第2話 バツイチ幽霊
めい‐こん【冥婚】
死者同士あるいは死者と生者との儀礼的結婚。死者の霊の慰撫、法的地位の継承、財産の相続等のために行われる。
(広辞苑第六版より)
「ウチは初婚だったけどね、相手はバツイチで子供もいて。けど、こっちはもう死んだ身じゃん?家族が決めたなら、仕方ないし、まぁ、結婚できないままってよりは良いかなって思ってさ。結婚式の様子を覗いてみたら、十五も年上だったけど、ハゲてないし、デブでもないし。
で、やっとそいつがこっちに来たって思ったのに『生きた人間と死人って組み合わせだから良かったのに』とか言い出して、速攻で離婚よ?信じらないでしょ。
見返してやるってつもりじゃないけど、このまま独り身なのもヤだし、婚活でもしようかなって」
音もなく扉をすり抜けてきた、その女性(Nさんとしよう)は、テーブルの上に前傾姿勢で浮かびながら、一気に捲し立てた。
若くして亡くなったという経歴通り、シミひとつない肌は文字通り透き通っている。よく手入れされているであろう黒髪は、顎までの長さのワンレン。真っ赤なワンピースはチャイナドレスをアレンジしたデザインで、大輪の花をモチーフにしたレース模様が洒落ている。釣り上がった目元や大きめの口がキツそうな印象だが、華やかで、美しく、生きていても死んでいても、人目を引くタイプ。
相談所に来るような男性には、敬遠されそうだし、行動力がありそうだから、他でいくらでも出会いはありそうだけど。
失礼にならない程度にオブラートをかけ、私がそう口にすると、Nさんは両肩を竦めた。
「ウチが死んだのは、十七だからね。まだ処女だし、こう見えても奥手なの。そのくせバツイチって、なかなか難しそうじゃん?だったら、プロにお任せしちゃおうって思って」
年上でも年下でもOK。種族も気にしない。
そんな条件で始まったNさんのお見合いだが、適当な相手が見つからないまま一ヶ月が過ぎた。
「幽霊っていうと、もっとこう、儚げな、なよってしたイメージなんでしょ。それに、やっぱり、この年でバツイチっていうのは、ウケが悪いかー」
申し込んだお見合いが、ことごとく断られても、Nさんはケラケラと笑いながら、電話をかけてくる。
「エルフとかさ、むっちゃ寿命が長い相手とか、どう?ウチなら死なないから、先立つとか立たれるとか、気にしなくて済むよ」
「幽霊同士ってのもアリなんだけど、異類婚じゃなくなるから、ここじゃ相談に乗ってくれない感じ?」
「狼男とかドラキュラとか、いるなら一回会ってみたいなぁ」
在籍する男性のリストを眺めるとき、Nさんはいつも天井近くに浮かんでいた。相槌を望んでのセリフではないようなので、私はPC画面を見つめ、該当者がいないか検索を続ける。
そんなやりとりを繰り返していたが、不意にNさんからの連絡が途絶えた。気にはなったものの、他の会員からの問い合わせがひっきりなしで、簡単なメールを送るくらいしか、できることがない。
交際相手への惚気や、うまくいかなかったお見合いの愚痴、プロポーズの相談など、様々な要件でかかってくる電話を捌いているうちに、ようやく長期休暇がやってくる。
その前に一度だけ、とNさんに電話をかけてみた。
転生したため電話が解約されたというアナウンス。
あまりにも“生き生きした”幽霊だったNさん。新しい配偶者探しは、きっと現是での方がうまくいくだろう。
異類婚相談所 @rona_615
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