第20話 「不思議な世界 五日目」
翌日の午後、約束通りギイと“お転婆令嬢の契約結婚”を観に行くこととなった。
『君は病み上がりなんだから、そこまできちんとした格好はしなくていいからね』
と帰り際にギイは言ってくれたが、だからといって部屋着と同じというわけにはいかない。
クリーム色のゆったりしたドレスに、ジェシカに頼んで顔色がよく見えるような化粧をしてもらう。
つけるアクセサリーは……父に以前誕生日にもらったネックレスとイヤリングだ。ジェシカがこれはいかがですか、と記憶に残るそれを出してきた時、喜びのあまりあっと声をあげそうになった。
(これは同じだわ! 嬉しいな。こちらでもお父様の下さったアクセサリーをつけることができるなんて!)
グレンフェル家の玄関ホールに現れたギイは、やはり颯爽としていて、どこまでも美男子ぶりを発揮している。
「すごく素敵だよ、エルフリーデ。ネックレスとイヤリングがよく似合っている。グレンフェル伯爵もお喜びだろうね」
どうやらギイはこのアクセサリーが父からの贈り物だと知っているらしい。
エルフリーデが瞬くと、ギイは微笑んだ。
「君がすごく喜んでいたからよく覚えてるよ。ちょっと妬けるくらいだったが、グレンフェル伯爵相手になんて野暮すぎるな」
「そう、ですか……」
あのエルフリーデならばきっと素直に感情を出しただろうと想像がつく。父も嬉しくないはずがないだろう。
(私……お父様に直接お礼を申し上げたこと、なかったわ。それくらい、すればよかった)
このエルフリーデと同じくらいに素直な感情は表せなくても、お礼くらいは直接――……そこまで考えたところで、ギイが腕を差し出してくる。
「さあ、行こうか」
エルフリーデはゆったりと口元を緩めた。
「はい」
彼女はそっと自分の手をギイの腕にかけた。
◇◇◇
劇場にて、ギイは完璧な素晴らしいエスコートぶりを発揮し、また二人が幼馴染で婚約者同士だと知っている周囲は暖かい目で見守ってくれていた。
(きっと“こっち”のエルフリーデだったら夜会の中心人物で……、みんなギイとお似合いだと思っているのに違いない)
ちょっと気後れしつつ、二階のボックス席についたが、いざ舞台が始まると、そういったことはすべて忘れ、エルフリーデは舞台に集中した。
――あまりにも面白かったからである。
タイトルから想像出来る内容ではあったものの、演じる役者たちから伝わってくる熱意と、凝った舞台装置のおかげで、今まで見たことがないくらいの秀逸な仕上がりだった。
ラブコメということもあってか際どい冗談も連発されるシーンもあり、エルフリーデも思わず笑い声をあげてしまった。
声を出して笑うと気分が爽やかになり、後味も良い。
(ラブコメが一番好きかと言われたらやっぱり違うけど……うん、思っていたよりもずっと好きかもしれない)
エルフリーデはそんな風に思う。
(食わず嫌いはよくないな……この世界も、自分の世界とは違っても……、知っていけば好きになれるだろうか)
舞台を眺めながら、エルフリーデはそんなことを考え続けていた。
◆◆◆
観劇後に会場が明るくなり、ギイがエルフリーデをエスコートしながら、馬車へと向かっている廊下にて。
「君が楽しめたようで良かったよ」
ギイはにこっと笑って、そう言った。
(君、が……)
そういえば舞台に集中するあまり、彼がどんな顔で演目を楽しんでいたか記憶にない。ギイも充実した時間を過ごせたのだろうか。
「クレモンヌ様も、“お転婆令嬢の契約結婚”をご覧になりたかったですか?」
「君が観たいものが僕の観たいものだよ」
(えっ……)
その答えは、エルフリーデの意表をついた。
「――そう、ですか……」
ちらりと隣を歩く彼を見上げると、ギイは穏やかな笑顔を崩していなかった。そういえば今日はずっとこの笑顔だった気がする。だからきっとこれは本心なのだろうと思うが。
(優しいけど……、でも……なんか……)
そんな風に思ってから、エルフリーデはすぐに慌ててそれを打ち消した。
(こんなによくしていただいて、何を私は……!!)
ギイが彼女を見下ろす。
「観劇してみて体調はどうだった?」
話題が変わって、ほっとする。
「おかげさまで問題ありませんでした」
それを聞いたギイはあけっぴろげな笑顔になった。
「よかった。じゃあ明日は街にお茶をしにいかないかい? 実は君が好きそうなカフェがあるんだよね」
「カフェに……?」
「君、甘いクリームチーズのパイを食べるのが好きだろう? 焼きたてのパイを出すカフェを見つけてね。珈琲と一緒に頂いたら間違いなく美味しいと思うな」
(……、こちらのエルフリーデは、そんなパイが好きだったのね。食べたことはないけれど、聞いている限りではとっても美味しそう……!)
こちらのエルフリーデの性格は真逆だったようだが、食の好みは同じだろうか。
この世界で生きていくことになるのならば、かつてここにいたエルフリーデのことを知っていきたい。
(
エルフリーデは、転倒から目覚めてから初めて、自分の意志でしっかりと頷いた。
「行きたいです」
ギイはにっこりと笑った。
「では明日はそのカフェに行こう。楽しみにしているね」
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