第24話 「不思議な世界 六日目」

 こちらのギイが連れて行ってくれたのは、若者たちに人気のあるカフェだった。


 街中の、流行の発信地でもあるエリアに位置したそのカフェは貴族たち御用達で、とてもモダンなつくりだった。

 よくあるようにテーブル席ではなく、全席ふかふかのソファで、まるで屋敷の中でくつろぐように軽食を楽しむことができる。

 高さのある観葉植物や、衝立もおいてあり、人目も避けられるのも人気の秘訣かもしれない。


(このソファ、ふっかふかだわ)


 ギイにエスコートされてソファに腰かけたエルフリーデは、あまりの心地よさに驚く。


(このカフェ、実は名前は聞いたことがあったのよね……確か、有名なのはスコップケーキだった、かしら)


 夜会で知り合いの令嬢たちが口々に話していたのを聞いたことがあった。

 スコップケーキというのは、深めの容器にスポンジとクリーム、果実が重ねられたもので、その名の通りスプーンでスコップしすくいながら食べるケーキだ。

 このお店が有名なのは、こうして家でくつろぐような内装と共に、恋人たちが一つのスコップケーキをスプーンでつつきあって食べるのが“新しい”からだ。

 貴族としては、ありえないくらいの行儀の悪さではあるが、その新しさ故に若者たちを中心に人気がとてもあると聞いていた。

 自分には縁がないと思っていたのでこうして足を運べてそれはそれで嬉しいものだった。


 向かいのソファに腰かけたギイが、エルフリーデに微笑みかける。


「君が好きなものを頼んだらいいよ」

 

 そこへ店員が注文を取りにやってきたので、エルフリーデは彼に尋ねてみることにする。


「おすすめのスイーツは何になりますか?」

「当店で一番人気と申しますと、やはりストロベリースコップケーキでしょうか」


 さすが人気店の店員らしく、はきはきとした口調で教えてくれた。


(やっぱり! 食べてみたいな)


「パイではないのですが、よろしいでしょうか?」


 そもそもギイは、焼き立てのパイが美味しいからといって連れてきてくれたのだ。違うものを注文するのはちょっとだけ気が引けて、彼に尋ねる。


「もちろんだ。パイが美味しいということはケーキも美味しいってことだから。それにパイを食べずに残しておけば、また君とこのカフェに来る理由になるからね」


 ギイがぱちんとウィンクをしてくれる。


「では、私はそれで」

「ご一緒に珈琲はいかがですか?」

「いただきます」


 自分の注文を終えたエルフリーデは、ギイに視線を送る。


「僕もストロベリーのスコップケーキと珈琲をいただこう」

「お連れ様とご一緒に召し上がられますか? それであれば二人分を盛り付けてまいりますが」

「うん、そうしてくれるかな。ありがとう」


 注文を終えると、ギイがエルフリーデにあれこれ会話を振ってくれる。彼はあれから気をつかってか、エルフリーデの記憶が戻ったかどうかは決して質問はしてこない。だがそれでも早く以前の彼女に戻って欲しいだろうな、とエルフリーデは思っている。

 このギイは優しいから、そんなことはおくびにも出さないけれど。 


 しばらくして店員がストロベリースコップケーキと珈琲を運んできて、さっとローテーブルに並べてくれる。添えられた銀のスプーンは、繊細な細工が目立つアンティーク調だった。


(わぁ、素敵……!)


 深めの食器に美しく盛られたストロベリースコップケーキは、それだけで芸術作品のようだった。ところどころにミントの小さな葉が飾られ、色の対比が目を楽しませてくれる。


「さ、遠慮せずに食べたまえ」

「はい、では失礼して――……」


 スプーンをスコップケーキに差し入れると、しっとりとした感触だった。口に運べば、ほどよい甘みのふわふわのスポンジとなめらかな口当たりのクリーム、それから爽やかな酸味のストロベリーを一気に感じることが出来て、店で一番人気があるというのも頷ける味だ。 


(おいっし……!!)


 甘すぎないのが、また後をひく。

 ぎゅっとスプーンを握りしめて、エルフリーデは味の余韻を楽しんでいた。

 

「美味しいんだね」


 エルフリーデの顔を見ていたギイが穏やかに微笑む。彼女はうんうんと何度も頷いた。


「はい、とても美味しいです……!」

「では僕もいただこうかな」

「ぜひ、どうぞ……!」


 ギイがスプーンを手にとると、山盛りのスコップケーキを口にいれた。もぐもぐと咀嚼した彼は、すぐに珈琲カップを手に取り、飲んだ。


(すごい勢いで珈琲を……?)


 ギイがにっこりと笑う。


「うん、ストロベリーが良いアクセントになって本当に美味しいな」


(ストロベリー……ううん、やっぱりあまり甘いものはお好きではないのでは……?)


 酸味のあるストロベリーはこのケーキに置いてはあくまでも添え物である。

 ギイはそれからも旺盛に食べ、珈琲も同じくらいよく飲んだ。

 エルフリーデはふと思う。


(彼は本当にお優しいわ。こうして一緒に食べてくださるなんて――……私の知ってるギイだったら、どうするかな)


 かつて仲が良かった頃のギイだったら、素直に甘いものは無理だな、と言うだろう。それを笑って自分は聞き入れて、ギイは違うメニューを注文したに違いない。

 それこそ甘くないパイか何かを。

 焼き立てのサヴォイパイは美味しい、などと彼がうそぶいて、それはそれで気になったエルフリーデは、一口ちょうだいとスプーンを差し出すかもしれない。

 今のギイだったら――……どうだったろう。


(やっぱり素直に甘いものはいらないって言ったかな……彼は言うべき事は言う人だもの)


 だけどきっとエルフリーデを一人にしたりはしない。

 ギイは珈琲を飲みつつ、彼女を見守ってくれたのではないか。

 口元を少しだけ曲げて笑顔を浮かべるギイを想像すると、胸がきゅうっと締めつけられた。


「――どうだい?」


 そこで目の前のギイに話しかけられていることに気づいたエルフリーデは我に返った。


「ごめんなさい、ぼんやりしていました……、なんでしょう?」


 ギイは爽やかに笑って許してくれた。


「あまりにもケーキが美味しくてかな? 君はまだ本調子ではないだろう? 静かに過ごせるのがいいだろうから、明日は美術館にでもいこうか、って言ったんだ。もちろん、観劇でも、君の家でお茶でも構わないし」


(どんどん誘ってくださるな……、そうね、彼のことをもっと知っていかなきゃ) 


「では美術館で、お願い致しますわ」


 エルフリーデはちょっと考えてからそう答える。


「うん、じゃあそうしよう。楽しみにしているね」

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