レジェンド&ドリーマー 秘宝を巡る夢追い人達

ま行

第1話 始めの一歩目

 この世界エーテリアには古くから伝わる伝説の地が存在する。そこにはどんな願いも叶える秘宝が眠ると伝えられていた。


 曰くその地に眠る秘宝は世界中の財宝をかき集めても足りない宝物ではないかと伝えられて、曰くその地に眠る秘宝はこの世界を滅ぼす悪魔の力と伝えられていた。


 あらゆる言い伝えが渦巻く羨望の坩堝、それが伝説の地。数多くの冒険者がその場所と秘宝を追い求めて、そして夢半ばで散っていった。


 伝説の地を追い求め世界中のあるゆる場所を巡る者を冒険者と呼んだ。凶悪な魔物と戦いを繰り広げ、そこにあるとされる秘宝を手に入れる、自由に生き夢の為に死ぬ、それが冒険者。


 とある国に住む少年アーデン・シルバー。彼はそんな冒険者に憧れて、自分もその一人になると夢見ていた。


 アーデンの父親ブラック・シルバーも同じ冒険者だった。しかしブラックはただの冒険者の一人ではなかった。


 伝説の地へと行き、そこから生還した男。誰もがお伽噺に過ぎないと思っていた伝説をその目で見た証人である冒険者であった。


 偉大な父の背中を追いアーデンは夢は覚悟へと変わる。新米冒険者アーデンの、伝説の地を探す旅立ちの日は刻一刻と迫っていた。




 早朝のまだ日が昇る前、冷たい水で顔を洗った。キリッと気が引き締まるだけではなく、寝ぼけた頭がハッキリとしてくる。


 いよいよ今日、母さんに許可を貰うんだ。俺の気持ちと情熱を最大限に伝えればきっと許してくれる、と、思う。


「大丈夫だ!」


 弱気になる自分を鼓舞する為に声を出す。この日の為にずっと準備を続けてきた。必要な知識も道具も用意した。戦う為の訓練だってずっとずっと続けてきた。


 俺は冒険者になる。父さんと同じ冒険者になるんだ。


「父さん…」


 父さんは偉大な冒険者と呼ばれている、世界中のあらゆる場所へと行き、どんな困難にも打ち勝ってきた。冒険者と言えばまず父さんのブラック・シルバーの名前が出てくる程有名人だ。


 しかしその父さんは、今は失踪し生死不明となっている。父さんが俺達の前からいなくなったのは、あの伝説の地を見つけて帰ってきた後すぐの出来事だった。


 どんなに長く、そしてどんなに過酷な場所へ冒険に出向いても、父さんは必ず家に帰ってきた。母さんや俺に沢山のお土産を持ち帰り、胸躍る冒険譚を山程聞かせてくれた。


 だけど父さんはその後帰ってくる事はなかった。伝説の地を見つけ、そこに足を踏み入れた伝説の人は、その後伝説と共に消えたのだ。


 それでも俺はそんな父さんの事が大好きだ、いなくなった今でも変わらない。そして父さんが語る冒険譚も大好きだ、聞かせてくれた事はすべて空で言えるくらいに何度も頭の中で反復した。


 父さんのような冒険者になりたい。それが俺の夢だ。そしてきっと何処かで生きている父さんを見つける。いなくなったから死ぬような人ではない、父さんは生きている。俺はそう信じていた。


 いつか必ず一緒に家に帰るんだ。同じ冒険者として二人で、母さんにただいまって言うんだ。


「父さんよりすごい冒険者になってみせる!」


 俺は空に拳を突き上げた。誰に向かっての宣言ではない、強いていうなら自分自身への宣言だ。意味はないかもしれない、けど口にしないよりする方がいいと思った。


 ただしガクガクと震える足がカッコつけを台無しにしていた。どうしてもこれから母さんに打ち明ける事を思うと、その後どんな目に遭うのかを想像してしまって足が震える。


 どうしようもない不安をかき消すように頬をピシャリと叩くと、気合を入れ直して日課のトレーニングを行った。




「で?トレーニングが終わって何ですぐ私の家に来てるの?」

「そ、それはぁ、そのぉ…」


 俺はまっすぐ家には帰らず、隣の家に住むレイア・ハートの部屋にいた。幼馴染のレイアは、こちらを一瞥する事もなく作業台に向かって手を動かしている。


「まあ聞くまでもないんだけどね。どうせエイラさんに言うのが怖いんでしょ?昔っから本当に変わらないんだから」

「は、ははは」


 苦笑いするしかなかった。いたずらしたり、家の物を壊したりして怒られる気配を察すると、いつもレイアの所へ逃げ込んでいたからだ。我ながら成長しないなと思う。


「で、でも!流石に今回はきっぱりと言うぞ!誤魔化しはなしだ!!」

「はいはい、誤魔化しなしね」

「あーっ!信じてないだろお前!」

「いつも肝心な時にヘタれるのはあんたでしょ!」


 いつもならこのまま取っ組み合いの喧嘩になる所だったが、今日は違った。俺の頭に一発、レイアの頭にも一発、レイアのお母さんのフィオナさんからげんこつを食らったからだ。


「騒がしくしてると思ったらまた喧嘩して、飽きないわねあんた達も」

「…お邪魔してますフィオナさん」

「…何で私まで」

「喧嘩両成敗。で、喧嘩の原因は?」


 フィオナさんの容赦ない一発に、頭をさすりながら俺は言った。


「まだ母さんに言い出せなくて…」

「成る程、そういう事かい」


 座るように言われて俺はレイアの隣の椅子に座った。フィオナさんは俺と向かい合うと話し始める。


「親ってのはね、どうしたって子供が心配なんだ。私だってそうさ、レイアが旅に出たいって言った時はそりゃ反対した。お父さんもね」

「…うん」

「でもね、私だってあんた達と同じくらいの時に家を飛び出したよ。どうしてもアーティファクトの研究家になりたくてね。その時私は親の事なんて何も考えちゃいなかった。私の事だけ考えていた。だからアーデンの悩みも優しさも私には分かる」


 レイアの両親はアーティファクトの研究家だ。王立アーティファクト研究所で働く第一人者、殆ど無学な状態から発起し、その名を知らないくらいの人となった。


「気にかかってるのはブラックさんの事だろ?」


 俺は黙って頷いた。


「私達も本当に世話になった。ブラックさんが冒険に出て、その都度大量にアーティファクトを持ち帰ってきたからこそ私達は研究者として成長できた。ファジメロ王国が発展して豊かな国になったのも、ブラックさんのお陰と言ってもいい」

「それにエイラさんもね」

「お父さん」


 話を聞いていたのかレイアのお父さんフィンさんも部屋に入ってきた。


「エイラさんはこの国の政務官だ。エイラさんが研究所に力を入れてくれた事も大きいよ、あまり重要視されていなかったからね」

「エイラは先見性があったのよ。アーティファクトの恩恵がどれだけ国に貢献するのか分かっていた」

「そうだね。彼女はとても聡い人だ。僕たちはそれを本当によく知っている。だからねアーデン君、存分に思いの丈を伝えていいんだよ」


 フィンさんが何を伝えたいのか馬鹿な俺にも分かった。ここでうじうじと悩んでいるよりも、母さんに本音で話してぶつかってきた方がいいという事だ。


「そうだね。アーデンの心配ももっともだけど、ちゃんと話して分からない人じゃあない。行っておいで」

「分かりました!俺行きます!」


 よしと気持ちを定めたなら後は行動あるのみだ。俺だって覚悟もなくて夢を語る訳じゃない、それを伝えなければ母さんは心から安心できない筈だ。


 俺は立ち上がり早速家に帰ろうとした。その時、レイアが俺を呼び止めた。


「アーデン。私はあんたが努力してたの知ってるし、あんたと冒険に出る事になんの心配もないわ。だから…まあ…頑張んなさいよ」

「おう!待ってろよレイア!必ず母さんから許可貰ってくるから!」




 家に帰って母さんに話があると伝えると即正座させられていた。目の前の母さんは仁王立ちで腕を組み、ただならぬ気配を背負っていた。


「話があるって?」

「…」


 一言でこんなにも気迫をまとう母さんは、この世で一番恐ろしい。鉄の女と言われているだけの事はある。


 でもここで引く訳にはいかない。背中を押してくれたレイアとフィンさんフィオナさんに顔向けできない。言うぞ、今ここで。


「母さん、俺の夢は知ってるよね」

「ええ」

「俺は父さんと同じように冒険者になる。誰に何と言われようともなる」

「誰に?ふうん…」


 とんでもなく怖い。けど、フィンさんが言っていた。母さんは聡い人だと、説明して分からない人じゃないと。


「父さんは凄い冒険家だった。だけどその冒険で俺達を置いて帰ってこなかった。俺がその後を追う心配は、分かるけど分からない」

「変な物言いをせずハッキリ言いなさい」

「母さんの心配を俺が完全に理解出来る日はない!俺は母さんじゃないから!だけど心配してくれているのは分かる、だって俺は母さんの子供だから。だけど俺は冒険者になりたい!伝説の地を見つけて、父さんを探しに行く!」


 言った。言ってやった。しっかりと宣言した。


 母さんは俺の宣言を聞いてため息をつくと頭を抱えた。眉間にシワを寄せて首を振る。


「どうして父さんが生きていると言えるの?」

「父さんが簡単に死ぬ筈がない。絶対に」

「あなたが冒険者になって伝説の地を探す事とどう繋がる?」

「伝説の地が父さんの最後の冒険の場所だ、きっとそこに何か手がかりがあると俺は思う。だから行く」


 俺はそう言って母さんの目をしっかりと見据えた。覚悟を伝える為にしっかりと見据えた。


「はあ…。その目、本当にあの人そっくりね。日に日にあなたとあの人は似ていく、それを見て私は不安だった。いつあなたが冒険に飛び出していくのかと怯えていたわ。でも、あなたは私の事を思ってずっと我慢してくれていたのね。ごめんなさいアーデン、こっちへおいで」


 立ち上がった俺の事を母さんは抱きしめた。最初は驚いてたじろいだが、その懐かしい温かさに、俺も母さんの事を抱きしめた。


「いつかこんな日が来ると思っていたわ。あなたは父さんの子、根っからの冒険者、あなたを見送るのが私の役目。行っておいでアーデン、そしていつでも帰ってくるのよ」

「ありがとう母さん。俺、行ってくるよ」


 母さんの声は少し湿っていたように思う、だけど俺は母さんを抱きしめてそれを見ないようにした。体を離して母さんは目を拭うと、俺に言った。


「じゃあすぐにでも冒険者ギルドに行ってテストを受けてきなさい。何事も善は急げよ。筆記試験の準備も出来てるのよね?」

「筆記試験?」

「えっ?」

「えっ?」


 先程までの空気が一変した。母さんの表情も一変した。詰めが甘いと散々叱られて、俺はレイアに泣きついた。


 これが俺の冒険者になる最初の一歩目、これから待ち受ける世界へ踏み出す最初の一歩目だ。

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