの言う通り、父さんがウラヘの滝について書いてある量は多い。ページの欠けと滲みと汚れもあって正確には分からないが、3ページは使っていると思われる。


 他の絶景スポットについて書かれている文章は、大概一言で「綺麗だった」だとか「凄い」だとか「アーデンに見せたら喜びそう」と一文しか添えられていない。感想を記すにしても、もうちょっとこう何かないだろうかと思ってしまう。


「封を施すはウラヘの滝、たどり着けしも望むるは叶わず。これが石板の文言だったよな?」

「多分ここに何か封印されているのよね」

「たどり着けしも望むるは叶わず。来た所で徒労に終わるよって事か?」

「そんな事態々石板にして残す?」


 指摘ごもっともと俺は腕を組んでうーんと唸った。望むる、望み、ここへは何かを望んだ人が訪れていたのだろうか。しかしその望みは叶うことはないと、そう伝えているのだろうか。


「駄目だな!考えていても仕方ない、俺はこの辺ぐるっと見て回ってくる。レイアは滝に何かないか調べてみてくれ、あんまり近づきすぎないようにな」

「分かったわ。アーデンも気をつけなさいよ」


 頷くと俺はファンタジアロッドを手に取って刀身を伸ばして岩肌を掴んだ。上から滝を見るために俺は崖を登り始めた。




 高い崖だが変幻自在のファンタジアロッドのお陰で楽々登りきれる。崖のへりから下を覗いて見てみるものの、白いだけでさっぱり何も見えなかった。


 崖の上の景色もあまり目立った物はない。もしかしたら遺跡があって、そこから水が流れているかもと思ったが。そうであったならギルドが把握しているだろうし、ハンナさんが事前にその事を伝えないとは思えない。


 遺跡は魔物も人も遺跡そのものもすべて危険に満ちている。全部が敵であると言って過言ではなかった。付き合いは短いが、ハンナさんがその辺の注意と周知を怠るような人とは思えない。


 結局ぐるりと見て回ったものの、石板に記されていたような仰々しい物は何も見つからなかった。仕方がないので俺はレイアと合流する事にした。


「レイア、こっちは何も分からなかっ…」


 俺は途中で言葉を切り急いでレイアに駆け寄った。身を乗り出して滝壺の池に、文字通り首を突っ込んでいた。夢中になっているのかあまりに身を乗り出していて体ごと落ちそうになっている。


 がしっと掴んで引っ張り上げた。池から頭を上げたレイアは、濡れた頭をブルブルと振った。長い髪にびっちょりとついた水が辺りに飛び散る。


「危ないなお前!何やってんだよ!?」

「うるさいわね、もうちょっとよく見たかったのに邪魔して」


 レイアは濡れた髪手で絞ると、束ねて後ろで一纏めにした。そして興奮気味に俺に詰め寄る。


「見つけたわよ!手がかり!」

「本当か?」

「うん。あんたも顔突っ込んで見てみなさい、池の底に何かあるわ。そして恐らく、あれはアーティファクトよ」


 だからレイアはあんなに夢中になっていたのかと納得した。しかしそれどころではない、俺は思いっきり息を吸い込んで、レイアと同じ様に頭を池に突っ込んだ。


 水の中に頭を突っ込んですぐは目が慣れなかった。しかし徐々に見えてくるようになって、池の底に注目する。確かにレイアの言う通り底の方で何かが光っているのが見えた。


 頭を上げて息を吸い込んだ。鼻に水が入って苦しかったけれど、興奮の方が勝った。


「あったあった!俺も見た!」

「でしょ!?ふふん、流石私よね」

「だけど、何であれがアーティファクトだと思うんだ?」


 俺には底の方で何かが光っているだけにしか見えなかった。あれだけではアーティファクトとは分からないと思うのだが。


「いい?アーティファクトってのは世界に満ちるマナのエネルギーをもっとも効率よく使う事の出来る道具なの。そして特徴の一つに、稼働しているアーティファクトにはマナによる反応の光が必ずあるの。アーデンのファンタジアロッドだって刀身が光ってるでしょ?」

「じゃああの光が」

「間違いなくアーティファクトの反応光よ、この私が言うんだから間違いない。そしてアーティファクトが稼働してるって事は?」

「あれが封印の正体の可能性が高いって事だ!」


 レイアが上げた手のひらに、俺は自分の手のひらをぱちんと打ち鳴らしてハイタッチした。封印は滝でも、周りでもなく、滝壺の底にあったんだ。それを突き止めた俺達は次はどうするかを考え始めるのだった。

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