そ堕ち

なりた供物

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「どうして、生きてるの?」

「どうして、笑顔になるの?」

幼少期の私は、周囲の大人にこうやって話すことによって、この世界の謎を理解していった。周りの人も、優しく回答してくれた。

大人になった今では、すっかり別の意味に変わってしまった。どんな勉強にも全くついていけず、ようやく就職できた会社で、人格を否定されて上司に詰められる毎日だ。純粋さなんてないし、消費税以外の税金なんて全くわからないし。


「どうして、いやな気持ちになった時に、わたしは逃げちゃうの?」

「どうして、思ってもいないのに、わたしは笑顔をつくっちゃうの?」

幼少期に、こんな感じの事を聞いた事を思い出した。

父親はこう言った。「それが人間の本能なんじゃないかな。」と。

母親はこう言った。「笑顔でいるあなたが素敵だからよ。」と。

それから2年後、父親は不倫がバレて夜逃げし、母親は生活費を稼ぐために、スマイルを無料で売るバイトを始めた。

そして今、私はいやな気持ちという感覚も鈍り、逃げるような気力も無くなってしまった。そして、作り笑いを繰り返して自分を誤魔化しているが、上司に一瞥され、こう言われる。「どうして、笑顔になるの?」


「どうして、お父さんは私の前に現れないの!」

「どうして、お母さんはいつも家にいないの!」

小学校3年生だった私には、親が家にいない事が耐えられなかった。しかし何度聞いても、母親は核心に触れることはしなかった。この時の私は、母親に嫌われてしまったんだと、ずっとずっと、自分が何処で選択を間違えてしまったのか、悩んでいた。

そしてこの時から、私の成長痛は始まった。しかし心は、その成長に追いついていなかった。


「どうして、修学旅行代を払ってくれたの。」

小学6年生。子供ながらに、修学旅行には絶対に行けないだろうなと、確信していた。しかし、いつのまにか修学旅行代を払ってくれたらしく、私は念願の東京旅行に行ける事になった。ただ、それが不思議で不思議でたまらなかった。前述していたように、母親に嫌われてしまったと思っていたからだ。母親はこう言った。

「あなたにはずっと我慢ばかりさせてしまって、すごく後悔していた。だからせめて、修学旅行には行ってほしいと思って、貯金をしてたの。」

愛の示し方としてはやや奇妙である。だけれども、母親は、母親なりに、私の事を愛してくれていたんだろうな、と。思った。

そしてもう一つ奇妙なものを渡された。この封筒を持っていてくれ、と言われた。しかし、開けてはいけないとも言われた。不思議だ。封筒って開けるものじゃないのかとも思ったが、母親のことだし考えすぎても良くないなと思って、何も聞かなかった。

そして私は、修学旅行を満喫した。楽しすぎた。楽しすぎて逆にこれが現実で発生する事象なのかとも思った。


まさか帰ってからも同じ事を考えるとは、到底思わなかった。


母親が交通事故で死んだ。警察曰く日頃の疲労か何かわからないが、速度の出し過ぎでカーブを曲がりきれず、ガードレールを飛び出して谷底に転落したらしい。しかし、事故現場は不思議だった。お母さんのバイト先とは全然違う所に行っていた。そして、もう一つの不思議、謎の封筒を見る事にした。約束を破ったのは母親だ。死ぬなんて約束では聞いてない。

中に入っていたのは、へたくそな文字で書かれていた手紙だった。


「ごめんなさい お金がなくなってしまったの 親戚に電話して、保険金をもらってね。」


憔悴しながら、話したことのない親戚に電話をした。すぐに家にやってきて、うまく隠し通し、保険金を貰う事ができた。


親戚が。


そして私は、親戚には確実に嫌われていたようで。トドメを刺されるようにこう言われた。

「どうして、生きてるの?」


何も言い返せなかったので、作り笑いをした。

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そ堕ち なりた供物 @naritakumotsu

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