第13話 手がかり探して

 アーデンとレイアは再びアカトキの森を訪れていた。どちらも武器を構えて周囲を警戒している。


 ガサガサと音を立てて茂みが揺れた。アーデンはその瞬間を見逃す事なくファンタジアロッドを伸ばして茂みの中へと突っ込んだ、手先に伝わる何かに触れた感触を頼りにロッドを操り、触れた物へ巻きつけると思い切り引き上げた。


「ギィィイイィ!!」


 足首を掴まれた子鬼ゴブリンが、喚き声を上げながら引っ張り出された。アーデンは掴んだゴブリンを、勢いをつけて空へと投げた。そして狙いを定めたレイアが、右手に握られた銃レッドイーグルの引き金を引く、轟音轟かせ火を吹いたレッドイーグルの弾丸はゴブリンの腹部を撃ち抜いた。


 飛び散る血に仲間の死、潜んでいたゴブリンもただ黙って見ていられなくなった。用意しておいた石をレイア目掛けて投擲する、これにはゴブリンや他の魔物、そして野生動物等の糞尿が塗りたくられていた。


 当たって怪我をすれば傷口から毒が回り、当たらなくとも漂う悪臭が相手の士気を下げる。他の魔物に比べて力に劣るが、頭数では勝るゴブリンの特徴を生かした戦術だった。


 しかしそれも当たればの話である。すぐさまフォローに入ったアーデンは、ファンタジアロッドの硬度を操り伸ばすと、ぐるぐるとそれを回し螺旋を描くと、受け皿のような形にロッドを変えて石を受け止めた。


 受け止められた石は、マナの出力を上げ超高温になったファンタジアロッドで焼き尽くされた。投擲攻撃の失敗がゴブリンの群れの動揺を誘う、それは大きな隙となった。


 一匹、二匹、三匹と連続で体をズタズタに撃ち抜かれる、投擲の方向からゴブリンの位置を割り出したレイアは、左手の銃ブルーホークでその場所を掃射した。固まって動いていたゴブリンにとって致命的なダメージとなった。


 それでも仲間の体を盾につかって数匹のゴブリンは生き延びていた。数の有利があっても敵わないと判断した生き残りは、全力で逃走する事を選択する。


 だがその逃走が成功する事はない。木の枝を伸ばしたロッドで掴み、アーデンはすでに木の上へと上っていた。逃げる方向を把握すると、アーデンはゴブリンの残党を討ち取った。




 戦闘を終えた俺達はふうと息を吐き出してぐいと体を伸ばした。まだまだ経験が浅いからか、一戦一戦での緊張感で体がガチガチになる。


「これで全部?」

「依頼書に書かれた数は退治したわ。討伐依頼達成ね」


 今回のゴブリンの群れはアカトキの森を根城にして、近隣の村々の家畜を襲撃して食料として攫っていたそうだ。巣穴を見つけると動物の骨の山を見つけた。規模から見ても依頼書のゴブリンで間違いなさそうだ。


「食料を溜め込んでいたって事は、群れを大きくする前段階だったのかもな」

「被害が大きくなる前でよかったわ。その内人攫いも出たかもしれないもの」


 ゴブリンは体が小さくて力があまりない、魔物の中では弱いと言っていい方だ。対処の心得さえ間違えなければ駆け出しでも退治する事が出来る。


 しかし数が多くて知恵が回る、だから油断してはいけない。数で囲み岩や棍棒で殴ってきたり、待ち伏せして集団で投擲攻撃を行ってきたりする。


 駆け出し冒険者向けの討伐依頼が一番多いのもゴブリンだが、駆け出し冒険者が一番命を落とす切っ掛けとなるのもゴブリンだった。数の多さはそれだけ厄介だ。


「…」

「どうかしたのアーデン?」

「いや、魔物って不思議な存在だよなって思ってさ。昔っからずっといたのかな?」

「何学者みたいな事言ってるのよ。私知らないわよそんな事。気になるならロゼッタに聞いてみたら?」


 確かにそれもそうかと俺は頭を切り替えた。下手の考え休むに似たりだ、依頼は解決出来たのだから今はそれでいいだろう。


「じゃあちょっと調べますか」

「何から見る?」

「まずは…」


 俺達がまたアカトキの森の依頼を受けたのには理由があった。それは勿論、ロゼッタを襲った特殊個体についての調査の為だった。




 アカトキの森最奥、イ・コヒ遺跡。その入口手前まできた。話にあった激しい戦闘があったであろう痕跡は残っているものの、それ以外はすっかりと片付けられていた。


「うーん…」

「どうしたレイア?」


 難しそうな表情で首をひねるレイアに声をかける。


「遺跡に来るまで結構距離あるわよね。ここに来るまでの道も、ただ行き交う人で踏み固められただけのものだし、あの大きなフューリーベアを運ぶ方法が思いつかないわ」

「確かにそうだな…」


 レイアの言葉を受けて俺は地面を調べた。車輪の跡や、物を乗せて何かを引きずったような跡もない。痕跡を消した可能性はあるけれど、アカトキの森最奥までの痕跡を消すのは結構大変な事だ。


「痕跡消したと思う?」

「無理じゃない?」

「じゃあ運んだ訳じゃなくて、連れて歩いてきたのかな」

「それ物凄く目に付きそうだけど…」


 だよなあと腕を組んで俺も首をひねる。見つかれば話題にならない筈がないし、気が付かない方が不自然だと思う。


「真夜中にこっそりって可能性は?」

「明かりのない森の中を?」

「照らしながら…ってのこれまでの慎重さからは欠けるよな」


 足場の悪い森の道を明かりもなく歩くのは危険だ、更に言えば魔物は夜になると活性化する。何らかの方法でフューリーベアを操っていたとしても、まったく戦闘を回避して移動出来るとは思えない。


 戦闘の跡のようなものもない。移動手段がやはり不明瞭だ、今の俺達では検討もつかなかった。


「報告出来そうな手がかりはないか…」

「時間も経ってるし、無策じゃ駄目かもね」


 レイアの言葉に俺はうんと頷いた。何かしら方法や定まった目的がなければただ闇雲に探すだけになってしまうだろう、それでは時間を浪費して終わりだ。


「まあ依頼は無事達成出来たし、取り敢えず戻ろうか」

「そうね。ゴーゴ号は任せるわ」


 俺はゴーゴ号に乗り込みスタンドを下ろした。後ろに乗り込んだレイアが体を掴むのを確認してから走り出しシェカドへと戻った。




 依頼達成の報告をし報酬を受取る。調査が空振りに終わった事を伝えると「引き続きお願いします」と決まった言葉が返ってくる。様子から察するにギルド側でも調査状況は芳しくなさそうだ。


 待っていたレイアと合流して、そのままの足でロゼッタの元へと向かった。警護に当たっている人に挨拶をして扉を開けてもらうと、窓際の机で作業していたロゼッタがこちらに気がついてパッと表情を明るくした。


「アーデンさんっ!レイアさんっ!来てくれたんですか」

「やあ、不自由はない?」

「お土産もあるわよ」


 来る途中で寄ったお店でお菓子を買ってきた。それを見てロゼッタがお茶を入れるとぴょんと立ち上がった。手伝おうかと思ったが、座って待っているように言われたのでレイアと隣り合って座って待った。


「やっぱり手がかりは見つかりませんでしたか…」

「ごめんなあれだけ言っておいてこのザマで」

「そんなやめてください。アーデンさん達は善意で協力してくれているのですから、寧ろ感謝しないと」


 情けない事だがロゼッタにそう言って貰えるといくらか心は軽くなった。しかしそれに甘んじていてはいけないとは思う。


「闇雲じゃ駄目だってのはハッキリしたわ。私も何か手がないか考えてみる」

「ありがとうございますレイアさん」

「私もアーデンと気持ちは同じよ。こんな場所で監視付きじゃあ研究も進まないでしょ?」


 そうレイアに言われて、ロゼッタは何か思い出したように手を叩いて立ち上がった。そして先程まで作業をしていた机と戻って何か持ってきた。


「見てください。これあの時見つけた石板の文字で解読出来た一部です」

「判読出来たの?」

「使われている文字や表現があまりに古いので難解ですが、丁度教授と一緒に研究していた分野なので少しだけ」


 ロゼッタは少しだけと言うが結構びっしりと文字が書いてあった。これで一部分かと思うと俺は目が回りそうだ。


「すごいなロゼッタ。俺には絶対出来ないから本当に尊敬するよ」

「そんな、ありがとうございます」


 照れ笑いしながらお礼を言うロゼッタを微笑ましく見ていると、レイアに襟を掴まれてぐいっと引っ張られた。


「何すんだよっ!」

「いいから見てここ」


 レイアが指さした先に書いてある文字を読む、そこに書かれているものを見て俺は父さんの手記を急いで取り出した。


「どうかしましたか?」

「うん。アーデンのお父さんの話はもう聞いた?」

「はい」

「今アーデンが見てるのはブラックさんが書き残した手記なの。そして書かれた場所が…」

「ウラヘの滝」


 父さんが訪れた場所として記されているウラヘの滝、それが石板にも書かれていた。ロゼッタが解読した前後の文章はこうだ。


「封を施すはウラヘの滝、たどり着けしも望むるは叶わず」


 手記の記述には欠けがあって、父さんがウラヘの滝に行った事と、そこで何かを見た事しか分からなかった。しかし、ここで行かないという選択肢はない。俺がレイアの目を見ると、彼女も深く頷いて答えた。

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