第2話 ホルダー

 冒険者ギルド、それは冒険者達と世間を繋ぐ潤滑油、ともすれば無法のならずものとなりうる冒険者に一定の社会的地位を確保する為の組織である。


 ギルドは登録している冒険者に対して、仕事の斡旋や宿泊施設の確保、食事の提供など活動の下支えを行う。


 更に冒険者が引き起こす諸問題への対処や、軋轢の解消、トラブルの仲裁もギルド員がその任を負っており、冒険者の権利と社会的地位を保証する活動を行っている。


 冒険者ギルドに登録した冒険者は、ギルドの定めたルールに則る必要があり、それを守らない者は厳重に処罰される。犯罪を犯せばその国に引き渡され司法の裁きを受けるし、ともすれば賞金首として冒険者達から狙われる事にもなる。冒険者の自由とは、ルールの上で成り立っている。


 しかしギルドに所属する事によって活動が強く制限される事はない。寧ろ所属冒険者であれば、国によって立ち入り禁止とされている地域にも合法で入る事ができ、最低限の装備を街中でも装着する事を許される等、活動は格段にしやすくなる。


 冒険者ギルドの存在のお陰で、冒険者はただの無頼人ではなくなり。世間一般に受け入れられる職業として成り立っているのである。




「はい、筆記試験お疲れ様でした。休憩時間の後実技試験がありますので、指定された時間までに会場にお移りください」


 試験官の言葉でやっと開放された俺は机の上にドサッと倒れ込んだ。だらしなく開け放たれた口から生気が失われていくようだ。


「まったく。あれだけ準備しておいて何で筆記試験の存在を忘れてるのよ」

「レ…レイア…」


 移動してきたレイアが目の前に立った。呆れ顔で俺の事を見下ろしている。


「と、父さんから聞かされてなかったんだよぉ」

「あの人は特別よ。そもそも最初はギルドに所属すらしてなかったんだから」


 父さんは何よりも自由を愛した。だから規則に縛られる事を嫌い、自由に何処までも冒険にでかけた。言い換えれば不法侵入を繰り返す犯罪者でもあるが、父さんは行く先々で人々を助けていた為、ずっと見逃されてきた。


「ブラックさんは自由にさせてた方が人の為になってたのよ。頼み事だってギルドを通す必要がないし、色んな国の王族とのコネもあったって聞いた事あるわ」

「何か人助けしてる内に仲良くなったらしいよ」

「つくづく規格外ねあなたのお父さん」


 まあそんな父さんも最後にはギルドに登録される冒険者となった。母さんと結婚する時にギルドに駆け込んで入れてくれって頼んだと聞いた事がある。そのまま所属できたと聞いていたからそんなものなのかと思っていた。


「一夜漬けだったけど、これで分かったでしょ?どうして冒険者なんて不安定な職業が世間に認められているのかって」

「色んな人が手を回してくれていたんだなあ…」

「…筆記、大丈夫でしょうね?」

「それは問題ない。レイアが教えてくれたし」


 俺は自信を持ってそう答えた。実際手応えも十分にあった。レイアはため息をついて首を振っていたが、表情は何処か自慢げだった。


「それより実技は大丈夫なのか?俺はそっち問題ないけど」

「私はあんたと違って準備がいいの。この日の為に開発したガジェットがあるわ、持ち込みの確認も取ってあるし問題なし。さ、早めに行きましょう」


 それなら問題ないなと俺も立ち上がってレイアの後に続いた。




 会場に着いて受付を行うと、俺の名前を見て係の人があっと声を上げた。


「君がアーデン・シルバーさん?」

「えっ?あっはい。そうです」

「あなたはアーティファクトホルダーですね?ホルダーの方はこちらへお願いします。別講習がありますので」


 一応レイアの方を見やると、早く行けと手でしっしっと追い払われた。べーっと舌を出して無言の抗議をした後、俺は係の人と一緒に別の場所へと移動した。地下にあってとても広い、高い天井に奥行きのある部屋だった。


 ホルダーはどうやら今回俺一人のようだ。他に誰もいない場所につかつかと女性講師が入ってきた。


「どうもこんにちはシルバーさん。私はサラ、冒険者ギルドの中でホルダーを担当する職員です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」


 サラさんがピシッと頭を下げて挨拶するものだから、つられて俺もピシッとして挨拶を返した。


「元気があっていいですね、好印象です。真面目で誠実な態度と仕事ぶりは相互理解の一歩です。シルバーさんは問題なさそうですが覚えておいてください」

「はいっ!」


 俺の返事ににっこりと笑って返すと、サラさんは話し始めた。


「ではシルバーさん質問です。アーティファクトとは何ですか?」

「はい。ダンジョンと化した古代遺跡から時折見つかる道具です。まだ解明されていない謎が多くその正体は不明ですが、特別な力を持った武器防具である事が殆どです」


 これは一夜漬けで覚えるまでもない知識だった。散々レイアから聞かされてきた事だし、ホルダーとして覚えておくようにと母さんからも散々教えられた。


「素晴らしい回答です。知識は十分なようですね。シルバーさんの仰った通り、アーティファクトには絶大な力が秘められています。故にアーティファクトを持つ者は高い戦闘能力や特殊能力を持ち合わせており、持たざる者と区別する為ホルダーと呼ばれます。ではシルバーさんのアーティファクトを見せてください」


 俺は腰のベルトに装着してある、護拳の付いた剣の柄部分だけのものを取った。このままではただの柄だが、俺の意思を読み取るように鍔から青白色に光り輝く棒が伸びて出た。


「ふむ、これは…」

「名前はファンタジアロッドと言います。父さんがくれた物で、俺の宝物で相棒です。伸縮自在で硬度も変化させる事ができます。形もサーベルのように変化させたりできますが、あまり元の形から逸脱した物には変えられません」


 試しに俺はロッドを伸ばしてみた。天井に届くくらいに伸ばした後、今度は柔らかくしてふにゃりと手元に落として受け止めた。変幻自在で千姿万態、これが俺のファンタジアロッドだ。


「成る程、どんな状況状態にも対応出来る万能武器という事ですか。しかしこれだけではないでしょう?」

「はい。光る棒は超高密度なマナで構成されていて、そのエネルギーを使って相手を溶断する事も可能です。危ないからあんまり使わないんですけどね」

「それも自分の意思で調節が可能だと?」

「そうです」


 サラさんは俺から聞き取った事やファンタジアロッドを観察して得た情報を、手持ちの資料にどんどんと書き足していった。一通りの確認作業を終えると、サラさんは言った。


「ホルダーはアーティファクトと一緒に登録するのが義務です。しかしアーティファクトはギルドの管理下に置かれる訳ではなく、あくまでも自己責任で自らが管理する必要があります」

「はい」

「盗難や強奪、様々なトラブルに見舞われる可能性があるのがホルダーです。持ち主を殺して奪うというのも残念ながら稀にあります。そしてアーティファクトが悪人の手に渡る事となったらギルドがその責任を負う事となります。ですからホルダーには、それを持つに相応しい実力があるのかテストする必要があるのです」

「分かりました。どんなテストですか?」


 準備してくださいとサラさんに言われる。何の準備だと思っていると、サラさんは手元にあるダイヤルのようなものを回した。すると部屋の中がガラリと姿を変えて、密林広がる場所へと変わった。床も土へと変わり、蹴り上げると土埃が舞う。


 そして密林の中に何かが潜んでいるのが分かった。ビリビリと肌を刺すような緊張感がある、そいつは息を潜めてジッとこちらを伺っているようだった。


「この密林タイプの訓練部屋には、熟練の冒険者でも遅れをとる事のある魔物キラーエイプがいます。あなたのテストはこの魔物を討伐する事、アーティファクトの力を存分に使って構いません。危険と判断した時には私が助けに入りますが、気を抜かないように」


 成る程わかりやすい。俺はこういうテストの方がいいんだ、ぐっぐっと体を伸ばしてファンタジアロッドを構えると、俺はサラさんに言った。


「いつでもいけます」


 またしても手元のダイヤルを弄ると、今度は興奮したキラーエイプの叫び声が聞こえてきた。ひりつく戦闘の空気に流れる緊張の汗を俺は拭った。

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