第8話 アカトキの森 その2

 突如森の奥の方から聞こえてきた轟音、その正体を確かめる為に俺は音の鳴った方へと急いでいた。


 大木の上へとファンタジアロッドを使って登ると、上から目視して確認すると煙が上がっているのが見えた。


「あそこか、しかも…」


 木々の揺らめきから見てまだ移動を続けている、ということは何かが何かに追われているのだろうか。どのみち最初の轟音では対処出来なかったようだ。


「アーデン!」


 下からレイアの声が聞こえてきた。追いかけてくるのがやけに速いなと思ったらゴーゴ号に乗っていた。


 ファンタジアロッドを引っ掛けて大木を降りる、レイアの元へと着地すると見たままを報告した。


「そう…、で、アーデンはどうするの?」

「聞くまでもないだろ?助けに行く」


 レイアは肩を竦めて呆れたように首を振ると言った。


「後ろに乗って、案内しなさい」

「そうこなくちゃ!あっちだ!」


 俺はゴーゴ号に乗り込んでレイアに掴まると、騒ぎが起こっているであろう方向を指さして案内を始めた。




 少女はひたすらに走っていた。もう止まれないと分かっているからだった。後方からは魔物フューリーベアが追いかけてきていた。


 本当は俊敏さではフューリーベアが遥かに勝っている、しかし少女が逃走中に使用した爆破石の炸裂で前足に損傷を負った。だから少女はかろうじてフューリーベアに追いつかれないでいられた。


 しかしそれも長くは続かない、体力も少女よりフューリーベアの方が勝っている。尚且つアカトキの森の足場は悪く、木の根が張った地面や、落ち葉で足を取られそうになりながらの逃走だ、少女の体力は限界に近かった。


 その点フューリーベアはアカトキの森を根城にしている。そして強さで言えば、アカトキの森に生息する魔物の頂点にいた。つまり森全体が我が家同然である。


 例え前足を負傷していようとも少女を追いかけ捕らえるのになんら問題はない。フューリーベアは獲物を着実に仕留める算段もあり、付かず離れずの距離で追いかけ少女にプレッシャーを与えていた。


 だがそんな考えはあっという間にご破産となった。フューリーベアの目の前に現れたのは奇妙な乗り物に乗った二人組の男女、後ろに乗った男が不思議な棒を伸ばして少女の体を捕縛すると、今度は縮ませて少女を保護し乗り物の後ろへと乗せて走り出した。


 フューリーベアは怒りに我を忘れた。そいつは自分の獲物だ、しかも自分の体に傷をつけた敵だ、殺すのは自分だと闘争本能に燃えた。聞くものを恐怖させる唸り声を上げると、負傷も関係なく追いかけるスピードを上げた。




 助け出したのはこの森の奥にいるには似つかわしくない少女だった。てっきり奥に進みすぎて引き時を見失った同業者ぼうけんしゃだと思っていた。


「君大丈夫か?怪我はない?」


 全力で走っていた少女は返事が出来なかった。その代わりにコクコクと頷いて答えた。息を整える時間が必要だ、でも一先ず無事で良かった。


 少女は石板のような物を大事そうに抱えていた。それが一体何なのか、気になって彼女に聞く前にレイアが叫んだ。


「アーデンッ!まだ追いかけて来てる!!」


 すぐに後方確認すると、一段とスピードを上げたフューリーベアが怒りのままに追いかけてきていた。執着心が強いと聞いた事があったが、ここまでとは思わなかった。


「レイア!こっちはいいから兎に角走れ!全速力で駆け抜けろ!」

「分かった!あんたに任せるからね!」


 俺は前方の事はすべてレイアに任せて今一度フューリーベアを観察した。何故この少女が逃げられていたのか疑問に思っていたが、前足に大きな怪我を負っているのが見えた。これで追いかけるのに時間がかかったのか。


「ねえ君、あの怪我って元々ついてた?それとも君がやった?」


 ようやく一息ついて話せるようになった少女は答えた。


「わ、私が、咄嗟にこれを投げたの、ご、護身用にって渡されてたから」

「爆破石か…、よっしゃいいこと思いついた」


 俺はバランスを取りながら後方へと体を向けた。そしてファンタジアロッドを抜くと少女に言った。


「俺が合図したら爆破石を後ろに向かって投げてくれ、狙いはつけなくていい、ただ投げてくれるだけでいいから」

「え、でも…」

「大丈夫!俺を信じて!」


 俺は少女の肩をぽんぽんと叩くと行動を開始した。


 ファンタジアロッドを伸ばして鞭のようにすると、フューリーベアの鼻を狙って打撃を加えた。ピシリピシリと何度も何度も執拗に狙った。


 この程度の打撃ではフューリーベアを退けられはしない。寧ろ相手の怒りを煽るだけだろう、だがそれでいい。今はそれが必要だ。


 鼻に向けて攻撃を連打する、変幻自在のファンタジアロッドのお陰で距離を取ったまま攻撃が出来るけれど、フューリーベアは怒りで一段と速度を上げてきた。距離は少しずつだが縮まりつつある、しかしそれが狙いだとは気がつけなかったようだ。


「今だ!投げろ!」


 少女は俺の掛け声で後ろ目掛けて爆破石を投げた。しかし狙いをつけずにただ投げられた爆破石は、フューリーベアとは全然違う場所へと飛んでいく。


 だからフューリーベアは爆破石を無視した。一度はその威力に負傷を負ったが、今は脅威でないと判断した。ただしその判断は間違っていた。


 重点的に攻撃を加えた鼻は軽微ではあるが負傷した。しかしそれを無視してフューリーベアは走る速度を上げた。だから必然的に口を開けるしかない、呼吸をする為に口を開けるしかないからだ。


 俺は投げられた爆破石を伸ばしたファンタジアロッドで掴んだ。そのままフューリーベアの開いた口に爆破石を突っ込んだ。爆破石は外からの強い衝撃や専用の魔法によって爆破する魔石だ、フューリーベアの咬合力ならば爆破石を噛み砕くのに十分過ぎる。


 開いた口、突然突っ込まれた爆破石、怒りによって退行した思考力、フューリーベアは爆破石を噛み砕いてしまった。その瞬間カッと辺りが白んで、強烈な炸裂音に爆風が襲いかかってきた。


 森の出口付近まで出てきていた俺達は、後方からの爆発の衝撃でゴーゴ号から投げ出された。俺はファンタジアロッドを伸ばすと、レイアと少女、そして自分の体を保護するように全身を包み込んだ。


 衝突の衝撃を抑える為に柔らかくしたファンタジアロッドのお陰で、三人共何の怪我もなく着地する事が出来た。アカトキの森とフューリーベアから安全に脱出出来た俺達の耳に響いたのはレイアの悲鳴だった。


「ギャアアア!!ゴーゴ号が!!」


 爆風の衝撃の為かゴーゴ号がバラバラになってしまっていた。フューリーベアに勝って少女を救い出せはしたが、手痛い代償は負ってしまった。


「まあまあ、こうして生きてはいたんだし」


 俺がそう声をかけると無言で頬を叩かれた。これはマジギレだ、俺はすごすごとレイアから引き下がるのだった。




 ゴーゴ号の修理の為に俺達はキャンプをして一日夜を明かす事にした。レイアは自分専用のテントにゴーゴ号の部品と一緒に閉じこもっている、作ったご飯は綺麗に食べてあったから怒りは収まってきたようだ。


「はー肝が冷えた」


 俺は焚き火の前に座っている少女の対面に腰を下ろした。お茶をマグカップに入れると少女に手渡した。


「あ、ありがとうございます」

「熱いから気をつけて」


 少女は口につけた瞬間アチッと声を上げながらも、ゆっくりと冷ましながらお茶を口に含んだ。それを飲み込むとほっと息を漏らした。


「あの、えっと大丈夫ですか?」

「ん?ああ、レイアの事か。気にしない気にしない、多分明日にはゴーゴ号も修理して機嫌もよくなってるから」

「そ、そうなんですか?」

「長い付き合いだから何となく分かるんだよ。レイアも一生懸命作ったゴーゴ号が壊れたのがショックだっただけで、君を助ける為には仕方なかった事だとは思っているから」


 レイアが俺に任せると言ったという事はそういう事なんだ。それを俺はよく分かっている。


「そう言えばまだ自己紹介もしてなかったな。俺はアーデン・シルバー、今テントに籠もっているのがレイア・ハート。まだまだ駆け出しだけど二人共冒険者、そっちは?」


 俺は冒険者タグを見せて自己紹介した。少女はそれを受けて姿勢を正すと俺に言った。


「申し遅れました。私はロゼッタ・アビスと言います。考古学者で、主に遺跡とアーティファクトを生み出した文明を研究しています」


 考古学者ロゼッタ。何故アカトキの森でフューリーベアに襲われていたのか、分からない事はまだ多いが、取り敢えず無事助ける事が出来てよかったと胸をなでおろした。

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