第3話

  幽霊の体でも寝ることができるのか。目をつむっていたらいつの間にか寝ていた。空腹も眠気も疲れもないが、寝る事は出来た。なんだか変な感じだ。

「おはよう日々にち

「おはよう九重このえ

 周りには見えていないのでいつも通り日々はご飯を食べに行った。私は、外で待ってる、と言って窓からすり抜けた。彼女にだって知られたくない事がたくさんあるだろう。家族との会話とか特に。

 朝はなんて心地良いのだろうか。静けさが余計にそう思わせるのか。周りに人が極端に少ないから懐かしい気持ちにひたる。日が昇って間もない朝独特の温度が次へ頑張る活力になる。


「おまたせ」

「こんな早くて大丈夫?」

「うん。早く知りたいし。桑野くわのさん探さないといけないから」

「そうだね。とりあえずまず桑西くわにしの家に行こうと思う」

 さすがに彼氏の家は私しか知らないので他愛ない会話だけじゃなく教えながら歩いた。


 彼もまた、結婚資金を貯めるために実家から通っている。それができるように大学を探して勉強を頑張った甲斐があった。皆運が良く大学に受かってバイトのお金を貯める事が出来た。元より、それが出来る家庭というのが一番運がいい所だろう。

 隣の区までバスで行くと、近くにある商店街を抜ける。そうすると途端に家の割合が多くなる。ちょっといいところっぽそうだなと思って見ると習い事兼住宅だったりするから、初めて見た時は凄くオシャレな住宅街に見えていた。

 そうして少し歩いていると二階建てのカラフルで可愛い小綺麗な家が見えた。彼はここに暮らしている。

 チャイムを鳴らすとインターホンごしに、はい、と元気のない女性の声が聞こえた。何度も聞いたことがある、母親の声だ。

「すみません、ここに住んでいる桑野さんの彼女の九重さんの友達です。九重さんの事で少しお話にきました」

 そういうと、少しお待ちください、と彼女は言った。

 数分したら、扉が開いて、どうぞ、と言うので入った。そのまま居間へ通され、椅子にどうぞ...と言うのでお言葉に甘えて日々は座った。いつもと違って非常に元気がない。栄養がとれていないようにも見える。彼になにかあったのだろうか。

「ごめんなさいね...こんなものしかなくて...」

 とフラフラと未開封のペットボトルの烏龍茶を持ってきた。さすがにこれでは倒れそうと思ったのか、日々は慌て手伝いに行った。

 母も椅子に座る。

「え...と、この状態で聞くのも心苦しいのですが....桑野さんはどこに....」

「入院中です....もう少ししたら精神病の方に移るそうです.....」

 それを聞いて全く考えがまとまらなかった。

「なにがあったのですか」

 日々がいてよかったと思う。私はその言葉すら出てこなかった。

「ふ...ふろばで....手首を...」

 そう言って泣き始めた。彼女はとても素敵な母親だった。決して見捨てる事もなく、様々な経験をさせようとたくさんの体験ツアーなどに参加していた。何よりも愛が一番大事だと教えていた。赤の他人の私にもたくさんの事を経験させてもらった事もある。彼女からたくさんの愛を貰ったのだ。彼が自殺したと知ったらまず自分を責めるだろう。SOSを見逃したんじゃないかなど。

「どこの病院かわかりますか」

 少し言葉をつまらせて

「だ、旦那が...後少しで、戻ってそしたら...病院に送って...よかったら一緒..に...」

 と言った。

「....できればお願いします」

「あ。あの。九重ちゃん....は..」

 今度は日々が言葉をつまらせた。

「.....2周間くらい前に.....もう....しんで...」

 母親はその事を聞くと絶望したような顔をしていた。

 ぼろぼろと泣きながら、ごめんなさい、と何回か呟いた。そして、西樹せいじゅの部屋行って、と言うので向かった。


 部屋に入るとあちこち色々なものが引き出されていた。ベッドの上にノートや箱が何個か置いてある。少し怪しいので二人で見てみるとノートの方は日記だった。中身は数行で読むのをやめるほど、私のことがいかに好きかなど書いていた。表紙を見ていると日付が書いていたので最近のを探して一番新しいページを読んでみた。


『九重と結婚しても満たされないだろう。他の人と話してほしくない。なんで友達といるの、その友達といる時間も九重の家族と過ごしている時間も僕といる時間になってほしい。九重の全てが欲しい。でもお互いそうしては生きられない。お互い仕事して買い物して、近所とも仲良くしておかないと。好きなのに他人を見ないといけない不誠実な自分が嫌いだ。九重と二人でいられるよう何度もしようと思う』


 とだけ書いていた。今までの丁寧に書いていたものと違って、殴り書きだった。日記というよりメモのような印象を受けた。

 箱を開けてみると中には私の写真が大量に詰まっていた。どれもカメラ目線ではない。他のもそうなのかと思って見てみると、今度は雑貨だった。どれも見覚えがある。私が使っていたものだ。どれもほんの少し使った跡がある。彼と付き合っていた頃から感じていた違和感がわかった気がする。使ったにしては未使用になっている物があった。あまりにも微妙なので気のせいだと思っていたが違うのかもしれない。まだ箱があったけど、日々は疲れたらしくゲッソリしていた。

「下、行こうか....後少しで戻るって言ってたし」

「う....ん...」


 居間に戻ると奥さんが出かける準備をしていた。まだ泣いた跡が残っている。あの後彼女もあれを知ったのだろう。旦那が見つけたのか彼女なのか、それとも桑西が置いたのか。

「ごめんなさい..あれを旦那がみつけて...一緒に中身を見て..本当は九重ちゃんになにかしたんじゃないかと思っていたけど...怖くて...病院から戻る時、警察に伝えます...」

 それを言うと奥さんは鞄を持って、もうすぐ着くみたいなので、と言って玄関に向かった。



 病室に着くと二人は医者に呼ばれた。経過報告なのだろうか。

 中に入ると、彼は縛られていた。ところどころ引っかき傷もあったりアザがあったりしている。諦めきれずに自殺しようとしていたのだろう。

「.......君か.....」

 声が凄くかすれていた。

「.......どうして突然死のうとしたの...」

「九重殺したから....二人っきりになるために...死のうと...」

「九重は良いって言ったの?」

「...........いや.....」

「言ってないのに勝手にしたの。九重にも色々と考えていた事や楽しみにしていた事があったんだよ...」

 そう言うと何も言えないのか彼は静かになった。

 ただ、私は何も言い返せなかった。日記は書いていないにしても勝手にスマホで写真を撮って寂しい時に眺めていた。一秒でも離れているとすぐ寂しくなる。それに彼が視界に居ないと気が狂いそうだったし、友達でも話している姿は考えたくもなかった。でもそれじゃあ生活が成り立たないからと我慢していた。私達にはこの世界のルールは生きづらい。だから怒る事は出来なかった。

 ただその事はずっと相談したり惚気けていたから日々も知っているのだろう。前に、そんなに重いと逃げられるよ、と注意された事がある。

 だから本当は彼女はこんな優しい言い方はしない。もっとこんこんと攻め続ける。

 耐えかねたのか日々は部屋から出た。伝えたいことがあるから私も着いていった。

「ねぇ、日々。突然だけどさ、今まで本当にありがとう....あのね、大好きだよ。それと...伝えられるのが日々しかいないから代わりに家族に伝えてほしい、大好きって」

「.....うん。わかった....」

 言い終わると日々は深呼吸した。

「九重の好きとは違うけど...わたしも好き。あーあ、ずっとわたしだったら良かったのにって思ってたんだ。でも、桑野さんじゃなく最後はわたしだけが見ることが出来たし、一緒に居る事も出来た.....」

 知らなかった。こんな私を見捨てずにいてくれる優しい友人だと思っていた。

「...ごめんね...」

「連れてくんだろ?九重も似てるからなぁ...」

「うん。出来たらそうする。二人っきりになりたいって願いから私を殺したのなら。私もなりたいし。桑西の両親には悪いけどこれが私達の進みたかった道で、いうなら将来の夢を叶えれたから幸せだよ」

 たしかに普通とは全く違う。けど、されたんじゃなくて、二人で進んだものだ。まぁたしかに相談なく殺されたからされたとも言うけども。


 一人で再び部屋の中に入る。

 どうにかできないかと彼に触れてみる。奥まで手を入れてみるとなんかずっしりとしていたから持ち上げてみた。

「え。九重...?」

 見事に魂であろう体を持ち上げる事が出来た。下には元々の体が寝ている。

「せめて相談くらいしてよ。挨拶とかできないまま行くことになったんだけど」

「な、なんで」

「二人っきりになりたいんでしょ。行こ」

 彼は泣きながら、うん、と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢見る乙女 ゆめのみち @yumenomiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ