愛死ている
介裕
愛死ている
「早く行かないと、観死できないって!」
男子高校生が女子高校生を軽快な調子で囃し立てる。この世界では珍しくもない会話の一つ。死は身近にあった。
「待ってよ……! 今から行っても、もう死体なんて処理されてるじゃん!」
足の鈍い女子高生は男子高校生を追いかけるが、男子高校生は興奮のせいで歩みを止めない。
「だって、現役アイドルの惨殺だぜ!? 見に行くしかないじゃん! あのアイドル好きだったんだよなー」
男子高校生、少年は心の中で、話題のアイドルがテレビの中で輝いている姿を思い浮かべた。
「……鼻の下伸びてる。そうよねー、あの娘、胸が大きいもんねー」
女子高校生、少女は、男子高校生の緩んだ表情を皮肉った。
「ば、馬鹿! 俺は別に好きってわけじゃねえよ! そりゃ、まあ、おっぱい大きいけど」
「さいってー」
気まずそうに少女と顔を逸らしながら走る少年と、不機嫌から少年と顔を合わせない少女は、共に走りながらそのアイドルの死に向かう。
ミーハーな少年と、それに飽きれつつも本心では満更でもない少女。友達以上恋人未満の二人が恋愛の仲になるのに、ちょっとしたきっかけがあれば十分だった。
二人はやがて会場に着く。会場の受付では、彼らと同じように開場してから入場する人々で溢れかえっていた。
仕方なく並ぶ少年と少女。少年はふと、暇つぶしの話題を思いついた。少女に機嫌を直してもらいたい意図も含めて。
「ねえ、昔は人を殺すのはよくなかったって、知ってた?」
「当たり前でしょ。歴史の成績はあんたより、上」
「そう突っかかるなよ。いや実は、この前ネットで面白いブログを見つけてさ。その話なんだよ」
「愛野ラブのえっちな画像でも載ってたの?」
「ちょっと! これから死ぬアイドルは関係よ! いやさ、人殺しって悪いことだったんだなあと思って驚いたんだ」
「んー、それは確かに。私も習ったときは驚いたけど、そんなの昔の話じゃない。それに今だって、私たちが人を殺したら犯罪よ?」
「そうだけどね。でも、ラブちゃんを殺すのは一般人のファンだからなー」
「一般人は一般人でも、お金持ちだからよ。私たちができるのは、そういう社会的な地位や権力や財力、そして才能を持った人たちのする殺人を観戦することだけじゃない」
「まあ、殺人観戦を趣味にしている人は多いしなー。この前見た雑誌だと、初デートは首絞めがアツイんだって」
「……私は血が出ないからちょっと苦手。斬首でブシューっとなるほうが好きかも」
「ふーん。あ、そのブログなんだけどさ、人を殺すのはよくないことだって書いてあるんだ。理由は倫理的とか普通に考えて、とか。でも一番の理由が、人間が発展しないんだってさ」
「あ、でも授業でそんな話聞いたことある。人殺しを善とする人々と悪とする人々の話でしょ?」
「そう、人は人殺しが認められたら、些細な事で人を殺しちゃうんだって。頭がいいとか、みんなから好かれているとか関係なしに。だから、滅亡するんだとか」
「それは確かにわかるけど、それも昔はそうだったってだけでしょ? 今は人が人を生み出すのに制限なんて無いわよ。何十年も前に、複製人間やロボットにも人間の部位や内臓を組み込む事が認められているわけだし」
「そうだよなー。今じゃ一定のルールさえ守れば、小学校で殺人体験だって出来るし。それこそ人を本当に殺しちゃいけない社会なんて、漫画やゲームの世界だけだよ」
「そうね……。あ、でも恋愛漫画は死なないけど面白いから好き。お互いが殺しあう運命の中で、あえて生きようとするの、ステキだなー」
「ふーん……そういうの好きなんだー。いいこと聞いた……」
「ん? なにか言った?」
「いやいや! なんでもないよっ」
「ふうん……そう……。あっ、入場券買わないと」
「そ、そうだな……」
二人は歩みを進める。人気アイドルの観戦に。その人気アイドルが死を見守るために。命が終わる瞬間を観るために。
「な、なあ!」
少年は意を決して少女に声をかける。
「……なに?」
少女はその意図に薄々感づきながらも、わざと気づかない振りをして少年の言葉を待つ。
「俺さ……」
少年は勇気を振り絞って、ずっと言えなかった想いを目の前の少女へと全力でぶつけた。
「お前を殺したいくらい好きなんだあああああああああああ」
入場口に並ぶ他の客や受付のスタッフは呆気にとられる。しかし少女の目からは涙が零れた。
一滴、そしてまた一滴と溢れ出す雫を見て、少年は不安そうな表情をする。
鼻をすすりながら、濁った鼻声で少女は少年に返事をした。
「アタシも、殺したいくらい大好き……!」
彼らの後ろにいた男、二十五歳商社マンは肩を竦める。大ファンだったアイドルの最後の活動に精を出にきたのに、なんとも微妙な雰囲気だ。
だが将来有望な若者たちの勇気ある行動を見て、思わず拍手を送ってしまった。
それにつられて、その場にいた人々も手を鳴らす。
中心にいる二人は照れながらも、各々の気持ちを素直な言葉にした。
「絶対に、彼女を幸せにして殺します!」
「絶対に、彼を最高に愛して殺します!」
その宣言に、周囲の人々はこれからメインイベントをも忘れる勢いで、惜しみない賞賛を贈った。
この世界を構成するものは死、それも殺人。特定の条件下でのみ相手を殺すことを許され、生産性、倫理的に問題を孕まぬ世界。
空想の中では今でも、殺人を許すべからずの精神は受け継がれている。それは一つの考えとして残るだけで、死の概念は変わっていた。
だが少年と少女にとって、死は愛だった。愛する人を殺せるこの世界を愛していた。
愛死ているよ。そう囁く恋人たちは、どんな存在よりも輝いているのだ。
愛死ている 介裕 @nebusyoku
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