第5話 女神さま降臨

光輝くプラチナのロングヘア、淡く琥珀色に透き通る肌、切れ長の目の中に浮かぶ瞳は黒真珠のようでいて、すべてを見通すかのような英知を湛えている・・・


「ごめんなさいね、勝手にお邪魔して。」


そう言って、微笑む彼女・・・ああ、美しい・・・


「それで、ウララカン?お話は済みまして?」


「う、うむ。話はついた。というよりここはメリクスの肝入りの施設らしくて―――」


ウララカンさんが『女神』さまに何やら話している。


が、ボクの耳には右から左だ。


「いや、その、であるからしてな、メリクスに厄介ごとを押し付けられた、このリョウジのために仕方なく飲んだのであって―――」


ウララカンさんが『女神』さまに何やら弁明している。


それを聞いている女神さまは刺すような冷たい視線を向けている。


そんな表情もお美しい・・・ああボクの中で新たな扉が開かれた!



「―――い!おい!リョウジ!そなたからもちゃんと説明してくれ!」


ウララカンさんに肩を掴まれグラグラと揺さぶられて、我に返ったボクは女神さまの前にスッと進み出る。


「え、あ、はい。私、篠岡リョウジと申します。歳は19・・・いえ20です!お付き合いしたことのある女性はいませんが、ご近所の奥様方からの評判は頗るよい、快男児です!」


とまる空気。


ポカンとするウララカンさん。


ん?ああそうか、ちがうちがうこうじゃない。


ボクは膝をついて、女神さまに手を差し出す。



「一目見た時から、あなた以外にいないって確信しました。どうか結婚を前提としたお付き合いをして下さい。」



そう、人生いつ何時突然に終わりが来るかわからないのだ。


路上の空き瓶だって死因になりうるんだ、ポイ捨ていくない!


この人こそはという女性が現れたのならグイグイ行くのも大事なことだ。


さらば、前世のジャパニーズシャイボーイ。


ボクは名実ともに生まれ変わったのだ!


「あらあら、まあまあ、こんなにまっすぐに好意を向けられたことんなんて、何千年ぶりかしら?」


ふふふ、と頬に手を当てて、はにかむ女神さま、そしてそのままボクの手をとっ・・・


「うおぉおいぃ、リョウジー!貴様!我の前でナーラを口説こうなどといい度胸をしておるなぁあ!あぁあん!?」


さっきまでオロオロしていたウララカンさんが急にボクの手をはたき落としたかと思うと、赤べこの様に首をぶんぶん振りながらガンをとばしてくる。


『普段』のボクなら、いや以前のボクならこんないかつい大男に凄まれたら卒倒していたかもしれないけど、生まれ変わったボクなら目じゃないね。



「お客様、店内であまり大きな声を出されますと他のお客様に迷惑が掛かりますので、お控えいただけないでしょうか?」



悪酔いした客や、難癖をつけてくるようなチンピラさんには冷静に毅然とした態度で接すべし。身の危険を感じたら迷わず110番。



「そうね、ちょっと品がないわよウララカン。それになぜあなたの前で私が口説かれると問題なのかしら、私たちが別れてからもう千年近くは経っているのよ。」



再び刺すような視線の女神さま改めナーラ様。



「なっ!?ナーラ、我は今でもお前を愛して・・・」



捨てられた子犬のような・・・いやそんな可愛げのある感じじゃないな、愛想を尽かされて彼女に出て行かれたダメ男のようなウララカンさん改めチンピラさん。



「そう、私と交わした誓いを破ったのはこれで何度目かしら?一度?二度?いいえ、ゆうに百は超えますわよね?それでまあよくも愛などと・・・」


愁いを帯びたため息をつくお姿もお美しいが、やはり憂いは取り除いた方がいいだろう。


うん、ウララカンさん改めチンピラさん改め改め元カレ気取りのダメ男には、ご退店願おう。



「マイ、ウララカンさんを『出禁』リストに追加して期限は未定で。」


「かしこまりました、マスター。」


「なんだ、リョウジ!何を言っ―――」


ダメ男は最後まで言い終えないまま、店内から姿を消した。


「あら、今のは転移魔法?」


「ええ、そのようなものです。」


ボクはダメ男が飲み散らかしたジョッキなどを片付けながら曖昧に答えた。


今のはこの店のセキュリティーの一環で、出禁リストに登録されると店内はおろかこの店を中心に半径1キロ以内から強制的に放り出されるといったトンデモ仕様である。


大男が突然消える様は内心ちょっとびびった。


さてさて気を取り直して。


「失礼いたしましたレディ、ナーラ様とお呼びしても?」


ボクは仕切り直しとばかりに膝をついて手を差し出す。その上にそっと置かれる御手。


「ええ、よろしくってよ。」


ボクはほんの数歩ではあるけど女神さまをエスコートしてカウンター席までご案内する。


「どうぞこちらにおかけください。」


「ありがとう、それで結局ここは何なのかしらリョウジさん?あの人の話は言い訳ばかりで要領を得なくて。」


「端的に申しますとここはお酒を楽しんでいただくBARと呼ばれる施設でして・・・」


そこからボクは転生者であることやメリクスに与えられた使命なんかを簡単に説明した。


「そういうことなの、まったく主神さまにも困ったものね、おのれの欲望に忠実というか、なんというか。数千年分も貯めに貯めた神力をお酒に全振りするなんて。しかも肝心なところで人違いなんて・・・」


「ハハハ、そこは何とも・・・ですがこうして人違いとはいえ転生できたからこそ、ナーラ様に出会うという幸運を得たわけですからメリクス様には感謝ですね。」


なんだろう、こんな歯の浮くようなセリフがペラペラ出てくるなんて、今日のボクは絶好調じゃないか?


「まあ、お上手だこと。それじゃあ一杯いただけないかしら私たちの出会いに」


これは気合を入れてお酒を選ばないといけないな!


「かしこまりました、何かお好みのものなどございますか?」


「そうね、果実酒がいいわ、口当たりが軽くてやや甘めなの、あるかしら?」


とはいえ、ボクが飲んだ事があるのはさっきのビールだけ、マイに相談かな。


「お任せください。取ってまいりますので少々お待ちを。」


教えてマイちゃん!ってナーラ様の前でやるのは恥ずかしいし一旦地下に降りる。


「マイ、ナーラ様のお好みに合う酒は何だと思う?」


「申し訳ありませんが、そう言った部分こそ篠岡良治さま頼みの計画でしたのでお答えできかねます。」


おぅ・・・そうか、そうだよね。マイが何でも知ってるならじいちゃんが呼ばれる必要なんてなかったんだ。基本的に何でも応えてくれるけど元の世界のお酒に関してはボクがしっかりしなきゃ。


「じゃあ、原材料や製造年、製造国、市場価格なんかから逆引きしていってくれる?」


「かしこまりました。」


まずは原材料はなにがいいだろうか?果実のお酒で真っ先に浮かぶのはワインだな。


「原材料はブドウで」


白ワインと赤ワインなら多分白の方がいいかな?口当たりが軽いってことは多分製造年は新しい方がいいよねイメージだけど、


「製造年は去年で」


ワインといったらフランス?イタリア?えーいここはジャパンで行こう!


「製造国は日本」


これだけじゃとてもじゃないけど絞り切れないか、日本でブドウが有名なのは山梨?長野?


値段は高ければいいってわけでもないけど安すぎるのもどうなんだ?


いけないあまりナーラ様を待たせるわけにも・・・


「ええい、ままよ!マイ、条件の中からランダムで10本転送して!」


「・・・かしこまりました。転送開始。」


目の前にずらっと並ぶ白ワインの瓶たち。ボクはそれを片っ端から味見していった。


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BAR龍の巣、本日も開店休業中  ~じいちゃんと間違えられて異世界転生!列強も寄せ付けない人外魔鏡でBARを開けとのご神託です!~ 夏目 凡太 @natsumebonta

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