第3話 宏太
──「キャンプ場で見つかったって」
──「絞め殺されていたらしいね」
──「え、私は殴られたっぽいって聞いたけど」
──「彼女と最後に会ったの、彼でしょ。ほら、3組の……」
──「ああ、笹原さんと付き合ってた金倉くん?」
翌日の学校帰り、紗夜は宏太の家を訪れた。
表向きの理由は、宏太のクラスの担任に進路志望のプリントを渡すように頼まれたから。でも、本当の理由は──ただただ彼のことが心配だったからだ。
「おじゃまします。おばさん、宏太は?」
「2階の部屋よ。引きこもったまま、ほとんど出てこなくて……」
「わかった。ちょっと様子見てくるね」
宏太の家を訪れるのは、かなり久しぶりだ。以前はテスト勉強などでよくおじゃましていたのだが、彼が麻里奈と付き合うようになってからは、遠慮せざるを得なかったのだ。
(まさか、こんな状況で来ることになるなんて)
ノックをして、部屋の前で待つ。
「……誰」
「紗夜だよ。担任の先生からプリントを預かってきたの。開けてよ」
しばらくすると、ほんの少しだけドアが開いた。
「よこせよ」
「え……」
「プリント。早くよこせ」
「う、うん……」
慌てて鞄からプリントを取り出して、宏太に差し出す。彼はひったくるようにそれを奪い取ると、すぐにドアを閉めようとした。
「待って! 少し話をしよう!」
「……」
「なんでもいいよ、宏太の話したいこと、聞くよ?」
悲しいだろう、悔しいだろう。
どうしようもなく辛いのだろう。
「ぜんぶ話してよ。それくらい聞くよ。だって私──」
宏太の幼なじみだもん。
精一杯の笑顔で、そう続けるはずだった言葉。
けれども、それは彼のたった一言でかき消されてしまった。
「うぜぇ」
「……え?」
「お前になにがわかるんだよ。ただの幼なじみのくせに」
バタン、とドアが閉まった。それでも、紗夜はすぐには動き出せなかった。
先ほどの宏太の目が、脳裏に焼きついて離れない。
まるで道端のゴミ屑でも見るかのような──
「おじゃま、しました」
誰にともなくそう言い残して、ようやく宏太の家をあとにする。
気がついたら、いつもの十字路に来ていた。日はすっかり落ちて、街灯がガードレールを照らしている。
(……嘘だ)
嘘だ嘘だ、あんなの宏太じゃない。
自分が好きになった幼なじみなんかじゃない。
(私を傷つける宏太なんか……)
「イイヨ、消シテアゲル」
どこからともなく腐敗臭がした。案の定、すぐ真後ろにあの「十字路の女」が立っていた。
ぶよぶよの手が、紗夜の肩に乗せられる。やけに距離が近いあたり、まるで彼女に寄り添おうとしているかのようだ。
「イラナイデショ、アンタヲ傷ツケタヤツ。モウ、イラナイヨネ?」
傷つけた──そのとおりだ。宏太は、紗夜を踏みにじった。彼女のまごころに、唾を吐いたのだ。
紗夜は、目の前の女を見た。
それから、そっと目を閉じた。
まぶたの裏に、これまでの宏太の顔が浮かんでくる。
笑顔、怒った顔、拗ねた顔。幼なじみの自分にだけ見せてくれた、気さくな笑顔。
紗夜はゆっくりと目を開けた。「十字路の女」は、すでにどこにもいなかった。
2日後、宏太は事故で亡くなった。
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