第27話 神代のあとしまつ

 久瀬の医院の廊下を歩いていると、白衣を着て歩く見慣れた背中を見つけた。白衣を着てるってことは父の手伝いかな。さすがに今日は洋 装だ。


「長幸、お疲れ様」

「次行……お前、逃げたな」


 じろりと睨めつけられる。

 恨みがましそうなその視線を、僕は笑って誤魔化した。


「逃げてはいないよ。蒼月教授にくっついて、蒼月神社の後始末をしてたんだって」

「物は言いようだな」

「本当だってば」


 疑り深いなぁ。でも事実、僕はたった今、阿多から帰ってきたばかりだ。


 あの御神木での誓約ウケイのあと。

 僕らは水流に流されて、洞窟の別の道に行き着いた。


 なんとか水から這い上がると、そこには蒼月詠が一人で立っていて。


 僕らは警戒したけれど、蒼月詠は何も言わず、ただ僕らに松明を渡して、道を示してくれた。


『あちらに進みなさい。誓約ウケイの審判にあなたたちは勝った。それこそが神の思し召しです。娘たちをよろしくね』


 意味深な言葉を僕らに与え、蒼月詠は僕らが流されてきたほうへ続く道を進んでいった。


 まるで狐につままれたような気持ち、って言えばいいのかな。散々、好き放題していたくせに、手のひらを簡単にひっくり返してきたのが腹立たしい気持ちもあった。


 とはいえ、自分の気持ちの置所よりも、その時は婚約者たちの救出のほうが最優先だったから。僕らは蒼月詠の示した道を、婚約者を担いで走った。


 そしてたどり着いたのは、蒼月家本邸にある祠の地下。


 僕らは先に本邸に戻っていた蒼月教授と無事に合流して、とにかく蒼月姉妹を帝都に逃がすことを優先した。


 姉妹は久瀬家の医院に入れ療養させることが決まり、ようやくひと安心。ちゃっかり御神木の枝を折ってたらしい長幸が、御神木について調べてくれた。結果、御神木は蒸留や燃焼により即効性の幻覚作用をもたらす植物だと結論づけられた。


 その結果を待って、僕は蒼月教授と一緒にもう一度阿多へ。ついでに役人の犀藤もお目付け役に連れて行った。


 でも蒼月家は門前払い。

 吾田はる子さんに聞いたところ、蒼月詠はあの儀式の日以降、本邸に引きこもっているのだとか。


「で、その後始末の結果はどうだった」


 僕はにっこり笑う。

 諸々の手順を踏んで、犀藤を連れて行ったおかげか、すごく順調に進んだよ。


「蒼月神社は政府の認可のなかった無格社だから、廃社になるよ。御神木は研究したい人たちがいるみたいで残すけど、洞窟は立ち入り禁止区域になる」


 あの御神木は未発見の種類の桜だった。

 〝吾田桜あたざくら〟と名前がつけられて、植物学者たちが本格的に研究するらしい。長幸も興味があればその研究に混じれば良いと思うよ。


「……そうか。喪月衆と呼ばれてた奴らはどうなる」

「あれね。彼ら、蒼月の分家だけど隠れ里にいたせいで戸籍がない。洞窟の入口はいくつもあって、その一つが隠れ里に繋がっていた。集落単位での無戸籍だから、犀藤に丸投げしてきたよ」


 僕らを矢で射ってきた奴がいたところが、その集落へ通じる道の一つ。岩桜の影になっていて、蒼月神社側からの入り口では絶対に見えない位置になっていた。


 吾田の役人は蒼月家の氏子で役に立たない。そのあたりも含め、犀藤に全部丸投げした。犀藤は今回の件で昇進が決まったそうだけど、日置郡に飛ばされるらしい。めちゃくちゃ恨まれた。


 長幸が廊下の壁に背を預ける。僕も同じようにして隣に立った。


「かなり大事になったな」

「何世代にも渡って続いていた因習だったしね。けっこう根深いよ」


 これまでは内部で循環させていたものを、蒼月教授が入ったことで暴いた。彼が弟さんと娘を思う気持ちが、蒼月の因習に打ち勝った。


「民俗学者の行動力ってすごいよね」

「……お前も大概だと思うが」

「なんか言った?」

「なにも」


 言いたいことがあれば言えば良いのに。

 僕らが壁を背に話していると、医院で働く人がちょっと目を丸くして目の前を通り過ぎていく。あの人、新人かな。僕を知らないと見た。


「それで、長幸のほうはどう?」

「集落の双子が多すぎる。サンプルがたくさんあるおかげで毎日解析三昧。父上がすごく楽しそうだ」


 さすが父だ。一応、あの人にも阿多での顛末を報告したけれど「大変だったな」の一言で終わったし。今後のこともあるから、もう少し興味を持って話を聞いて欲しかったんだけど。


 とはいえ。父が充実している間は、僕も好き勝手できるからさ。


「楽しいんならいいんじゃない?」

「家に帰らないから母上が怒っている」

「あはは」


 そういう人だから仕方ないよね。

 ああ見えても、母上には頭が上がらないのだから面白い。だからこそ、僕も家族に対して見切りがつけられないのだけれど。母上がいなかったら、僕はきっと早々にこの世を儚んでいたかもしれないね。


「お前も家に帰らないから母上は怒ってるぞ」


 わぁ、とばっちり。


「今日は帰るよ」

「さっさと帰ってこい。花蓮が寂しがっている」


 長幸の口から紡がれた名前。

 僕は長幸の顔をガン見する。


「本当? どれくらい?」

「蓮華が寂しいか聞くと、視線が少し下に向かうくらい」

「そっかぁ。もう少し引き延ばそうと思っていたけど、そんなに寂しがってるなら今日は帰らなくちゃね!」


 蒼月姉妹は少し前に久瀬医院を退院して、今は我が家で療養しているらしい。蓮華と花蓮で自己の確立に差があって、蓮華の後ろを今までのように花蓮がついて回る日々だとか。


 それでも以前と違うのは、二人が自分の意志で、自分のリズムで、呼吸ができているということ。それだけでも十分な変化だ。


「それで、もう一人の蒼月詠は見つかったのか」

「駄目だった。隠れ里の人たちが言うには、今回の儀式の日までは確かにいたみたいなんだけどね。今は行方不明」


 言葉にはしないけど、僕らには予感がある。


 あの日、あの儀式の日。

 最後に僕らに救いの手を伸ばしてくれた、蒼月詠。


 彼女こそが、蒼月姉妹の本当の母親だと。


「とんだお家騒動だ」

「なかなか無い経験だとは思うよ」


 ぐっと長幸が背伸びをする。

 そろそろ僕も帰ろうかと壁から背を離した。


「なぁ、次行」

「何?」

「何故、蒼月教授が二十年前に蒼月家を告発しなかったのか、聞けたのか」


 僕は振り返る。

 あの儀式のあと、蒼月教授と一緒にいた時間が長かったのは僕だ。だから長幸は僕にその答えを求めてきたんだろうけど。

 これに関しては、はっきりと僕も答えを聞けていなくて。


「声が聞こえたんだってさ」

「誰の」


 すぐに返ってきた長幸の問いかけ。

 僕はなんだか不思議な気持ちで、蒼月教授から聞いた答えを伝える。


「弟さんの。婚約者を救ってほしいっていう、弟さんの死に際の声」


 僕らが蒼月家について尋ねに行った日、教授は双子の感覚共有の話を僕らにした。

 それはきっと、蒼月教授自身が体験した出来事でもあったんだろうね。


「……僕らも、その時が来たら分かるものだろうか」

「不吉なことを言うなよ」

「だったら行動を改めろ」


 むすっとした長幸に小突かれる。

 別に死に急ぐようなことはしてないんだけどなぁ。


 まぁでも、兄弟の寿命を縮めるようなことはできるだけ控えよう。僕だって長幸の死に際の声なんて聞きたくないからさ。


 僕はひらりと手を振る。

 長幸もまた白衣の裾を翻して、父上への手伝いへと戻っていった。

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