第2話 麻里奈

「笹原の行方さー、ぜんぜんわからないらしいよ」


 昼休み、パックのミルクティーをすすりながら直子がいろいろ教えてくれた。


「電話なし、メールもなし、メッセージを送っても未読、つまり手掛かりゼロ」


 でさ、と直子が声をひそめた。


「あんたの幼なじみ、警察に呼びだされたらしいよ」

「宏太が? どうして?」

「アレじゃない、事情聴取とかいうやつ。最後に笹原に会ったの、あいつみたいだし」


 脳裏に、数日前の光景がよぎる。いつもの十字路で、これまでにはない親密さで見つめあっていたふたり。


(私の知らない、宏太の表情──)


「まあ、でもチャンスじゃん。邪魔者がいなくなったわけだしさ」

「え……」

「とっちゃいなよ、今のうちに。絶対紗夜のほうがお似合いだって」


 ──やめて。


「ほんと嫌な感じだったじゃん、あいつ。もともと女子には当たりがキツかったけど、特にあんたのことは目の敵にしてさ」


 そうだけど──だとしても──


「よし、いけ! とっちゃえ! 私も応援するから……」

「やめようよ、そういうの!」


 耐えきれなくなって、紗夜は親友の言葉をさえぎった。


「人がひとりいなくなっているんだよ!? そういうの不謹慎だよ!」


 あまりにもの剣幕に、直子も驚いたのだろう。しばらくして「ごめん」と呟くように謝ってきた。


「そうだね、さすがに不謹慎だったよね、今のは」

「……」

「けどさ、実際のところどうしてるんだろうね、彼女」

「そんなの……」


 私にもわからない──そう答えようとしたとたん、耳奥に不快な声がよみがえった。


 ──「イイヨ、消シテアゲル」


 違う、今回のこととあの女は関係ない。

 私だって──なにも関係ないはずだ。




 麻里奈の失踪から5日が経過した。

 いつもの朝、いつもの十字路で、紗夜はまたもやため息をこぼす。


「今日も休むの?」

『ああ。なんかちょっと……気分悪くて』


 それって笹原さんのせい? 彼女が帰ってこないから?

 そんなに彼女の失踪がショックだったの?

 喉元まで出かかったいくつもの問いを、紗夜はすべて飲み込んだ。


「わかった、お大事にね」

『ああ』

「それと、彼女……」


 早く戻ってくるといいね──そう言い終えるより先に、宏太との通話は呆気なく切れてしまった。まるで紗夜との会話なんてどうでもいいとでも言わんばかりに。


(しょうがない、か)


 この程度のことを気にしてはいけない。

 彼は今、悲しみのなかにいるのだ、紗夜のことなど眼中になくて当然だ。

 スマートフォンを取り出し、メッセージアプリのアイコンをタップする。


 ──「笹原さん、きっと戻ってくるよ。私も神様にお祈りしておくね」


「戻ッテコナイヨ」


 驚きのあまり、背中が跳ねた。耳元で、ぴちゃ、と舌なめずりするような音が響いた。


「戻ッテコナイヨ、アノ女──モウ二度ト」

「ど、どうして……」

「アンタヲ、傷ツケタカラ」


 十字路の女は、ニィィィッと唇をつりあげた。


「アンタヲ傷ツケタカラ、消シテアゲタンダ」


 ──嘘だ。嘘だ嘘だ、そんなの。


「やめてよ、なに言ってんの」


 私は傷ついてなんかいない。ましてや殺してほしいなんて思っていない。


「だって、笹原さんは宏太のカノジョで、宏太の大好きな人で……」


 宏太の大切な人なら私にとっても大切な人のはずで、だって私は宏太の幸せを願っていて、だから彼女を殺してほしいだなんて、そんなこと──


「そうだよ、そんなこと絶対に……」


 けれども、その言葉をぶつけるべき相手はすでにいない。またもや、煙のように消えてしまった。


「なんなの、あの人」


 気持ち悪さのあまり、紗夜は早歩きでその場を立ち去った。それでも、あの女の視線がどこまでもまとわりついているような気がした。


 笹原麻里奈の遺体が発見されたのは、その翌日のことだった。

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