第4話 次の目的地

 俺とレイアは最後の荷物確認をした。旅立つ為の準備は万端だ、二人で顔を見合わせると同時にうんと頷いた。


「俺は伝説の地へ行って父さんを越える冒険者になる。そしていなくなった父さんを見つける」

「私はまだ見たことのないアーティファクトを沢山見る。それを研究して、私の手でアーティファクトを越える物を発明する」


 同時にニッと笑みを浮かべると拳を突き合わせた。小さな頃からのお互いの夢、それを叶える為に俺達は冒険者になった。俺達は見送りに来てくれたお互いの家族に向き直ると手を振った。


「行ってきます!」

「私絶対アーティファクトより凄いもの作ってみせるから!待ってなさい!」


 俺達は皆の姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。段々と遠ざかっていくにつれ、レイアが静かにすすり泣いていたけれど、それを茶化す事はしなかった。決意の涙だ、かっこいい涙だ。


 広い世界に旅立つ二人、空から俺達の姿を見る鳥には小さく見えるだろうけど、心に秘めた夢は誰よりもでかい自信があった。




「よしっ!じゃあ行くわよアーデン!」

「ああ、計画通り最初はここから東にあるシェカドに行こう。何度か野宿するけど、三日も歩けば着くだろ」


 俺がそう言うと、レイアは大きなため息をついて苦言を呈した。


「あんたね、私がちんたら歩くと思ってんの?」

「は?だって馬車とか使わないってお前が言ったんだろ」

「ええ、そんなものよりもっといいものがあるからね」


 レイアは開けた場所を見つけると、持ち出してきた道具を広げ始めた。その道具の量はとても鞄に収まるものではなかった。


「お前それ、もしかしてアーティファクト?」

「流石に私もこれを発明は出来ないわ。旅立ちの餞別にってお父さんとお母さんがくれたの。どんな大きさの物も収納出来るディメンションバッグ!」


 本当にどんどん出てくるのでぽかんと口を開けて眺めていたが、あることに気がついて指摘した。


「じゃあレイアもホルダーって事?何で実技の時居なかったの?」

「ああ、それね。これは非武装型アーティファクトって呼ばれて、冒険者ギルドの管轄外なの。だから登録どころか申告する必要もないのよ」


 そうだったのか、やけに荷物が少ないので大丈夫かなと思っていたらそんな理由があったなんて思いもしなかった。レイアとはいえ女の子の荷物をジロジロ見る訳にもいかなかったので納得して安心した。


 しかしついには工具まで取り出して作業を始めてしまった。こうなっては俺はもう何かが完成するまで待つしかない、俺は少し離れた場所で膝を抱えて座って待った。


 ガチャガチャと音を立てていそいそと作業をするレイア、次々に組み上がっていくそれは、前後に車輪がついている珍妙な物だった。


「よっし!出来た!」

「それで完成?」

「ええ!ずっと前にお父さんから見せてもらった文献に記載されていたアーティファクトから着想を得て発明した渾身の一品!名前はそうね…いくつか候補があるのだけど…」


 ぶつぶつと独り言を言い始めたレイアをよそに、俺は完成したそれの椅子らしき所に座って取っ手を握った。


 その瞬間ブオンッと大きな音が鳴り、手元にある画面にぱっと明かりがついた。自立を保つ為の支えが自然と外れて中に収納されると、足の置き場所が出てきた。


「おおー!」


 右手の取っ手が動くみたいだ、ぐいっとひねると車輪が動いて体がすごい速さで動いた。風と一体化したみたいな感覚に心が躍る。


「うわー!すげー!これすごいぞレイア!」

「…そうねやっぱり元となったアーティファクトから…、ってあんた何勝手に乗ってんのよ!」


 自由自在に曲がれるし止まれる。革新的な乗り物だこれは。


「めっちゃ面白いぞこれ!」

「馬鹿!早く戻ってきなさい!」

「はーい」


 戻る道に少し小高くなった場所があった。いいことを思いついた俺は、そこ目掛けて目一杯スピードを出すと、勢いをつけて飛び上がりレイアの近くに着地した。その際の衝撃もまったくない、乗っている時の揺れもなく快適だ。


「あー楽しかった!」


 俺がそう言うとレイアにぽかんと頭を叩かれた。


「何すんだよ!」

「こっちのセリフよ馬鹿!まだ禄に説明もしてなかったでしょうが!」

「レイアが一人で考え込むと長いんだもん!」

「だからって危ないでしょ!よく分かってないものに乗り込むな!」


 しばらくムムムとにらみ合ったが、先にレイアがため息をついて折れた。


「ま、確かにあんたから目を離した私も悪いわ。それに図らずも耐久性のテストも出来たみたいだし。乗り心地は?」

「最高」

「悪路でも問題ない?」

「まったく揺れないし止まらない」

「じゃあ私の設計通りね。ほら、荷物積んで。それに乗って移動すればあっという間に着くでしょ?」


 移動手段としてこれを用意していたのか、なんとも用意周到だと俺は納得した。レイアに言われるがままに荷物を席の後ろへ積み込んだ。その作業をしながら各部位の名前や操作方法を教わった。


 そして最後の問題が残った。一番重要な事だ。


「運転は俺だ!」

「いや開発者の私よ!」


 それはどちらがハンドルを握るのかという事だった。一番重要で、一番譲れない事だ。また睨み合いを続けた俺達、今度は俺から提案した。


「じゃあどっちが上手に乗れるかで決めようぜ!あそこの木まで行って帰ってくるまでの時間を計ろう」

「言ったわね!私が開発者何だから私が一番上手に乗れるに決まってるでしょ。精々吠え面をかかせてあげるわ!」


 そう言ってレイアは乗り込んだ。しかし一向に走り出す様子がない、ビタッと止まって動かないので大丈夫かと覗き込もうとした。


 次の瞬間、前輪が大きく浮かび上がって後輪がギャリギャリと音を立てた。放り出されたレイアを受け止めると、体が固まったままの彼女に言った。


「運転は俺だな?」


 ぽかっと弱々しく殴られた。レイアに残された最後の抵抗だった。




 後ろにレイアを乗せて街道を走る。風を切る感覚が心地いい。


「そう言えばこれなんて名前なの?」

「候補は色々あるんだけどね、いまいち決めきれなくって」

「じゃあゴーゴ号だ」

「えぇ…」

「速そうでいい名前だろ?」

「はぁ…、決めかねてたしそれでもいいか。しっかり運転しなさいよ」


 俺は返事代わりにアクセルを回してスピードを上げた。ゴーゴ号なら目的の街シェカドまで今日中に到着する事が出来るだろう。


 最初の目的地シェカド、俺達の住むファジメロ王国より規模は小さいが立派な都市だ。各地を結ぶ交通の要所で、一国の統治下には置かれず領主による自治が行われている。


 旅を始めるならまずシェカドと言われるくらいに有名で重要な場所で、父さんが残した手記や、活躍を物語にした冒険譚の中にもよく出てくる。


 父さんは冒険に行った場所では必ず手記を書いていた。そういう習慣だったのか性格だったのかは知らないが、意外にも筆まめだったようで父さんの手記には様々な国の色々な事が書かれていた。


 しかし手元に残った手記のページはそう多くない。信じられない事に、酒で酔っ払った父さんが各地で賭けの代金代わりに手記を渡してしまったり、ツケの払いに使ったりとずさんな管理をしていた為穴だらけだった。


 それを元にして父さんの冒険譚は本となり、多くの人に知られる冒険者となったが、物語で描かれる父さんの姿と本当の事実を思うとあまりに情けないと思う。よく賭け金の代わりになったものだと呆れてしまう。


 とはいえ俺の目的の一つは父さんを探す事。その為にも父さんが旅した足跡を辿る事が重要で、欠けた手記が見つかれば伝説の地への手がかりにもなりうる。だから俺達は最初に訪れる街をシェカドに決めた。父さんが自分の家の次によく訪れた街だからだ。


「あっ!アーデン見えてきたわ」

「ん?おお、あれが」


 シェカドの街にそびえ立つ大きな時計塔が見えてきた。あれは街のシンボルの時計塔だ、歴史は古く長く、正確な事は分かっていないが街が出来る前からそこにあったともされている塔だ。


 ここでは一体どんな冒険が待ち受けているのか、逸る心を抑えきれず俺はまたゴーゴ号のスピードを上げた。

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