第11話 面談 その1

 翌日。シェカドへ帰り、宿屋へと顔を出す。簡単な依頼だったから泊まりになるとは思っておらずその旨を伝えていなかった。


 ガイさんとシンシアさんに掻い摘んで昨日の出来事を説明すると、俺は依頼の薬草の籠を抱えてギルドへと向かった。レイアはまだゴーゴ号を色々と調整したいと言っていたので、宿へ置いてきた。元々俺が報告へ行こうと思っていたので丁度いい。


 ロゼッタには冒険者ギルドで待ってもらっていた。事の顛末を一緒に説明してもらわなければならないからだ。それには当事者がいなければならない。


 年下扱いしてしまった事については快く許してもらえた。というよりも、ロゼッタの方から砕けた接し方がいいとお願いされてしまった。彼女曰く。


「見た目のせいで侮られて友達が少ないんです。だからお二人の距離感が心地よかったというか、なんだか嬉しかったんです。よそよそしくされるより、今まで通りに接してください」


 との事だった。ちなみにロゼッタは敬語を崩せないらしい、誰に対してもそうしてきたからだそうだ。癖はそうそう抜けないみたいだ。


 中に入って辺りをキョロキョロと見渡す。こっちを見つけたロゼッタが手を振って近づいてきた。


「ごめん。待たせたかな?」

「いえ、大丈夫です」


 そうロゼッタは言うが、冒険者の群れの中にいると彼女は少し目を引く。俺はさりげなく彼女を体で隠しながら依頼を受けた時の受付へと向かった。


「あら、あなたは。そうだアーデン・シルバーさんですね、依頼の方はもう完了ですか?」

「あの時のお姉さんじゃないですか」


 受付にいたのは依頼を受けた時と同じ女性のだった。顔を見たのは一度だけなのに、こちらの名前をしっかりと覚えているのかとちょっと驚いた。


「その様子ですと問題なく依頼は完遂出来たようですね」

「はい。品物はどうすればいいですか?」

「こちらで引き取って依頼主へと受け渡しがされます。しかし大量に採ってきましたね」

「あ、何か拙かったですかね。上限とか特に記載がなかったので採れるだけ採ってきたんですけど…」


 俺がそう言うと受付の人は軽く首を横に振った。


「いえ、この薬草は採ってもすぐに生えてくるので問題ありません。寧ろ定期的に依頼が出ないと、生えすぎて魔物の餌場になりかねません。だけど貴重な品や保全が求められている物も依頼品となりえますので、そのような依頼は契約をよく確認して遂行してください。今回はバッチリ合格点ですよ」


 ニコッと笑顔を浮かべたのを見て、俺はほっと胸をなでおろした。でも確かに採りすぎて環境に悪影響があってはいけない、今は大丈夫だけど、等級があがって受けられる仕事が増えた時には気をつけないと。


 今の指摘はその辺の心構えについて教えてくれたのだろう。仮免許の冒険者に対して戒める事も仕事の内なのかもしれない。


「それでは報酬の話ですが…」

「ああすみません。その前に少しお伝えしなければならない事がありまして」


 俺はロゼッタと協力してアカトキの森であった出来事について詳細に語った。そして持ち帰ったフューリーベアの一部も提出した。受付の人は話を聞き、魔物の一部の現物を見た途端にサッと顔が青ざめた。


 その後は別のギルド職員が俺達の元へやってきて、別室へと案内されるとここで待つようにと言われた。なんだか物々しい雰囲気になってきたなと、俺とロゼッタは顔を見合わせた。




「ええっ!?ではアーデンさんは、あの偉大な冒険者ブラック・シルバーの息子さん何ですか?」


 待っている間にロゼッタと雑談を交わしていると、父さんの話になったので俺は身元を明かした。


「そうなんだよ。だけど父さんって学者さんの界隈とかでも有名なの?」

「勿論ですよ!遺跡に関わる人でブラック・シルバーの名前を知らない人はいません!常識離れした過酷な環境にある遺跡や、数多の罠によりどんな生物の侵入も許さない遺跡まで、どんな場所にだって冒険に出かけて生還してきた人ですよ!?私も彼を題材にした冒険小説を何冊も持っています」


 そう熱く語るロゼッタ。初めて見る一面に若干戸惑うも、父さんが褒められるのは悪い気がしなかった。


「あっ!す、すみませんつい!」


 興奮して立ち上がっていたロゼッタは、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて座った。


「いや俺も悪い気しないしいいよ、寧ろ嬉しく思うし。でも遺跡への挑戦ってそんなに大変なの?」

「そうですね。時折まったく未知の仕様がある遺跡が見つかります。さっきも言った環境の問題とかもそうです。遺跡外は温暖で穏やかな気候なのに、遺跡内では吹雪吹き荒れる極寒の地なんて話も聞いた事ありますよ」

「それは…なんというか凄まじいな…」


 一体昔の人はどうしてそんな遺跡を作ったのだろうか、目的や用途が気になる。そして成る程と合点がいった。


「この疑問や興味が考古学の探究心?」

「ですね。とても気になりませんか?」

「なるなる。まあ俺には調査して解明してやろうっていう気概はないけれど、確かにすごく気になるよ」


 こうして話が盛り上がりを見せた時、扉がノックされて開いた。俺達は雑談を止めて居住まいを正すと、机を挟んで向かいに座った人を見た。


 初老の男性で整えられた身なり、眼鏡の奥から覗く鋭い目は威圧感を思わせた。しかし表情は極めて柔和であり、そのまま笑顔を崩さず言った。


「やあお待たせしてすまないね。私はシェカドの冒険者ギルド長を務めているトロイ・ヘイズだ。おっと、君たち二人の挨拶はいいよ。概ね把握しているからね」


 柔和な笑顔に軽い調子、見た目の印象からは少し離れた人だなと俺は思った。しかし次の言葉を述べる瞬間には、表情は真剣そのものだった。


「まず始めに、ロゼッタ君」

「はっはい!」

「大変申し訳無い事をした。ギルド長として正式に謝罪する。ピエール教授は遺跡の研究に多大な貢献をなされた方だ、私も面識があった。命を落とすには早すぎる、本当に申し訳ない」


 謝罪を述べた後トロイさんは立ち上がって深々と頭を下げた。それを受けてロゼッタが慌てふためいていたので、俺は肩にぽんと手を置いてロゼッタの目を見てゆっくり頷いた。


 落ち着きを取り戻した彼女は息を整えると、頭を下げるトロイさんに向かって言った。


「…とても悲しいし、どうしてと思う気持ちがないと言えば嘘になります。だけどあの時は多くの想定外の事態が重なりました。特定の誰かを責める事は出来ないと思います」

「それでもこちらに気の緩みと事前の調査不足があった事実に変わりはない。防ぐ事が出来た事故だった」

「お気持ちは大変ありがたく思います。だけど私の意見は変わりません、謝罪はちゃんと受けました。もう頭を上げてください」


 トロイさんの言う事もロゼッタが言う事も尤もだと俺は思った。確かに冒険者ギルド側に緩みがあった事は否定出来ない、結果的に護衛依頼につける人員を間違えた。護衛対象を置いて逃げるなんて言語道断だ。


 しかしロゼッタの言う通り、その時誰もが最善の行動が取れたとも思えない。唯一ロゼッタだけが嫌な予感を感じていたらしいが、それを周りに伝えなかったのはロゼッタだし、気づかずに調査を続行したのは教授だ。


 ロゼッタが謝罪を受け入れたのなら、これ以上わだかまりを残す方がよくないと思う。ちらりとトロイさんの様子を伺うと、下げていた頭を上げてもう一度席についた。


「死を悼む気持ちを忘れてはならないが次の話に進もう。アーデン君」

「はい」

「今回のロゼッタ君を救出してくれた事本当に感謝している。それとこの場には来ていないレイア君にもな。君たち二人はとても仮免許の冒険者とは思えない活躍をしてもらった。特例で二人の等級を4級とする事を承認した。後ほど更新の手続きを済ませたタグを届けさせるよ」


 今度面食らったのは俺の方だった。慌ててトロイさんに聞く。


「あ、あの、そんな、いいんですかそんな事?」

「まったく問題ない。活躍ぶりは3級に相当すると思うが、流石にそれは無理だけどね。信頼と実績は積み重ねだよ、精進してくれ」

「あ、ありがとうございます!」


 まさかこんなに早く仮免許から4級へと上がれるとは思わなかった。俺もレイアもただロゼッタを助ける為に必死だっただけだが、こうして評価されると素直に嬉しい気持ちが勝った。


「では本題に入ろうか、聞きたい事と相談したい事が山のようにあるからね。大変かもしれないが、付き合ってもらえると助かるよ」


 俺もロゼッタも頷いてトロイさんに同意した。こうなれば協力できる事は全部協力しておきたいと思ったからであった。

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