第6話 シェカドの宿屋

「絶対嫌っ!!」

「気持ちは分かるけども…」


 俺とレイアは絶賛宿について揉めている最中だった。まず活動の拠点となる宿をと話し合って決めたのだが、そこそこいい値段がするので迷っていた。


 安く大部屋で済ませる方法はあるが、人見知りのレイアには耐えられない。しかし背に腹は代えられないという事情もある。路銀だって母さん達から貰った分はそこそこあるが、贅沢に使っていける程余裕はない。


 困った事に話がまとまらずぎゃいぎゃい二人で騒いでいると、道行く男性に声をかけられた。


「おい、あんまり騒ぐもんじゃないぞ。迷惑がかかるだろ」

「ひょえっ!ごめんなさいっ!」


 謝罪だけすると、ヒュっと勢いよく俺の背中にレイアは隠れた。蓄えられた髭に切れ長の細い目、髪の毛は剃ってあり大柄な体格も相まって威圧感があった。レイアが隠れるのも無理ないか。


「すみません騒がしくして。迷惑ついでにちょっと聞いてもいいですか?」

「…まあ私に答えられる事なら」

「ありがとうございます。俺達冒険者なんですけど、連れのこの子は見ての通り人見知りでして、雑多に寝泊まり出来るような宿は駄目なんです。何処か丁度いい宿屋知りませんか?」


 ダメ元ではあるが聞いてみた。迷惑かけちゃったし適当にあしらわれるかと思っていたが、結構真剣に考え込んで提案してくれた。


「私が経営している宿屋はどうだ?ギルドとは提携していないが、一部屋なら安く貸してやる」

「いいんですか!?」

「ああ、元々冒険者相手に長い間貸してた部屋だったんだが、丁度最近空いてな。また長期滞在者が入るなら私としても助かる。一部屋だし、片付けと掃除がまだだからそれを手伝うなら割り引いてやれるぞ」


 願ってもない提案だった。俺もレイアもその話にすぐに飛びついた。提示された金額が手頃で良心的で丁度よかった。


 道すがら互いの自己紹介を済ませた。宿屋の主人の名前はガイさんと言い、小規模ながらも代々続く宿屋を引き継いだらしい。お嫁さんのシンシアさんと一緒に切り盛りしているそうだ。


「しかし私が言うのもおかしな話だが、こんなに簡単に決めてよかったのかい?」

「ええ寧ろ渡りに船ですよ。俺なんて別に最悪屋根さえあればいいかなって思ってたくらいだし」

「それは…、レイアとは違った意味で心配になるなアーデンは」


 ガイさんの言葉の意味が分からずにいると、レイアがぼそりと「原始人」と呟いた。


「何だとレイア!大体お前が文句ばっかり言うからだな!」

「仕方ないでしょ!嫌なものは嫌なんだから!」

「…君たちはすぐに喧嘩を始めるが、それで相部屋なのはいいのかい?」

「「それは別にいいけど」」


 二人の声が揃うとガイさんは肩をすくめて笑った。


「仲がいいのやら悪いのやらだな」


 そうこうしている内にガイさんの宿屋へと到着した。中に入り迎えてくれたのは話に出てきたシンシアさんだろう。


「あらあんた。買い物に行っただけじゃなく、こんな可愛らしいお客様も連れてきたの?」

「成り行きでな、仮免許だが冒険者だ」

「初めまして!俺はアーデン・シルバー、こっちは仲間のレイア・ハート。宿屋の事で揉めてた所をガイさんに助けてもらったんです」


 レイアは俺の紹介に合わせてお辞儀をした。ガイさんはシンシアさんに言った。


「あの空いた部屋あるだろ。使わせてやろうと思ってな」

「ええ、でも一部屋よ?」

「相部屋で構わんらしい。片付けと掃除を手伝う約束で割り引いてやる事にした」

「まあ。こっちとしては助かるけど、アーデン君とレイアちゃんはいいの?」


 シンシアさんにそう聞かれて俺達は答えた。


「寧ろ助かります。その程度朝飯前ですよ!」

「わ、私もです。大部屋とか避けられたし」

「そうかい。そう言うならこちらとしても文句はないさ、早速部屋へ案内しようかね」


 そう提案されたが俺はレイアだけを先に行かせて、一旦留まった。ガイさんに聞きたい事があったからだ。


「ガイさん。ブラック・シルバーを知っていますか?」

「お前の名前を聞いた時にまさかとは思ったが、もしかして…」

「ええ、俺の父さんはブラック・シルバーです。俺が冒険者になると決意した理由も、この冒険の目的の一つも父さんを探す事なんです」


 レイアは俺の背に隠れていたから気が付かなかっただろう、しかし俺は自分の名を名乗った時にガイさんの眉がぴくりと反応した事を見逃さなかった。


「不思議なもんだな、縁ってのは」


 俺はガイさんに促されて宿屋のカウンター席に座った。ここで飲食の提供をしているらしく、ガイさんはエプロンを身に着けて作業しながら話始めた。




「ブラックの事はよく知っているよ。何せあいつはこの宿屋の客だったからな」

「そうだったんですか!?」

「ああ、この辺で活動する時にはいつもうちを利用していた。何でもっといい宿を取らないんだって聞いたら、飯が美味いからって答えてたよ」


 ガイさんはあまり感情を表情に出さない。しかし今父さんの話をしていた時は、何だか少し楽しそうな雰囲気を感じた。


「だからさっきアーデンの顔を見た時思わず声をかけた。勿論最初はただ注意だけしようと思っていたんだがな、あまりにもお前がブラックに似ていたからつい話を聞いちまったよ」

「それ母さんも言ってたな、父さんに似てきたって」


 俺がそう言うとガイさんはふっと口元を緩めた。固い笑みではあったが、優しい顔だった。


「ブラックと初めて会った時、私もまだ若くてな。それでもブラックよりは年上だったけれど、年を取っても馬鹿な奴はいる。私がそれだった」

「想像もつかないけど」

「私はこの街でくすぶっていた悪を集めて色んな人に迷惑をかけて回っていたよ。自分たちがこの街で一番強いと言って憚らなかった。道行く人に難癖つけたり、冒険者相手に盗みをしたりな」

「もっと想像つかないなあ」

「ある時、いつものように集団で悪さをしていた私達は、歩いていた人に態とぶつかって難癖をつけていた。それを止めに入ったのがブラックだった」


 ああ、ガイさんの昔の姿は想像出来ないけれど、この後の父さんの行動は想像がつくと俺は思った。


「ブラック一人に私達は十人いた。喧嘩慣れしている奴もいたのに、一人残らずブラックにボコボコにされたよ。弱い者いじめはやめろと言われてね」

「やっぱりそうなりましたか」

「その後はこうだ。それはそれとして宿屋を知らないかって聞かれてね、悪ガキの一人が私の家が宿屋をやっているとバラして、ブラックは私の襟首を掴んでこの宿屋まで案内させた。仲間だと思ってた悪ガキ連中は、私を見捨てて全員逃げたよ」


 どれだけ派手にやったのかまでは分からないが、恐らく相当トラウマを植え付けるくらいにはやったんだと思う。


「しかしね、私はブラックに感謝しているよ。その時出て行ってから初めてこの宿、つまり実家に戻ってきたんだ。親父に殴られてお袋に泣かれて散々だったけど、意固地になって家に帰れなくなっていた私を帰してくれた。成り行きだったけれどな」

「…そうだったんですね」


 俺の知らない父さんの事を聞けた。偶然の出会いだったとは言え嬉しかった。父さんの生きてきた足取りを辿れているような気がした。


「ブラックは何十年分かの料金をどかっと渡してな、ここの宿屋に決めたと言ったよ。そして親父とお袋に、私に宿屋の仕事を教えてやってくれと頼んだんだ。元気は有り余っているようだからきっと上手くやれるようになるって言ってな」

「ガイさんはそれを受け入れたんですね」

「ああ、何せ俺への授業料だってブラックは多めに料金を渡したんだ。自分は色々な場所へ行きたいから沢山家が必要だと言っていた。そして私にその家の一つとなってくれと言われたよ」


 ガイさんは目を細め、少し遠くを見つめて言った。


「ここを拠点にして活動するブラックと関わっている内に、私もすっかり宿屋の主人としての力がついてきた。ここを帰ってくる家の一つに出来たのは嬉しかったよ」


 嬉しそうにそう語っていたのに、今度は寂しそうになって言った。


「だが、もう奴の前払いした料金も尽きた。空いた部屋ってのはその事なんだアーデン。ブラックがいなくなってからもずっと貸し続けた部屋が空いてしまったんだ」


 前払いの料金が尽きたのか、しかしそれでもずっと父さんが帰ってくる場所をガイさんは守ってくれていたという事だ。それは宿屋としての矜持もあるだろうけど、友人としてそうしてくれたんじゃないかって俺は思った。


「じゃあ良かったですよガイさん」

「うん?」

「俺はこの冒険で父さんを見つけてくるつもりですから、きっとまた俺が会わせますよ。だからこの宿屋の部屋を借りられてよかった。帰ってくる場所を俺が引き継ぎますよ」


 俺が胸を叩いてそう言うと、ガイさんはふっと笑った。


「そうだな。じゃあこれ食って元気をつけろ、明日は冒険者として初仕事をするんだろう?」

「やった!ありがとうございます!」


 目の前に置かれた料理を俺はガツガツと食べた。お腹が空いていたのもあるが、手が止まらない一番の理由はこれだ。


「美味いっ!美味しいですよガイさん」


 ガイさんは俺が食べる様子を懐かしそうに眺めていた。何か気の利いた事の一つでも言えたならと思ったが、美味しいご飯に手が止まらなかった。

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