第28話 狂愛ミミックの愛し方

 久瀬の屋敷に帰ると、僕は外套を部屋に投げ捨て、離れの部屋へと向かう。


 離れにもいくつか部屋があるけれど、今使われているのは二部屋だけ。そのうちの一つに足を向けた。


 目的の部屋に近づくと、小さいけれど女性の声が聞こえてくる。声の主は二人分。でも部屋にいるのは三人だろうなぁ。


「ただいま帰りました」

「あら、次行。お帰りなさい」


 部屋にいたのは予想通り、母上だ。

 母上の話し相手になっていたのは蒼月蓮華で、そばには花蓮がぼんやりと座っている。


 母上が気を利かせてくれたのか、楚々と立つ。こちらを気にする蓮華を連れて、部屋から退出していった。


 僕は花蓮の前に座る。

 花蓮はぼんやりとしていて、僕が目の前に来ても無反応。


 蓮華がいれば話すこともあるけれど、一人ではほとんど話さなさいらしい。十八年も片割れに同調するように生きてきて、今さら一人で何かをしろというのも酷な話だ。


「ただいま」


 それでも僕は、花蓮に話しかける。

 彼女との対話を試みる。


「元気にしていたかな」


 あの日のことを、花蓮が覚えているかは分からない。幻覚作用のあった煙を吸いすぎていたし、花蓮自身の自我が薄かった。僕が彼女を見つけた時にはもうこの状態だったから。


 ぼんやりとしている花蓮から、そっと視線を外す。

 この部屋の窓からは庭が見えて、ちらちらと人影が動いている。


 長幸も帰ってきたらしい。母上から蓮華を預かって、庭の花を見ている。まるで、僕らの出会いをやり直しているかのように。


 あの時は長幸が部屋の中に留まって、僕が庭に出たんだっけ。場所は料亭だったけど。


 つらつらと、もうずっと昔のような気もする記憶を思い返していると。


「……あの」


 小さい。ほんとうに小さくて、か細い声。

 いつぶりかの彼女の声に、僕はゆっくりと視線を向ける。にこりと微笑むのも忘れない。


「なんだい?」


 花蓮がゆっくりと瞬く。

 沈黙。


 今の声は幻聴だったのだろうか。

 話しかけられたと思ったのは気のせいだったのかな。僕の願望からくる幻聴を聞いてしまったのかと自嘲しかけた時、花蓮の唇がゆっくりと動いた。


「……どうしてあなたは、私を見つけてくれたの?」


 今度は僕が瞬く番だった。

 彼女を見つけたというのは、洞窟の話しだろうか。


 それは当然、僕の婚約者だからだと伝えようとして。


「あなたはいつも、婚約してからずっと、あの子と私を、間違えたことなんてなかったわ」


 続けられた言葉に、そっちかと思い直す。

 蒼月家にとって姉妹の区別は不要だった。彼女たちは常に二人で一人だったし、双子であれば間違われることなんて日常茶飯事だ。


 それでも僕らは、彼女たちを見分けた。

 それが不思議だったんだろうな。


 僕は微笑む。

 すごく嬉しい。この問いかけは、花蓮が自分という存在を正しく認識してくれている証なのだから。


 だから僕は教えてあげる。

 花蓮が花蓮である証拠を、種明かししてあげる。


「耳飾り、贈ったでしょう?」


 彼女の右耳へと触れる。

 姉妹が儀式のために蒼月家に帰った時に、僕が贈った耳飾りも、長幸が贈った指輪も、二人を区別するものだとして捨てられたようだった。


 耳飾りをつけるだけ、指輪をつけるだけ。それだけでも二人を区別するための目印になる。それが蒼月家は気に入らなかったんだろう。


 でも、僕らが贈り物に耳飾りと指輪を選んだのは、それだけじゃない。


「双子で顔がそっくりでもさ、生物的に違う場所っていくらでも見つけることができるんだよ。指紋や臍の形……一番わかりやすいのは、耳の形だ」


 だから僕は耳飾りを贈った。

 双子だけど、僕らは、彼女たちは、違う人間だという目印を。


 長幸には気持ち悪いって言われたけどさ、あいつだって同じことをしてるんだからお互い様だよね。


 それにさ。


「僕ら下の子にとっては大切なことじゃないかい? 自分が自分であること。上の子とは違うという証明。それがこれだ」


 花蓮の耳を指の腹で優しく撫でる。


 瞬間、色づく。

 蓮の花が咲くように。蛹から蝶が羽化するように。


 花蓮が嬉しそうにはにかんで。


「ありがとう、次行様」


 この言葉で、僕は報われたような気がした。




【狂愛ミミックの愛し方 完】

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