第10話 ロゼッタの話 その2

「護衛の冒険者が全滅!?」

「はい。そして私が勉強の為に付き従っていた先生も…」




 ロゼッタはある考古学教授の助手であった。そしてアカトキの森奥にあるイ・コヒ遺跡の調査に訪れていた。調査場所としては様々な学者達が調べ尽くした場所であり、遺跡荒らしでさえあまりよりつかない場所であった。


 そんなイ・コヒ遺跡だったが、教授の元にある情報が届いた。出処は依頼で遺跡を訪れた冒険者で、その内容は不思議な石版を見たというものであった。


 怪しげに光を放つ石板を前に怖気づいた冒険者は、それを持ち帰る事は出来なかった。しかしその情報には十分価値があると判断し、話を教授に持ちかけたのであった。


 遺跡で石板が見つかる事はよくある事で何の珍しいものではない、謎の発光も、摩訶不思議な仕掛けさえもよくある事だった。


 だが、調査されつくされたと誰もが思っている場所での目撃情報は無視できるものではなかった。冒険者が小銭欲しさに作った話だったとしても、未知への探求をやめる事は出来なかった。それは学者としての死も同然だからだ。


 教授は冒険者ギルドへ掛け合い、フィールドワークの為の人員を雇った。すでに調査され尽くされた遺跡であり、生息する魔物も弱い。集まった冒険者は一番等級が高くて2級に成り立ての者合わせて四人であった。


 イ・コヒ遺跡を探索するのには十分な戦力だった。しかし質が心許なかった教授は、助手であるロゼッタにある物を渡した。


 それは爆破石、魔石の一種で強烈な爆発の魔法が封じ込められている。決して安価な物ではないが、いざという時にはこれで自分の身を守るようにとロゼッタに命じた。


 念入りな準備をして調査は開始された。順調に進む一行、冒険者達は魔物をものともしなかった。教授はそこで取り越し苦労かと安心してしまった。それが1つ目のミスであった。


 ロゼッタは嫌な予感を感じていた。実力に増長する冒険者、そしていつもとは違う遺跡の空気、何度も訪れた事のある遺跡なだけに教授でさえ気が緩んでいるのをロゼッタは感じ取っていた。


 そうして件の石板を見つけた。それはまだ誰も見たことのない物だった。刻まれた言語もその場では判別出来ないような物だった。何故これが見過ごされていたのかと疑問視される物だった。


 これが教授にとって2つ目の致命的なミスに繋がった。その計り知れない価値を目の前にして教授はたまらずその場で石板の調査に没頭してしまった。護衛についている冒険者達は緩み切っている、石板を回収してすぐにその場を立ち去るべきであった。


 ロゼッタがそう提案しようとした瞬間、冒険者の一人が悲鳴を上げた。いつの間にか背後に迫っていたフューリーベアの爪による一撃で、頭だけが宙に飛んでいた。


 フューリーベアの奇襲と雄たけび、パニックを起こした冒険者達はたまらず遺跡の奥へと逃げ出してしまった。フューリーベアは逃げた獲物を追う、そんな基本的な事も冒険者達は忘れてしまっていた。


 逃げた冒険者を追ってフューリーベアは遺跡の奥へと駆けた。石板の発見に興奮していた教授は、襲撃によって冷静さを取り戻した。敢えてその場に留まってロゼッタと共に身を隠した。


 フューリーベアが遺跡の奥へと走ったのを見届けると、教授とロゼッタは出口へと走った。それは冒険者を見捨てる事にもなるが、護衛を放棄した時点で教授は素早く頭を切り替え見限っていた。


 今は見つけた石板を兎に角運び出さなければと教授の考えはそれだけだった。懸命に走るものの、遺跡の奥から聞こえてきた叫び声に、教授は覚悟を決めてロゼッタに言った。


「石板は君に託す。脇目も振らず走って逃げなさい。私はここで少しでも君が逃げる時間を稼ごう」


 教授はより生き残る可能性がある方へと賭けた。走り続けて逃げる体力が自分にはない事を教授はよく知っていた。だから助手のロゼッタに石板を託したのだった。


「そんな、教授!」

「いいから早く。得手ではないが私は魔法も使える、だが君にはそれは無理だろう?だから走って逃げなさい。この発見を無に帰してはいけない」


 問答をしている余裕はなかった。教授の覚悟を秘めた強い眼差しを見て、ロゼッタは石板を抱えて走り出した。どんな音が聞こえてきても振り返らなかった。


 ロゼッタはイ・コヒ遺跡を脱出した。必死の逃亡で呼吸が出来ないほど苦しい、しかしまだ距離が足りないと走り出した。


 そんな時ロゼッタは思わず振り向いてしまった。教授のうめき声が聞こえてきたからだった。


 フューリーベアは瀕死の教授を口に咥えて態々運んできていた。目的はただ一つ、獲物をあざ笑うだけだった。傷と血塗れの教授は声にならない声を呟き続けていた。


 ロゼッタはここまでかと思い諦めた。フューリーベアもここまでだと考えた。しかし教授だけはまだ諦めていなかった。


「ロゼッタ!爆破石を投げろ!」


 叫ぶ教授の声に反射的にロゼッタは動いた。そして魔法の詠唱を完了していた教授は、自分も巻き込む至近距離で魔法を放った。自分ではもう動く事も出来ない教授だったが、フューリーベアが態々足元に自分を置いてくれて助かったと感謝した。


「火炎弾!!」


 放たれた火球は教授ごとフューリーベアの足を焼いた。ただそれだけではフューリーベアにとって何ら問題のないダメージだった。しかし火傷を負った足では爆破石の炸裂から逃げるのに一瞬遅れる事になった。


 火傷に爆発、フューリーベアは前足に傷を負った。それでも尚フューリーベアは動く事が出来たが、教授は捨て身でロゼッタを逃した。逃げ切る時間とアーデン達が救出に来る機会を作ったのだった。




 途中からロゼッタの声には涙が混ざっていた。壮絶な体験をしたのだから無理もない、レイアがロゼッタの肩をそっと抱いて慰めた。


「私が逃げ切る事が出来たのはお二人のお陰です。教授に代わってお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」

「…うん。ロゼッタが無事でよかった」


 俺がそう言うとロゼッタは涙を浮かべながらも少しだけ微笑んで見せた。強い人だ、心からそう思った。


「石板は大丈夫だった?」

「あっはい、これだけはと思い必死に抱えていたので。傷ひとつついていません」

「そう…、ならよかったわ。教授さんの願いだものね」


 レイアの言葉に俺も頷いて同意した。顔も知らない人だけど、その誇り高い覚悟の様は尊敬に値する。命をかけて教え子を守り通したのだから。


「よしっ!後のことは冒険者ギルドへ報告して任せる事にしよう。ロゼッタも疲れただろう?ゆっくり休んでくれよ」

「ありがとうございますアーデンさん」

「私のテントを使っていいわ。自慢の発明品よ、中を見たらびっくりするわよ。安全安心快適なんだから」

「ふふっ楽しみですレイアさん」


 冒険者ギルドがどうするのか分からないけれど、取り敢えず明日にはシェカドに戻って報告する義務がある。レイアは初対面の人に説明するには向かないから、俺が行こう。ロゼッタにもついてきてもらえるように後でお願いしないと。


「そう言えばロゼッタって凄いのね。私達より年下でしょ?それで学者って」

「確かにそうだよな。飛び級って奴か?」

「あー…、なんとなくそうかなと思ってましたが、やっぱりそうでしたか」


 ロゼッタが気まずそうに頬を掻くので、俺とレイアは首を傾げた。


「お二人は何歳ですか?」

「俺は17」

「私は16だけど、もうすぐアーデンと一緒ね」

「私こう見えて24歳なんです」


 俺もレイアも今度は目を丸くして驚いた。年上だったのか、しかし見た目にはまったくそう見えない。12歳くらいの見た目をしている。身体的特徴はともかく、顔は幼気だったからまったく分からなかった。


「父がハーフリングで、母がヒューマンなんです。だから見た目より若く見えるんだと思うのですが…」


 俺はレイアを手で招き寄せた。大人しくそれに従うレイアは隣に立って、顔を見合わせて頷くと一緒に言った。


「生意気な口きいてすみませんでした!!」


 同時にバッと頭を下げた俺達、慌てるロゼッタ。激動の一日が終わり、夜が更けていった。

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