第3話 旅立ちに

 新人の教育、中でもホルダーという特殊な人材担当のサラは試験に挑む少年を見て考えていた。


 サラは経歴をすでに把握している。アーデンという少年はあの伝説の冒険者ブラックの実子である、その実力の程はギルド中が注目していた。


 キラーエイプ。猿に似た魔物、比較にならない大きな体格に運動能力。機敏ながら膂力も高く、攻撃の手段も多彩で殴りに蹴り、噛みつき等の直接的な行動から、太い木の枝を武器として用いたり投石によって牽制する行動も知られている。


 知能はそれほどでもないが、数が揃えば脅威となり。例え一匹であっても油断はできない。木の上からの飛びつきで奇襲するという攻撃方法もある。手数の多さはそれだけで武器となる。


 アーデンの持つファンタジアロッドの特性をサラは分析していた。アーティファクトは持ち主が把握しきれていない能力も隠されている。だからその時点で身の丈に合った使い方が出来ているのかを見極める事が重要であった。


 対応力の高さや攻撃手段の豊富さが期待できそうだとサラは考えていた。その対応力を見るという点でキラーエイプはうってつけだった。危険性は高いが、いざとなれば自分がすぐに対処すれば大丈夫だという前提があった。


 まだ冒険に出た事のない少年だ、勝てなくとも工夫を見せて貰えればいい。サラはそう考えていた。しかしその予想は裏切られる事となる。


 先に動いたのはアーデンだった。木の枝へとロッドを伸ばしそれを掴むと、収縮させる勢いに乗って枝の上へとアーデンは乗った。


「あー、乗っちゃったか…」


 臨戦態勢を取っているキラーエイプ、木の上は魔物のホームと言っていい。間違いなく運動性ではアーデンが劣っていて、木の上へ上がる事は悪手だとサラは思っていた。事実キラーエイプは枝の振動を感じ取っていて、すでにアーデンに迫っていた。


 これはすぐに自分の出番になってしまうかとサラは準備をしかけた。しかしアーデンは予想外の行動に出た。


 少し細めの木にロッドを巻きつけるとアーデンは地面に飛び降りた。飛び降りる落下の勢いで巻きつけられた木は大きくしなった。着地と同時にロッドは木を離し元の形に戻った。


 しなっていた木は勢いよく元に戻った。そしてそこにはキラーエイプがいた。アーデンを仕留めようと向かっていたキラーエイプはその動きを止める事も出来ずに戻ってきた木にぶつかった。


「ギィイイッッ!!」


 鞭の如くしなりをつけた木の一撃はキラーエイプに著しいダメージを与えた。バランス感覚を失い登っていた木から落ちる、立ち上がり態勢を直したアーデンはその隙を見逃さなかった。


 落ちるキラーエイプの足目掛けてロッドを伸ばし捉えると、腕の力だけでなく思い切り体を捻り空中のキラーエイプの体をぐるりと回転させた。落ちながらの回転によって上下左右の方向感覚を失ったキラーエイプは、頭から地面へと落ちた。


 木の上から落ちた程度で死にはしないキラーエイプだが、流石にこの落下で気絶してしまった。アーデンはふうと大きく息を吐き出すとサラに言った。


「はい討伐完了です!」


 あまりにいい笑顔でそう言うのでサラは少々面食らってしまった。気を取り直しこほんと一つ咳払いする。


「まだキラーエイプは死んでいないようですが?」

「でも俺討伐の達成条件を聞いていません。もしこれが調査の為の捕獲依頼等だったら勝手に命まで取っちゃまずいかなって」


 確かにサラは討伐しろとまでしか言っていなかった。確かに討伐依頼の中には、捕獲または素材確保の為に必要以上に傷をつけないという条件のものもある。アーデンはテストを意識して、最初から無力化する事を念頭に置いて事に当たっていたのだ。


 サラはアーデンの判断が過剰であるとも思った。もっと素直に言葉を受け取ってもいい、しかし先を見据えるその姿勢には好感が持てたし、テストの内容も申し分なかった。


「それにこれアーティファクトで作った空間ですよね。魔物も本物じゃない、本物と同じ実力はあっても作り物です。俺こういうのに詳しい友達がいるので分かるんです」

「成る程ね…これは中々、評判以上の子になりそうじゃない」


 サラは手元にあるダイヤルを回して部屋を元に戻した。同時にキラーエイプの姿も消えて、アーデンの言っていた事が正しいと示した。




「よし!アーデン・シルバーさん。ホルダーとしてのテストは合格です。後は実技の方ですが、こっちの試験で時間を取る分ある程度免除される項目があるのでそちらで確認してください」


 俺はサラさんの前だけど嬉しくって諸手を挙げて喜んだ。本当はやったと叫びたい所だったけれど、それは我慢した。


「ふふっ良かったですね」


 サラさんが笑顔でそう言うので、俺は慌てて手を引っ込めた。ちょっと恥ずかしい。


「す、すみません。つい」

「いえいいんですよ。しかし思いもよらない方法で対処しましたね、どのタイミングでああするつもりだったんですか?」

「最初からですかね、木から降りてこなかったので俺が我慢出来なくなっちゃっておびき寄せようって」


 木の上から降りてこないのは、そこが一番戦いやすいと知っているからだと思った。ならばそれが絶好の餌になると考えた。思ったより上手くいってよかったなと今になって少し安心した。


「そうですか。成る程、ありがとうございました。ではこの合格書を持って実技試験に合流してください」

「こちらこそありがとうございます」

「いいですか?最初にも言いましたが、アーティファクトはトラブルの元となる可能性が高いです。ホルダーはその力に驕ることなく、そして力を乱用しないようにコントロールしてください」

「はいっ!」


 俺は返事をしてサラさんから書類を受け取ると、その場を後にした。試験に合格出来た事は嬉しいけれど、サラさんの言う通り気を引き締めなければいけないなとベルトに下げたファンタジアロッドをぱんぱんと叩いた。




 テストの結果はその日に告知される。レイアと、他の多くの受験者と一緒に合否の発表を待った。


「よっしゃ!俺もレイアも合格だ!」

「ふふんっこれくらい当然でしょ」

「そんな事言って嬉しいくせに」

「う、うるさい!早く仮免許貰いに行くわよ!」


 怒りながらも足取りが浮ついているレイアの後に俺は続いた。気持ちは俺も一緒だった。


 冒険者の試験に合格すると、まず仮免許が発行されてギルドに登録された冒険者として認められる。そして依頼等を受けて実績を重ねる事で、冒険者の等級が上がっていく。


 仮免許は一番下、まだまだ見習い。でもその期間が終われば4級、次に3級、2級、準1級、1級となる。実績と信頼を重ねていけば、冒険者としても認められていくという事だ。


 もっと活躍する人にはその上の等級が授けられると父さんから聞いた事がある。赤銅、白銀、黄金、しかし黄金は父さんが貰って最後となり、ずっと空位になってしまっているそうだ。父さんより活躍した冒険者となるとハードルが高すぎるのだと思う。


 でもいつか俺も黄金まで登りつめたい。父さんを越えるには父さんと同じ所までいかなくっちゃ。それがいかに難しいと分かっていても俺の夢だから。


 ギルドから貰ったタグを握りしめて俺は家に帰った。そして仕事から帰ってくる母さんの為に晩ごはんの支度をする、浮かれ気分だったからより一層気合も入った。


 作りすぎたご飯を前にして呆れる母さんに、俺はギルドから貰ったタグを見せた。母さんは喜んでよくやったと褒めてくれた。


 けど同時に少し寂しそうな表情を浮かべていた。これは俺が旅立つという証でもあるからだ。認めてくれたとはいえ、母さんにとっては複雑な気持ちなんだと思う。


 旅立ちの決意は固めた。だからもう俺は揺らがない。ただ、冒険に出る以上俺だって父さんと同じようにこの家にもう帰れなくなるかもしれない。母さんを一人にしてしまう可能性を考えると心苦しかった。


「やっぱり父さんにそっくりになってきたわね」

「え?」


 突然の言葉に驚いた。顔を上げて母さんを見ると、もう寂しそうな表情はなく。優しい微笑みを浮かべていた。


「あなたには見せなかったけれど、父さんは冒険に出る前私には今のアーデンと同じような表情をしていたわ。帰ってこれない事を考えたんでしょう?」

「う、うん」

「不思議ね。あなたの父さんは強くて逞しくて、冒険では絶対に死なない人だと思っていた。あの人、自分でもそう言うのよ」


 自信家だったから父さんならそう言うかもしれない。しかも何の疑いもなく自分の事をそう信じていただろう。


「それでもこの家を出る時は不安そうな顔を見せたわ。自分の生き方は変えられないけれど、大切な家族を置いて出ていくのは辛かったのよね」

「そうだったんだ…」

「だから私も、父さんと同じようにアーデンを送り出さなきゃね」


 母さんは立ち上がって俺に近づくと、両手で俺の頬を包み込むように触った。手の温度が伝わってきて温かい。


「アーデン、あなたの夢を追いなさい。私はそんなあなたの姿が大好きよ」


 言葉で答える事が出来なくて俺はただ頷いた。鼻をすすって出来うる限りの笑顔を母さんに向けると、それを見て安心したように母さんも笑った。

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